帰還 2
染井組長と話を終えた剣狼は、暫し考えていた。拳熊から渡されたリングは、ある程度の力は寄こしてくれるかもしれない。
「(だが、勝てるとは思えない)」
彼はレッドと幾度も対峙し、幾度も仲間が葬られたのを見て来た。シュー・アクやゴク・アク。そして、ガイ・アークと言った幹部達を一人で退けたという話を聞き、自分が知っていた頃よりも遥かに強くなっていることも分かっていた。
その様な場所に向かえば、彼らがターゲットとしている『悪』に属する染井達が、生きて帰れるとは思えなかった。どうするべきか、と考えた時。自分が奇妙な思考をしていると知った。
「(馬鹿な。俺が人間に気を遣うだと)」
かつては、ジャ・アークの一員として人々を殺傷したこともあった。人間達は侵略する対象であり、気遣う相手ではない。あくまで自分が利用している住処が危険に晒されるのを避ける為だ。
合理的な理由は思い浮かぶが、不思議な事に芳野の事が思考を過っていた。常識や世間には疎いが、一緒に暮らしている相手の表情や機嫌が分からない程、鈍感でもない。いつもより、芳野が楽しそうにしていたのが分かった。
「(もしも)」
染井達が不帰の人となれば、彼女はどの様な表情をするのだろうか。自分も行った方が良いかと考えた。だが、染井の頼みに反する形になる。
上からの命令は絶対。自分の意思で動くことが少なかった彼には、上下関係が厳しい極道の世界は馴染みやすい物だった。
「(俺は何がしたいんだ)」
今まで通り、上の言う事を聞いていればいい。だが、そうではないと考えている自分もいる。何をしたいのか? まとまらない考えをまとめる為に部屋を出た彼は、染井組長の臭いを辿った。
「(芳野?)」
咄嗟に身を隠したが、追跡先には染井組長以外にも芳野がいるのが分かった。嗅覚と同様に、優れた聴覚は彼らの会話を聞き取っていた。
「どうだ。剣狼の奴は」
「良い人ですよ。ぶっきらぼうですけれど、私のことを心配してくれますし。何より、とても素直な人です」
「中田の奴は『遠慮を知らねぇ』とは言っていたが」
「遠慮して、何一つとして本心を話してくれない人は見慣れていますから」
グゥ。と、染井組長が怯む様子が伝わった。思い出すのは、芳野のクラスメイト達だ。誰もが腫物の様に、彼女と距離を取っていた。
「俺のことを恨んでいるか?」
「……お母さんがいなくて寂しかったし、極道の娘だからって友達も出来なかった。でも、お父さんの優しさは分かっていた。恨める訳、ないじゃないですか」
「そうか」
短く呟いた声には温かい物があった。芳野が見せる優しさと似ていた。
「お父さん。どうしても行かなきゃダメ?」
「極道は嘗められちゃ終わりだ。世間も、外れた奴らには厳しい。今更、俺が普通の親父に戻るのはあり得ないことだ」
事務所内のクタクタになった求人票。戻ろうと藻掻いた者達の中には、染井組長も居たのかもしれない。
「だったら、絶対に帰って来て。今日みたいに、ご飯を作って。待っているから」
「約束する。必ず帰って来る」
縋るような声に対し、凛とした回答。エスポワール戦隊が怪物じみていることは、彼も重々承知しているはずだった。その決意に、剣狼はかつての上司であるガイ・アークを思い出していた。
自分は力になることが出来なかった。二度も、エスポワール戦隊に殺された。今度もまた見ているだけなのは御免だった。
「(中田の兄貴達には怒られるだろうが)」
彼の心は決まった。今度こそは、守ってみせると。例え、上の言いつけに逆らう事になったとしても。足音を殺しながら、剣狼は寝所へと向かっていた。
~~
剣狼に腕を切られた男『高橋』はスマホを眺めていた。反社会団体の連中が葬儀所に集まるので、制裁しに行く同志を募るメールだった。
昨今では、彼らも一方的に裁かれるだけではなく、『リング』と呼ばれる物を使い、怪人化して反撃をするというパターンも増えてきた為、以前ほど人が集まることは減っていた。
「上等だ。怪人はぶっ殺してやる」
故に、今も集まろうとしている人間は並々ならぬ正義感を持つ者、あるいは制裁感情が強い者達であった。その一人が、高橋であった。
