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普通 8


 稚内の案内に無理やりついて来た中田は、部屋で小説を読みながら考えていた。まさか、ターゲットと会合する機会が巡って来るとは思わなかったのだ。

 レッドの様な極端な思考の持ち主かと思ったが、話した限りは普通の女性だった。むしろ、横にいた奴の方がヤバい気がした。


「(本当にアイツを拉致するのか?)」


 気は進まなかった。染井組長からの教えにもあった様にカタギに手を出すことは気が引けた。元・隊員だとしても、今の彼女は普通の女性。加えて、ルームメイトである稚内の母親の面倒を見ている介護士であるともいう。


「急に付いて来るとか言ってよ。俺の事も考えてくれよ」

「いや、気になったんだよ。お前のおふくろさんの面倒を見てくれているのが、どんな人なのかってよ」

「中田さんは稚内君の何なんですかね……」


 こうして談笑が出来る位には打ち解けた連中。最初は、軽薄さを装いながらも警戒していたが、彼ら個人を見れば普通の人間であることが分かる。

 芦川は、いじめグループに居たとは言うが、今は真摯に反省して、ハト教内での活動に従事している。出来るなら、日野に謝りたいとも言っていた。

 稚内は威圧的な物言いもあるが、弟や母親。仲間達の事を思う面倒見のいい性格の持ち主だった。


「(俺は、コイツらを騙すのか?)」


 もしも何も知らないままでいれたら。自分達を脅かす悪党に対して、毅然と立ち向かうことが出来ただろう。敵に容赦する必要が無い。だが、人とナリを知ってしまえば迷いが生じてしまうのが、中田と言う人間であった。


「どうした。難しい顔をして?」

「エスポワール戦隊の奴らも普通の人間だと思ってよ。知らないときは、ヤバい連中にしか思わなかったのによ」

「……俺達エスポワール戦隊も犯罪者や悪人の事なんて分からねぇよ。芦川も大人しくて本が好きな読書家だし、中田も極道だから傲慢な奴だと思っていたら、そうじゃなかった」


 もしも、最初から歩み寄りと言う方法でエスポワール戦隊が人々と関わっていたら、皇を覆う現状は変わっていたのかもしれない。だが、仮定に意味はない。


「せめて、ここだけでもお互いを知れたのを良しとしましょう。あ、中田さん。その本、どうでした?」

「結構面白かったな。小説なんて堅苦しい物だと思っていたけれど、結構サクサク読めるもんだ」


 鳩。平和の象徴とされる鳥の名を冠した団体の中では、小さくはあるが、確かな歩み寄りが各所で行われていた。


~~


 休日、桜井達は街中に出ていた。依然として緊張感は漂っている中、彼女らの目を引いたのは駅前でビラを配っている人達だった。


「ご協力お願いします!」


 何の気なしに受け取ったビラを見た二人は硬直した。内容自体は行方不明者の捜索に協力して欲しいと言う物であったが、探し人の『木下』と言う名前と容姿には見覚えがあった。


「先輩。この人って……」

「ハト教で見ていた人。よね?」


 何故、捜索願いが出されているのか? 生まれた疑問を解消すべく、ビラを配っている年配の女性に声を掛けた。


「すみません。話を聞きたいんですが、良いでしょうか?」

「あら、もしてかして。貴方達は何かを知っているの?」

「……ひょっとしたら、見掛けたかもしれませんので」


 藁にも縋る思いと言わんばかりに、女性は経緯を話した。いなくなったのは彼女の姉であり、認知症を患っており警察に保護される事も度々あったという。

普段の面倒は息子夫婦に任せていたが、久々に会いに来たら『帰って来ていない。捜索願は出した』と淡々と言われ、警察にも尋ねたが何の音沙汰も無いので、動いたという事らしい。


「施設とかには入れていなかったんですか?」

「息子夫婦はあまり裕福ではなかったので、施設に入れるのが難しかったという相談は幾らか受けています。私も幾らかお金を出しておりましたが……」


 彼女の話と自分達が知っている情報に食い違いが起きている。だが、これは言及して良い物だろうか? この矛盾を解きほぐそうとすれば、自分達は何かしらの事態に巻き込まれてしまうのではないか?


「そうですか。分かりました。私達も何かを知ったら連絡を入れます。おばあちゃん、元気を出して下さい!」

「ありがとうねぇ」


 しわくちゃの顔で浮かべられた笑顔に罪悪感が湧いた。少し離れた後、桜井は富良野の方をちらりと見た。


「写真に映っていた方。先輩が見ていた人でしたよね?」

「えぇ。なんで、行方不明扱いになっているのかしら? 容体が変ったから、病院の方へと移したって聞いたのだけれど」


 単純に息子夫婦にだけ連絡が行って、彼女には伝わっていないだけかもしれない。だが、そんな重要なことを伝えないなんてあり得るだろうか?

 あの施設に彼女が入居していた時点で、ハト教と息子夫婦には面識があったはずだ。途中から働き始めた桜井達には知る由もないが。


「考えるのは止めましょう。私達は、今の生活があれば良いんですから」

「……そうね」


 楽しい筈の休日は、心に何処かわだかまりを残しながら進むことになってしまった。ひょっとしたら、自分達が所属しているハト教では何かが起きているのでは無いのだろうか?

 巨悪や陰謀に立ち向かうのはヒーローのやる事であり、自分達がするべき事ではない。自分達はあくまで一般人でしかなく、身を張る必要なんて無いのだから。そうして現実から目を背けていた彼女の罪悪感を掻き毟る様にして、スマホに着信が来た。相手は非通知だった。


「先輩?」

「あぁ、もう。畜生!」


 どうせ、でなくても碌な目に合わない。ヤケクソ気味に電話に出ると、ノイズの混じった声が聞こえて来た。


「もしもし。ピンクさんで良いんですかね?」

「誰?」

「しがない記者ですよ。タイミングが良いと思ったでしょ? 近くから見ていますからね。それで、駅前の活動を見てピンと来ませんでした?」

「何の話?」

「とぼけないで下さい。アンタ、あの行方不明者を見たことがあるんでしょう? ハト教内でさ」


 心臓が跳ね上がる。この通話相手は、どれだけ自分達の事情を知っているのだろうか? 何よりも、再び平和が脅かされようとしている事に怯えていた。


「私を脅すつもり? 今の私には、リーダー達が付いているのよ?」

「そのエスポワール戦隊が何をやっているのか、見過ごすんですか?」

「アンタは何を知っているの?」

「あくまで嫌疑ってレベルですが色々とね。ただ、忠告はしておくと。リーダーさんが善人でも、周りにいる奴らまで善人とは限りませんよ。いや、一番タチが悪いのは善人なまま非道なことをやっている場合ですかね?」


 善意で行動を起こす者達の残酷さを、桜井は嫌という程に知っている。リーダーにも当てはまらない事ではない。


「ふざけないで。もう、私の平和に関わらないでよ!」

「そうですか。残念です。もう、エスポワールピンクは居ないんですね」


 心底落胆した様子が伝わって来た。通話は切られたが、脅しの様な物は何も掛かってくることは無かった。

周囲を見渡す。近くから見ているというだけに、挙動不審な動きをする者がいないかを注意深く見渡していたが、該当する人物はいなかった。


「先輩?」

「……私の平和を。返してよ」


 桜井の目の端からは涙がこぼれていた。自分には平和を生きる事すら許されないのか。事件に関わらない事を許されない、ヒーローと言う経歴は彼女の肩に重く伸し掛かっていた。


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