普通 4
部屋に戻った中田は頭を抱えていた。潜入初日からあり得ない失態を犯した。幾ら後悔しても無かったことにはできない。芦川も事態を処理し切れていないのか、帰って来てからも固まっていた。
「お前ら、何かあったのか?」
唯一、何も知らない稚内が二人に漂う陰鬱な空気の理由が分からなかった。
大坊と口論したことを話しても面倒なことになりそうだと思ったので、何でもないと答えて、途中まで読んでいた小説を開いた。相変わらず内容は頭に入って来ないが、意識を逸らすことが出来るだけマシだった。時間を潰していると、稚内が立ち上がった。
「おい、飯だ。行くぞ」
「あ、うん」
2人に付いて行く。部屋を出ると、自分達と同じ様に飯を食いに行こうとしている信者達がゾロゾロと湧いていた。目的地は一緒だろうが、芦川達と離れない様に必死に付いて行く内に、食堂と思しき場所に辿り着いた。
鼻腔が刺激され、同時に腹の音が鳴る。他の者達を真似て、トレーを手に取り、乗せた食器に料理が盛られ、3人は同じ席に着いた。
「なんか。めっちゃ、米盛られたんだけれど。後、ちょっと臭いな」
「古米だからな。野菜と一緒に食って、腹膨らませるんだよ」
普段はコンビニ弁当か外食で済ませている中田にとって、栄養バランスが考えられてそうな食事にありつけるのは有難くあった。
「……味薄いな」
「塩分過多は健康に良くないですからね。味覚も慣れてきますよ」
濃い味付けに慣れていたので、殆ど味は感じなかった。だが、温かい飯にあり付けることは嬉しく、わき目も振らずに飯を掻きこんでいた。
「あったけぇ飯が食えるなんて最高だな!」
「なんだそりゃ。外じゃ、普通に食えるだろ?」
「当たり前だと思っちゃいけねぇ。極道なんて、大概は貧乏だからな。大体はコンビニ弁当だ。自炊すらも怪しい」
ふと、剣狼が自分で弁当を作っていたことを思い出した。もしも、このハト教から帰還できることがあれば頼んでみようかと一瞬思ったが、先輩としてのメンツが許さなかった。
「なんで、そこまでしてヤクザやっていたんですか?」
「正確に言うと、他に出来る事がねぇんだよ。工場やコンビニだって、学歴も無い奴は使いたくないだろ?」
今では、皇国外から受け入れている技能実習生や外国人労働者の方が勤勉で、学力もある。何よりも賃金の安さを考えれば、反社会的団体上がりの人間を使う旨味は少ない様に思えた。
「じゃあ、良かったじゃねぇか。ここでなら、ちゃんと真面目に働けば飯と住む所には困らないぞ」
「更生って言うのは、こういう事を言うんだろうな。お替りしても大丈夫かな?」
「本当にお腹減っているんですね」
調子に乗った中田が白飯のお替りを貰いに行っている間、自分達の席に誰かが入っていることに気付いた。芦川と稚内が目を丸くしている中、件の人物は陽気に手を振っていた。
「やぁ。中田君、お邪魔しているよ」
先程まで、和やかだった夕餉に緊張感が走る。同席しないのも不自然かと思い、恐る恐る席に着いた。播磨が現れたのは、先ほどの件を糾弾するためだろうか? 事情を知っている芦川も口を閉ざしていた。
「ど、どうもっす。播磨さんもここで飯食うんっすね」
「偶にだけれどね。中田君は面白いから、ぜひとも話をしたいと思ってさ!」
間違いない。あの件について、色々と問い詰めてくるつもりだ。まさかの潜入初日からバレてしまうのか?
