普通 3
生れてはじめて、能動的な読書を試みた中田だったが、30分も続かなかった。活字の羅列を見ているだけで頭と目が痛くなって来たので、全身を畳の上に投げ出した。昼寝でもしようかと考えたが、眠気は訪れなかった。
「芦川。ちょっと、外を歩いても良いか?」
「良いですよ」
読んでいた本にしおりを挟んで、宿舎を出た。コンビニも無ければ車も無い。牧歌的な光景が広がるばかりで、緩やかに時が流れて行くのを感じていた。
芦川から案内を受けて敷地を回っていたが、一角だけ異様な物があるのが見えた。巨大なトラックから何かが搬入されていた。
「おい。アレは一体何なんだ?」
「あちらは介護施設がある場所ですから、機材とかじゃないでしょうか?」
「やっぱり、肝心な時は文明の利器を頼るんだな」
農業などは前時代的でも良いかもしれないが、介護は誰かの面倒を見ている手前。出来るだけ最新の体制で面倒を見たいという事だろうか?
搬入作業を手伝っている作業員は強化外骨格を装着した者達ばかりだった。だからこそ、装着していない者達に関心が向いた。
「あっちにいるのは、播磨さんだろ? 隣にいる奴らは誰だ?」
1人は播磨と同じ様な信者服を着ていたので関係者であることは察した。
他にも黒いスーツを着こなした紳士然とした、如何にもやり手と言わんばかりの男。対象的にくたびれたスーツに着られている男と無機質な雰囲気を漂わせている少女は、奇妙な取り合わせだった。
「信者服を着ている方は『橘』さんと言う方で、ハト教の幹部の方です。播磨様がお越しになられるまで、ここの運営をしていた方なんですよ。今は、組織運営のサポートをしています」
「そんな人と播磨さんが応対しているってことは、アイツらはエスポワール戦隊員なのか?」
尋ねた瞬間、芦川の全身に緊張が走った。まるで地面に縫い付けられたように身動ぎ一つしなくなった。オイ、と。肩に手を置いた瞬間、拘束から解除された様に、彼は飛び退いた。
「す、すみません」
「いや、構わないけれどよ。何か不味いことを聞いちまったか?」
「……あの黒いスーツを着た人は、誰かは知らないですけれど。隣にいる男の人は。エスポワール戦隊リーダー『大坊乱太郎』さんです」
理解するのに暫く時間が掛かった。あそこにいる男が、皇国内を騒がせている団体のトップで、剣狼やフェルナンド達にとっての仇であり。自分にとっては親にも等しい人を殺した存在。
ここで騒ぎを起こすことに何のメリットも無いことは理解していたが、湧き上がる怒りと敵意は抑えられそうになかった。膨れ上がった感情に呼応する様にして、搬入作業を見守っていた大坊の視線がこちらを向いていた。
「うわ。こっちに近付いて」
芦川がパニック状態に陥ったが、中田には気にしている余裕など無かった。
まるで、自分が抱いている敵意を察した様に近づいて来た。恐怖や緊張が綯い交ぜになって、混乱している芦川に声を掛けた。
「どうした? 何か脅されたりしているのか?」
「いえ、そう言う訳じゃなくて……」
「リーダーであるアンタの顔を見てブルッちまったのさ。ここに居る奴で、アンタにビビっていない人間なんて居ないと思うぜ?」
「そうか。大丈夫、長居はしないから」
淡々と告げて去ろうとする。このまま見過ごしてしまえば、会話の機会なんて巡って来るとは思わなかった。だから、自分帯びている使命も忘れて、中田は声を上げた。
「アンタ! この間、葬儀場でドンパチを起こしたんだってな!」
「それが、どうした?」
「どうして、そこに居る奴らを殺したんだ? アンタが何かされたってのか?」
何故、染井組長が殺さなれなければならなかったのか。真っ当な人間であるとは言い難く、自分の知らない場所では悪事に手を染めていたかもしれない。
だが、それだけの人間ではなかった。誰かを陥れ、追い詰めたかもしれないが、一方で自分や黒田。剣狼の様に救われた人間達もいた。
「自分の親代わりの死因が知りたいか?」
「俺が元・染井組の組員だって事も分かっているのか。だったら、答えてくれよ! なんで親父は死ななきゃいけなかったんだ!?」
任務も何もかも忘れて、個人として問うていた。怒りに満ちた中田の視線とは対極的に、大坊の瞳は冷たく軽蔑的な物だった。
「そうやって、お前達に泣かされた者達がいるからだ。なら、ここで染井組長がやった罪状を読み上げてやろうか?」
反論を言い淀んだ一瞬の隙を見て、大坊は淡々と罪状を読み上げて行く。恫喝、詐欺、傷害、暴行。最後に殺人と締め括った。
「細かいことを指摘するともっと増えるが、分かり易い所を言うとここら辺だろう。娘さんがいるにも関わらず、同じ年頃の子がいる者達も手に掛けていた。奴は真正のクズだ。死ぬべき人間だった」
二つの感情が湧き上がっていた。一つ、彼らが既に染井組長の一人娘の存在を掴んでいる事への恐怖。二つ、自分の恩師に対して侮蔑を向けられたことに対する怒り。
「テメェに親っさんの何が分かる!?」
「悪人であるという事だけだ。罪を償うつもりもなく、悪事を犯し続けるだけの存在は全て排除されるべきだ」
話は平行線、何処までも交わることは無い。一触即発の空気が漂うが、二人の間に慌てて、播磨が入って来た。
「ちょっと! ちょっと! 二人共落ち着いてよ!」
「大丈夫だ。喧嘩になんてならないことは分かるだろう?」
「大坊さんも落ち着いて! ほら、中田君もさ。親の悪口を言われたのは腹が立つのは分かるけれど、入信初日だし。俺の顔に免じて、ね?」
頭を下げられて、一歩引いた。播磨以外の者達も続いて駆け付けて来て、事情を説明するが、エスポワール戦隊員関係者の視線は冷たい物だった。
「大坊さん。煽り立てるような真似はよして下さい。良い事は何もありません」
「そうだな。じゃあ、荷物の搬入を引き続き頼むよ」
「YES!」
橘に諫められて、大坊達は踵を返した。去って行く背中に対して掛けたい言葉は大量にあったが、これ以上何かをして更に立場が悪くなるのは避けたかった。
発散されない憤りを晴らす様に叫んだ。隣では、ショッキングな出来事の連続で固まっていた芦川がビクリとした。




