帰還 12
槍蜂が運転する車は、染井組の事務所前に到着した。怪人の自然治癒能力もあり、剣狼は立ち上がれるまでには回復していた。
「事情なら、俺が説明しておいてやるぞ。このまま邸宅まで送り届けてやるが」
「いや、良い。俺は皆に約束して、出て行ったんだ。顛末を話す必要はある」
「一丁前に礼儀を覚えたのか。俺も一緒に行って、頭下げてやるよ」
槍蜂と共に事務所へと入った彼を、真っ先に迎えたのは豊島だった。事務所に漂う緊張から、何が起きるかが予想出来ていた剣狼は動かなかった。
「ケン! テメェ!」
豊島の拳が顔面へと突き刺さった。鼻骨が折れ、鼻孔から血が垂れた。息を荒げ、肩を震わせながら、辛うじて言葉を口にした。
「なんで、最後まで戦わなかったんだ!?」
「俺達に力が足りなかったからだ。皆を頼むとも言われた」
あの場で、自分達が出来ることなど無かった。豊島が分からぬ訳も無いが、理屈では収まらない感情が、彼を震わせていた。
「染井組長は、エスポワール戦隊に殺されたんだ」
「畜生! 畜生!!」
何処かで、実は生きているのではないかと思っていた。だが、豊島の悔恨と剣狼の告白によって現実として突きつけられた。
誰も何も言わない。剣狼の強さを知っている組員達だからこそ、彼が何もできなかった場所で、自分達が力になれた訳が無いという事は分かっていたからだ。重苦しい雰囲気の中、中田が口を開く。
「ケン。芳野の嬢さんは俺から説明しようか?」
「いや、俺がする。最期を見届けた者として」
「そうか。もしも、それが原因で追い出されたら俺のスマホに電話して来い。泊めてはやれるからよ」
「中田の兄貴。ありがとうございます」
「話がひと段落終えた所で良いか?」
タイミングを見計らっていた拳熊が手を上げた。重苦しい空気の中、会話が断ち切られることを憂慮していた組員にとっては有難い物だった。
「なんだ?」
「豊島殿や黒田達には説明したが、今日付で染井組は悪漢連合『ジャ・アーク』の傘下に入る事となった」
「ジャ・アーク。だと?」
皇を侵略していた悪の組織。エスポワール戦隊が創立される理由ともなった団体で、数年前に滅んだとされていた。
名前は知っている物の、どの様な組織か。全容を知っている者はおらず、全員を代表する様に中田が声を上げた。
「俺。ジャ・アークって名前は知っているんだけれど、どんな組織化は知らないんだ。詳しく教えてくれないか?」
「槍蜂。頼むぞ」
「拳熊さん! 頼みました!」
「分かった」
『ジャ・アーク』。最初はシュー・アクと呼ばれる男の首領がトップを務めており、皇とは別次元の世界から侵略して来た者達であるらしい。
彼らの目的は皇を制圧して、この世界を植民地にするつもりであったらしい。計算違いがあったとすれば、原住民である人々の対応速度か。
「いやいや。怪人がチョロチョロ戦うだけで世界征服なんて出来るのか?」
「シュー・アク様の父上殿は、我々の力を過信していた部分もあった。脅威を見せれば跪くだろうと。恐らく、エスポワール戦隊が現れなくても頓挫はしていただろう」
「だから、復活したシュー・アク様や幹部達は裏から世界を征服しようとしたし、途中までは上手く行っていた」
「そっちの方が少ない労力で大きな効果を得られるからな」
別次元にしかない技術力は交渉材料にもなったし、矛を交えるよりも政治的な手段の排除が強力であることも分かっていた。ただ、彼らからしても全くの予想外のせいで野望は破綻してしまった。
「エスポワール戦隊の者達が職を失ったのも、シュー・アク様達が裏で手回しをしていたからだ」
「そんなことが出来るのか?」
「難しい事ではない。SNS等のマスメディアを発達させ、世論を誘導すれば人の意見など簡単に操作できる。シュー・アク様が、父親と自分が討たれる前から敷いていた布石だ」