「俺の何処が面白いって言うんです?」
「色々とだよ。良かったら、後で個人的に話をしたいんだけれど! 稚内君。彼、借りて行っていいかな?」
「あ。良いですよ」
既に自分が播磨と一緒に行動することは決まっているようだ。良くて説教か厳重注意。悪ければ、追放か処分。リングを持っていない自分では抵抗のしようもない。覚悟を決めた。
「ありがとうね~」
「出来るだけ早めに帰して下さいよ。明日から仕事なんですから」
「どうしようっかな?」
浮かべた笑顔が猛獣の威嚇の様にすら思えた。食堂での晩飯を終えた後、中田は播磨に連れ出された。
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「一応、ここのトップだから言っておかないといけないことがあるけれど。今日の出来事は感心できないね」
「すいません……」
中田が連れて来られたのは、初めて播磨と会った大広間だった。配慮してくれているのか、エスポワール戦隊員は下げられていた。
謝るのは慣れていた。兄貴分達から理不尽にキレられたばかりではなく、少年院で、学校で、家庭で。ありとあらゆる場所で叱責を受けていた事もあり、相手が望む反応も何となく分かっていた。ただ、播磨は違っていた。
「でも、頭ごなしに怒っても解決はしないよね。怒るだけの理由、あったんだろ?」
「……向こうの方が正しいっすから」
「正しいか、どうかは置いといて。中田君が思った事を聞きたいんだよ」
いつもの軽薄な様子は鳴りを潜めて、真摯にこちらを見ていた。ハト教を収めるだけの何かを感じさせるほどであり、意地を張らずに話した。
「俺にとっての染井組長は、本当の親父だったんです。俺を産んだ片割れとかじゃなくて。厳しいことも言うけれど、生き方を教えてくれた大事な人間でした」
中田にとって染井組長の存在感は大きかった。行き場を無くした自分を拾い、同じ様な境遇の仲間達と引き合わせてくれた事。非合法ではあったが、生き方を教えてくれた事。まだ、何も恩を返せないまま恩師は逝ってしまった。
「親父がやっていることが世間一般で犯罪だってことは分かってた。俺もソレに加担していたけれどよ。具体的に言うと、借金の取り立てとか…」
「THE・極道のシノギって感じだね。でも、君にとって大事な人だったって事はしっかりと伝わって来るよ。自分の立場を顧みないで声を上げなければいけないと思う位に」
こちらを見据えている。正論や社会的常識で遮らず、こちらの思いを聞いてくれている。
「世間から悪人と思われてようが、俺には間違いなく大事な人だったんです」
「そこまで君の心を掴んでいた人が居たなら、俺も話してみたかったな。よし、事情聴取は終わりだ。もう、部屋に戻ってくれても大丈夫だよ」
退室を促されたが、中田はここまで話を聞いた相手の事が気になっていた。そもそも、播磨と言う男は何者なのだろうかと。
「なぁ、アンタは何でエスポワール戦隊にいるんだ?」
「うーん? 気になる?」
「どうも、他の奴らみたいに悪を許さない! とか、そう言う感じには見えないし」
「色々と入った理由はあるけれどね。うーん、そうだ。これから行こうと思っていたし、ちょっと一緒に付いて来ない?」
播磨に手招きされ、お共にエスポワール戦隊員を引き連れて向かった先。数ある宿舎の一つを訪れると、歓声が自分達を迎えた。
「わぁ! 播磨さん。来てくれたんだ! 横の人は?」
「俺の友達だよ。中田さんって言うんだ。挨拶してね」
「はい! 中田さん、初めまして! こんばんわ!」
「お、おぅ」
小中学生程の年齢の者達が一堂に集められていた。部屋の隅には、エスポワール戦隊員が見張りの様に立っていたが、児童達は恐れる様子もない。
彼らは漫画を読んだり、将棋などのボードゲームをしたり、ハト教内で頒布されている宿題をしていた。播磨もソレに混じって一緒に遊んでいた。
「中田さん。一緒にオセロやりませんか?」
「お、おぅ!」
小学生位の女の子にオセロを申し込まれたので、勢いで対戦することになったが、口にするのも憚られる位のボロ負けだった。
「うわ。弱っ!!」
「う、うるせぇ! 考えるの苦手なんだよ!」
背後では播磨と一緒に子供達が笑っていた。暫く、遊んだ後。彼らと別れを告げて、変える道すがら。播磨が口を開いた。
「あそこにいた子達ね。親を亡くしているんだよ」
「まさか、エスポワール戦隊員が?」
「そう言う子達もいるね。親から虐待されたり、酷い目に遭わされたりしてね。中には助けられなかった子達もいた」
声に陰りが見られた。アレだけ明るくしていた子達に、そんな過去があるとは思っていなかった。
「他には、稚内君みたいに。親が悪人に奪われた子達とかもね。中田君の境遇を聞いていた時に思ったんだ。もしも、君が苦しんでいた時に。俺達エスポワール戦隊がいたら、どうなっていたんだろうって」
もしも。親父をぶっ殺して、救いの手を差し伸べて来る存在がいたら、自分はどうしていただろうか? ほぼ、間違いなく。自分もエスポワール戦隊に所属することになっていただろう。
「さぁな。ひょっとしたら、エスポワール戦隊に入っていたかもな」
「でしょ? 俺も似たような経験があったからさ。中田君が怒った時、ちょっとだけ気持ちが分かったんだよ。綺麗ごとを吐いて理不尽を押し付けてくる奴より、悪人でも自分を救ってくれる人の方が尊敬できるよねって」
これには中田も大いに頷いた。世には正論、常識、綺麗ごとを吐く人間等。幾らでもいる。だが、彼らが言葉を吐きかける相手の境遇や心中を理解しようと、歩み寄ろうとすることは殆どない。正論や常識は相手を否定して、打ちのめす最強の道具であることを知っているからだ。
「アンタ。意外と話が分かるんだな」
「これでも、ハト教を任せられているからね。今日は話せてよかったよ。寝不足にならない様にちゃんと寝るんだよ!」
中田の宿舎前で、播磨と別れた。潜入任務で来ていたはずの彼の胸中には、一つの疑問が思い浮かんでいた。
「ひょっとしたら、エスポワール戦隊員になる奴も。俺らと似ているのかもな」
それにしては、自分は余りにも彼らの事を知らない。拉致の為に潜入した中田であったが、自分にも奇妙な感情が出てきている事に気づいた。