彼は定職には就いておらず、両親も逝去していた。恵まれた体躯を鍛える為に格闘技などを習っていた事もあったが、心はまるで伴わず。コミュニケーション能力や常識が伴わないまま、体だけが大きくなっていた。
「悪い奴は許さない」
当然、社会では爪弾きにされていた。バイトで食い繋いではいたが、煙たがられていることは言うまでも無かった。
奇妙なことに、その経歴はエスポワール戦隊のリーダーと似通っており、自らの不幸や不満をぶつける相手として、悪を求めていた事も共通していた。
「既に1回はやったんだ。出来るはずだ」
壁に立てかけている銃剣型ガジェットを見た。この武器は誰にでも支給される訳ではなく、一定の見込みがあって初めて配布される物であった。彼は思い出していた。銃剣型ガジェットを手に入れるまでにしたことを。
~~
年下のバイトリーダーからやる気の無さを指摘された高橋は不機嫌を隠そうともせず、夕飯を買う為にスーパーに立ち寄っていた。
半額シールの貼られた冷めた惣菜を買い物カゴに入れていると、怒鳴り声が聞こえて来た。見れば、店員が委縮していた。
「お前、ワシがいつもこれ買っていると分かっているだろう。なのに、なんで半額を付けないんだ!」
「すいません。こちらの商品、出来た時間が違っておりまして、半額を張る商品ではなく……」
「店長を呼べ!」
横柄で傲慢。バイトも学生だろうか、突然のクレームにあたふたしていた。
高橋としては彼を助けようと考えた訳では無かった。疲れている状態だったので、老人の癇癪を見逃す程の余裕が無かったのだ。
「おい。爺」
「なんや!」
買い物かごを付近に置いて、彼は老人の胸倉を掴んだままスーパーを出た。
入り口で彼を待ち構えていたのは警備員ではなく、全身を黒色強化外骨
格で覆った人間だった。
「誰だ、お前」
「俺は今、感動している。君の正義の行いに!」
「正義?」
何のことか、まるで分からない。彼が呆然としている間に、似たようなコスチュームをした人間がゾロゾロと集まり、高橋が掴まえていた老人をバンに乗せて去った。
「そう! 君は、あの与太者の魔の手からバイトを救ったんだ! 誰もが怯む中、君だけが勇気を持って行動できた! これは凄いことだよ!」
実際の所は、苛立って行動を起こしただけだが、褒められて悪い気分はしなかった。今まで、煙たがられて来た彼にとって、肯定して貰えることがどれだけ嬉しかったことだろうか。
「そうか。ヘヘヘ。褒められると、悪い気はしねぇな」
「どうだろう。俺達と一緒に、この皇の悪を倒さないか?」
「アンタ達は?」
「俺達はエスポワール戦隊! 皆の平和を守る、正義のヒーローさ!」
言っていることは何一つとして、マトモでは無かった。しかし、まともな人間達に煙たがられていた高橋は、却って共感を覚えた。
「悪を倒す、正義のヒーローか。良いな!」
「分かってくれるか! これで、今日から君も仲間だ! 友好の証として、これを受け取って欲しい!」
構成員の男は腰に提げていた銃剣型のガジェットを高橋に渡した。玩具の様な見た目に反して、重量感があった。
「仲間として、俺は何をすればいいんだ?」
「悪を倒せばいい。君が、今日やっていた時みたいにね! あ、そうだ。アドレスを教えて欲しいな!」
気を良くした高橋はアドレスを渡した。それから、言われた通り。彼は悪を倒す手助けをした。喚き立てる老害の始末から、転売ヤーへのリンチなど。
難しい作業や空気を読むことが苦手な彼でも、誰かを殴ることは簡単に出来た。周囲の人間も褒めてくれた、協力金も出た。ヒーローと言う、誰にも肯定されて然るべき存在となった彼が役目にのめり込むのも無理はない事だった。
~~
「俺はヒーローなんだ」
浴びた喝采が、賞賛が、快感が忘れられない。怪人が跋扈し、人々が恐怖している今こそ。困難を取り除いたとき、もう一度自分は輝けるはずだ。
既に仕事も辞めていた。今更、年下に頭を下げることも、空気を読んで低賃金の仕事をすることも出来ない。彼の意思に呼応する様にして、義手もガタガタと震えていた。




