普通 6
「中田さん。起きて下さい!」
「んが……」
「だらしない生活をしていたんだろうな」
芦川と稚内に見下ろされながら、中田は目を覚ました。既に信者服は仕立てられており、袖を通してみる。クタクタのスーツよりも着心地は良かった。
「意外と動きやすいんだな」
「作業服も兼ねていますからね。中田さんの配属は農耕の方です。僕はこれから授業を受けに行くので、稚内君に引き継ぎます」
「付いて来い」
稚内の後を付いて行くと、如何にも前科者と言う雰囲気を放っている者もいれば、一般人にしか見えない人間もいた。彼らを監視する様にして戦隊員達は一列に並んでいた。
「どうすれば良いんだ?」
「説明がある。列に並んでおけ」
マスク部分が覆われ、稚内もまた隊員の一人として隊列に加わった。中田は周りに合わせて、列を作った。間もなくして、隊員の一人が拡声器を握った。
「おはようございます。本日も元気に作業していきましょう。今日は新しく入った人がいるので紹介します。中田さん、前に出て、自己紹介をお願いします」
「中田と申します。極道をしていました。この度は、自分の行いを反省する為に入信させて貰いました。皆さん、よろしくお願いします!」
前に出て、自己紹介をすると整列していた信者達から拍手が送られた。まるで、学校か何かだと思った。
「勝手が分からないと思うので、聞かれた人は快く答えて上げて下さい。では、作業開始です」
他の者達は勝手が分かっているのか綺麗に分散した。何をするべきか分からずに戸惑っている中田の方を、隊員の一人が叩いた。
「まずは、皆の仕事を見て覚える所からだ」
農具の準備から作業に入るまで、あまりにスムーズに進むので何が行われているかは分からなかった。だが、誰が先導をしているかは分かった。
「野菜の収穫を終えたら、パックして出荷。その後は、水やりと雑草の除去」
女性の信者だった。スラリと伸びた背丈に整った顔立ちも相まって美女と言う言葉がしっくりと来ると思った。だが、一番特徴的だと思ったのは声だった。
不思議と彼女が出す指示には従いたくなる何かがあった。実際、動いている信者達もキビキビと動いている。
「凄いな。あの女性、何処かで社長か何かやっていたのか?」
「悪い。俺らからは、他の信者の情報は話せないんだ」
「守秘義務って奴か」
プライバシーなどに配慮していることは意外だと思った。眺めている内に、作業が進んで行くが、何もしないのは座りが悪い。稚内に許可を取り、例の女性へと近づいた。
「すみません。俺は、何をしたらいいですか?」
「収穫した物を運んで欲しいの。貴方、力持ちに見えるし。頼りにしているわ」
「任せて下さい!」
直感的に。この女性は、人を動かす側の人間だと思った。自分の事を反骨精神の強い人間だと思っていた中田であったが、彼女の指示に従うことにはまるで抵抗が無かった。
加えて、彼のコミュ力もあって信者達とは直ぐに打ち解け、作業光景に溶け込んでいた。若くて力のある者達は収穫した物を運ぶ作業を、老いた者や非力そうな者達にはパック作業をと。適材適所の仕事をするのだから、潜入していることも忘れてやり甲斐を感じていた。
「ここで収穫した物って、何処に行くんスかね?」
「ハト教内の食堂やエスポワール戦隊の基地に運ばれたり、他には市場とかにも出回っているらしいぜ」
「地産地消って奴ッスね!」
「そうだな。でも、朝と昼も見て、夜も食堂で見るんだよな。中々に言い難い感情が湧き上がるぞ」
人に取り入るのが上手いのが、中田の長所でもあった。極道なんて気性難の人間が集まる場所で長年やって来た彼の手に掛かれば、前科者達と打ち解けるのも訳はない。
だが、楽が出来るのは人間関係の構築だけであり、農業が重労働であることには変わりない。昼頃になると、身体には疲労も蓄積していた。
「はぁ。しんどい」
「その内慣れるさ」
ボンボンと腰を叩かれるが、酷使した個所へのスキンシップはダメージ的にもシャレにならない。水分を取りながら、昼飯を掻きこみつつ。午後からの作業に向けての英気を養っていた。
~~
「アレ? 木下さんは?」
出勤した桜井は疑問を口にした。今まで、自分達が面倒を見ていた介護者がいなくなっていた。家族が迎えに来た訳でも無い。
「ちょっと容体が変って来たから、病院の方に移したんだ」
「そうなんですか?」