怪人達による世界の武力制圧は現実的ではない。しかし、情報などの面からの支配は幾らか現実味を帯びていた。インフルエンサーが情報を発信し、SNS等で煽情的な見出しが躍れば免疫のない人々など幾らでも操作できる。
「皮肉なことではあるが。シュー・アク様が、ヒーローの脅威を否定する為に暴力性を否定した矢先に、暴力で排除された訳だ」
「お前達最後の先兵が、レッドになっちまった訳か」
「とんでもない。アイツは悪とあれば誰にでも矛を向ける狂犬だ。我々としても排除したい」
「で、頭数の補充に俺達に声を掛けたって事か」
「これは両社にとって得な取引だ。お前達も黙っていれば排除されかねない。今の社会は、一度道を外した者達には異常に厳しくなっている。ヒーロー達の台頭によってな」
悪を許さない。単純明快で誰の心にも響きやすいキャッチコピーにより、指を指された人間は社会から一層排除され易くなっていた。
「今は誰もが、悪を叩く正義のヒーローって所か」
「今や、世間や社会が我々の敵だ。手を組まねば、生き残ることは難しいだろうな」
「アンタ達と末永くやって行くことになりそうだな」
一通りされた説明に中田が頷いていると。剣狼が立ち上がった。事務所の扉に手をかけ、勢いよく開いた。芳野がいた。
「何時からいた」
「つい、先ほどから……」
頬は上気しており、額には汗が見えた。居ても立っても居られずに事務所に駆け付けたのだろう。再び事務所に重い沈黙が漂った所で、剣狼が口を開いた。
「芳野。聞いてくれ。染井組長は、エスポワール戦隊に殺された」
「…………」
長い。長い沈黙。誰もが沈痛な面持ちを浮かべる中、芳野の目には涙が浮かんだ。嗚咽を漏らしながら、剣狼に体重を預けた。
「帰って来るって。約束したのに」
「……すまない」
自分達にとっては親父分だが、彼女にとっては紛れもない父親だった。彼女の涙に誘われる様にして、組員達は表情を伏せた。
~~
エスポワール戦隊の本部は強敵を倒した感動に震えていた。誰もが戦隊の唄を口ずさみながら、持ち寄った飲食物を堪能している様子はちょっとした打ち上げの様だった。
これらの狂騒を冷めた目で眺めながら、大坊は診察を受けていた。問題なく両手を動かせているが、何が起きているかは分からなかった。画面に浮かぶデータを見ながら、ホワイトは頻りに頷いていた。
「なるほど! リーダー! 最初に変身ベルトを体内に埋め込まれた時を憶えているかな!?」
「憶えている。俺がエスポワールレッドになった日だ」
ベルトの様に装着する物だと思っていたが、実際は体内に埋め込むと聞いた時は驚いた。
「い、今のリーダーの腕にはね。ブルーさんのベルトが埋め込まれている状態なんですよ。ほら、ガジェットとベルトはほぼ一心同体ですしね!」
「ほぅ。つまり、俺の体にはブルーが宿っているということなのか?」
「近いね! 本人の人格とかが宿る訳じゃないけれど、何が起きるかは分からないからね! 逐次、僕に報告してよ!」
「分かった。診察どうも」
大坊は自室に戻り、ベッドに身を投げ出した。勝利はしたが、犠牲者も少なくは無かった。一般の隊員にカラードにも死者が出た。彼が使用していたメイスを手にして、黙とうをささげた。
親が亡くなった後の人生は上手く行かなかったが必死に生きて来た。彼が、エスポワール戦隊に入ったのは、母親も病気で亡くなったからと聞いたからだ。
もしも、真っ当な職に就けていれば助けることも出来たかもしれない。無念と怒りが彼を駆り立て、エスポワール戦隊の門戸を叩いた。稚内を始めとした後輩達の面倒見も良く、慕われていた。
「……?」
彼に思いを馳せていると。メイスが光を放ち、輪郭が崩れ、大坊の体内へと吸収されて行った。再び念じると、彼の手には消えたはずの武器が握られていた。
「そうか。俺は、皆の思いを引きずりながら行くんだな」
ホワイトに一報連絡を入れると、彼の意識はまどろんで行った。




