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 ハト教で働き始めてから幾日が過ぎた。現場に向かう桜井がソワソワしているのは、今日が待望の日でもあったからだ。


「お給料が出たら、何に使おうかなぁ。ウフフ」

「皮算用をするのは良いですけれど。これを見て下さい」


 スマホに表示されたのは家計簿だった。光熱費、水道費、食費など。更には借りているアパートの家賃など。

 剣狼を送り届けた時に受け取った対価はあるにしても、金銭感覚を消失させまいと、富良野は敢えて以前までの感覚で生活していた。


「えっと。それが、どうかしたのかしら?」

「先輩も稼ぐ様になったんで、共同生活の為に幾らか納めて貰おうと思います」

「嘘でしょ!?」


 だが、道理でもあった。家事手伝いのみをして、経済的には負担を強いるばかりだったのだから、少しく位は返して行くべきだ。という常識はあるにしても、やはり久々の給料をパッと使いたいという願望もあった。


「二人で生きて行くのに必要な経費はキッカリ半分ずつ出して行きましょう!」

「私の給料が……」


 今まで、家計簿をロクに見てこなかった桜井としては、どれ位の支出があるかなんて分からなかった。ブーブー文句を垂れながら、ハト教へと向かった。

 介護施設での仕事も慣れた物で、強化外骨格(スーツ)の平和的利用は効果的であり、身体面に掛かる負担は軽い物だ。桜井は変わらず、稚内の母親の世話をしているが、周囲で起きている変化は気になっていた。


「この施設。入居所の入れ替わりが頻繁に起きている気がするのよね。何か話とか聞いていない?」

「いや、俺も休み時間とか休日に来ているだけなんで、ここの施設については詳しく知らないんですよ」


 それも当然だった。彼はあくまで入居者の関係者と言うだけで、この施設について詳しい訳ではない。マネージャに尋ねたこともあったが、容態の変化や御家族の希望と言う定型的な答えが返って来るばかりだった。


「俺、外の施設については分からないんですけれど。そんなに頻繁なんです?」

「私は現役から離れていたから、分からないんだけれど。美樹、どうなの?」

「多いですね。他にも疑問を抱いている人はいますけれど、気にしても仕方がないって感じですよ」


 1人の人間に付きっ切りと言う訳には行かない。介護中に暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりしても付き合っていくには、入居者との関わり方は淡白やドライであることが求められる。


「気にし過ぎなのかな?」

「そうですよ。ちょっと、冷たい言い方になりますけれど、あくまで私達の付き合いは仕事上の物なので」


 富良野の物言いに稚内が顔をしかめた。面倒を見て貰っている手前、文句を言わない事だけは好感を持てた。ただ、雰囲気は良くないので、無理やり空気を変える様にして桜井は話題を口にした。


「稚内君は、ハト教に住み込みで働いているのよね? 普段、何しているの?」

「休みの日以外は、入信して来た人らの作業の監視ですね。基本的には、逃げ出したりとかは無いんですけれど」


 この施設以外にも、働き口があるのは知っていた。仕事に従事している者達の大半は何かしらの罪を犯したという事も。


「でも、暴れたりとかは聞かないですよね」

「俺達がいるから、そんな馬鹿なことはさせないんですよ。犯罪を取り締まるよりも、起こさせない方が大事っすから」

「その通りね。どんな様子かは気になるけれど」


 桜井達が利用するのは介護施設位だ。食堂が気になった事もあったが、施設から離れる訳にもいかないので弁当を持参している。


「だったら、仕事終わりに見て回ってみます? 今日、俺。休みなんで、案内出来ますよ」


 普段なら、さっさと帰る所だが。今日は、給料日という事もあり上機嫌だった。

 早めに帰れば、寄り道等も出来るが、散財を堪能したいなら休日を費やすべきだと考えていた。チラリと富良野の方を見た。彼女も頷いた。


「本当? じゃあ、お願いしようかな」

「ウッス! 任せて下さい!」


 昼休みに約束を交わして、終業時間まで働いた後。手渡しで封筒を渡された。

 中身は、やはり。相場よりも一回り低い位だが、仕事の快適さや福利の充実さを考えれば納得は出来た。その後、稚内と合流しに行ったが、ここで一つ予定外の事態が起きていた。


「あの。稚内君? 後ろの人、誰です?」

「その。えっと。来るなって言ったんですよ! でも、しつこくて」

「お前が会いに行く相手なんて気になるじゃねぇか。ルームメイトの好だろ?」


 角刈りにした髪に浅黒く焼けた肌。信者服の上からも分かる位に健康的な肉体を持っているが、チャラチャラした態度が鼻に付いた。


「俺、中田って言います! 入ってからは日が浅いけれど、絶賛改心中です!」

「とても反省中の態度には見えないけれど……」

「性格はこんなんですけれど、良く働くし気遣いも出来るんですよ」

「そこら辺は社会経験の差って奴だ。健康的な生活は遅れるけれど、イベントも少ないから、何にでも首を突っ込みたくなる性分でサァ」

「知ってます? 百合に挟まる男は死刑なんですよ?」


 富良野が笑顔で恐ろしいことを言っていた。ネットで偶に見るスラングを実際に使うとは思っていなかったので驚いていた。稚内達はもっと驚いていた。


「稚内。百合ってなんだ?」

「えっと、気にしない方向で。どうしましょう、一応作業場で働いているからコイツも詳しいと言えば、詳しいですけれど」

「折角、時間を割いてくれたんだから一緒に行きましょうか。私、桜井って言うの。こっちは富良野。よろしくね、中田さん」

「はい! よろしくぅ!」


 ッチと舌打ちが聞こえたが、誰の物かは言う必要もなかった。ハト教の入信者は子供から老人まで幅広く、用途に合わせた施設が幾つもあった。


「俺は普段、農業エリアで働いているけれど。建築関係の仕事に就いていた奴は、新しい施設の建築を手伝ったりしているらしいぜ」

「こういうのって、業者がやる物じゃないんですか?」

「そこら辺は節約ってことなんでしょうね」


 他にも工場的な場所もあったり、学生用に授業を受けるスペースなどもあった。ここだけで生活が完結する。ということは無いだろうが、エスポワール戦隊を支える要所にはなりそうな気がした。


「将来的には、俺達みたいなアウトローにはハト教の方が住み易くなるのかもしれねぇな」

「外に未練とか。大事な人とかは?」

「いないことはねぇけれどよ。むしろ、いるからこそ。こういった場所でちゃんと反省しているって方が、残された側の為にもなるんじゃねぇのか?」


 皇と言う国は、村八分と言う言葉が存在している様に、罪を犯した者はおろか、その者の身内にまで厳しい。エスポワール戦隊が悪人や犯罪者を裁く者の代名詞として定着しているのだから、彼らの懐に入って恭順を示すことは本人のみならず身内の安全にまで繋がるのは道理だった。

 何故なら、恭順して罪を償っている以上。彼らもまたエスポワール戦隊の一部であり、関係者を含めて彼らに手を出すことは、自分達に矛を向ける事にも等しいからだ。


「一応、制裁ばかりでなくて。保護の方も考えているのね」

「これからの時間。長い事、ここで過ごすことになるんだから、施設とかの方は充実して、いずれ外に出る気も無くなるんだろうなってのは思うぜ」

「その方が。俺達、エスポワール戦隊にとっても。中田みたいな奴らにとっても良いのかもな」


 本当に上手く行くだろうか? 彼らの語る理想を歩むには、あまりにも多くの血が流れていた。夕暮れ時、冷涼な風を浴びながら。一般人と、ヒーローと、元悪人はハト教を散策していた。



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