珍しい話ではなかった。ここも設備が整っているが、容体の変化にまでは対応できない。だが、自分が知っていた限りでは、持病の様な物は持っていなかったはずだ。
「ご老体だったからね。何が起きるかは分からないさ。だから、桜井君の担当は変わって貰うよ」
「分かりました」
疑問はあれど、追及する意味はないと考えて。彼女は上司の言うことに従った。案内された部屋には女性に付きそう隊員の姿があった。マスク部分は解除されており、体格の良い少年がいた。
「望。随分、大きくなったわね。早く、家に帰りたいんだけれど。何時帰れるの?」
「母さんが治療を続けてくれたらさ。先生も良くなっているって言っていたし」
「そうなの。家に帰ったら、お父さんと一緒に旅行に行きましょう」
覚悟はしていたが、この光景は得意になれない。母親と思しき女性が現状を認識できていない。これは、仕事をしていた頃にも見ていたから耐えられないことは無い。
気になったのは、付き合っている少年の対応が慣れていたことだ。きっと、彼は偶に見舞いに来る程度の関係者ではない。足繁く、ここに通い詰めているだろうことが分かった。彼らの視線がこちらを向いた。
「この人は誰?」
「えっと。俺の友達だよ! なぁ!」
「はい、桜井です。よろしくお願いします」
「あら! こんな年上の子を! アンタも隅に置けないわね~」
同じ話題を何度も繰り返す会話に付き合いつつ。健康チェックや入浴なども行った。幸いないことに、彼女は暴れ出したり、暴言を吐くタイプではなかったので、介護は比較的容易だった。
昼食やレクリエーションを済ませて、夜間のスタッフに引継ぎをして富良野と一緒に去ろうとした所で声を掛けられた。例の少年だった。
「桜井さん。今日は、ありがとうございました」
「大丈夫、仕事だから」
「そう言って貰えると助かります。自分、稚内って言います。また、今後ともよろしくお願いします!」
真面目そうだという印象を受けた。気になったのは、彼がエスポワール戦隊の隊員であるという事だ。桜井の中で現エスポワール戦隊の印象は良くない。
ハト教と介護施設の存在を知り、若干の改善はあった物の。暴力を是とするテロ集団の印象は拭えずにいた。だが、目の前の少年がそうだとは思えない。
「ちょっと。話、良いかな?」
「自分で良ければ!」
富良野に目配せをしたが、流石に年下を邪険に扱うような真似はしなかった。ベンチに座り、来客者用の自動販売機で3人分の飲み物を買って来た。
「君は、どうしてエスポワール戦隊員に?」
「エスポワール戦隊が俺を救ってくれたからです」
「救った。と言うと?」
稚内は話した。自分の父親がパワハラで追い詰められ自殺したこと。それを切っ掛けに母がおかしくなったこと。エスポワール戦隊がパワハラの主犯格を抹殺してくれたこと。施設に母を入れてくれたこと。
「俺にとって、エスポワール戦隊は本物のヒーローなんです!」
「でも、彼らがやっていることは許されることじゃありませんよ?」
彼にとって憎むべき上司は、誰かにとって大事な人だったかもしれない。そもそも、法治国家で殺人が許されて良い訳が無い。
「確かに、エスポワール戦隊がやっていることは犯罪だとは思っています。でも、パワハラやいじめで人を追い詰めている奴は許されるんですか?」
「そういう訳じゃないんですけれど……」
「俺は、真っ当で常識的なことを言って満足しているだけの奴らより。間違っていても、寄り添ってくれる人間の方がずっと好感が持てます」
桜井達はキュッと口を閉じた。何彼が言った事は、まさしく自分達の関係にピタリと当てはまる言葉だったからだ。二人が沈黙したのを見て、稚内は慌てた。
「すいません。糾弾するつもりじゃなかったんです」
「……いや、本来なら否定しないといけないんだけれど。その気持ちだけは凄く分かるの。間違っていても、寄り添ってくれる人の方を優先したいって」
もしも、エスポワール戦隊にいるのが稚内の様な人間ばかりなら、崩すのは困難を極めるだろうと思った。弱者に降り掛かる暴力や理不尽を打ち砕く、更なる暴力。……だとしても、守って貰える側からすれば希望であることは間違いない。
「桜井さんにもそんな経験が?」
「えぇ。貴方の話を聞いていたら、エスポワール戦隊について気になって来た。もっと聞かせてくれる?」
「はい!」
暫く、3人は話し込んだ。今までは否定すべきだと考えていたエスポワール戦隊についての考え方が、二人の中で徐々に軟化し始めている事に気付いた。




