継ぐ者 2
採石場。人が寄り付く気配も無く、建物等も無いこの場所は『エスポワール戦隊』と『ジャ・アーク』の対決現場として、頻繁に使用されていた。
そこに足を運んだ剣狼もまた、この場所には見覚えがあった。幾人もの戦闘員や怪人達が野望の成就を見ることなく散って行った墓場でもあり、彼もまたその内の一人であった。
「来たか」
平時ならば無人であるはずのその場所には、幾つかの人影が居た。見た目には年齢も性別も国籍も入り混じった者達であったが、全員に共通点があった。
「『槍蜂』。お前達も復活していたのか?」
「あぁ。全員がフェルナンドさんの元に集合している訳ではないが」
彼らは皆、かつて『ジャ・アーク』に所属していた怪人達だった。今は世に潜む仮の姿として人間の体を取っているが、同胞には一目瞭然であった。
「来たか」
「ガイ・アーク……。様ではないか」
彼らに囲まれるようにして、中央に居た者の姿はかつての上司と似通っていたが、細部が違っていた。黒いコートの下からは無機質な冷涼な雰囲気を感じられ、窪んだ眼窩に光る瞳は青く輝いていた。
「その部下だった男だ。今は、ボスが亡き後の南米の麻薬カルテルのトップを務めている」
「何故、お前はガイ・アーク様と似たような姿をしている?」
「俺達のボスや仲間は『大坊乱太郎』に殺された。態々、直接的な関係のない皇からやって来てまでな」
その名前を言われた時。彼は、在りし日の好敵手の顔を思い浮かべた。仲間達を鼓舞し、数の不利を物ともせず。自分達と戦って来た勇壮なその姿を。
敵ながらも自分達と戦える存在に、かつては対抗心を燃やしたこともあった。故に、この凋落は予想さえ出来なかった。
「ボスを失った南米は荒れた。大小様々なマフィアが入り乱れて、混乱が訪れた。その最中に、俺は妻を失った」
「それが今のお前の姿とどう関係している?」
「生き残った仲間達と、復活した怪人達の力を借りて。俺はかつてのボス達の研究を完成させた」
「開発に協力したのは。『軍蟻』か」
剣狼が視線をやった先。そこには、中世的な容姿をした小学生程の男子が居た。彼は、フェルナンドの説明に付け加える様にして言った。
「研究もそれなりに進んでいたからね。更には開発に必要な強力な個体の身体の一部も直ぐに用意できたし」
「そして、成功したガジェットを最初に使ったのが俺だった。個性の発現よりも、再現の側面が大きかったが」
その説明を受けて、フェルナンドの姿がかつての上司に酷似している理由が分かった。ただ、会話の中で気になった物があった。
「怪人化のガジェット。というのは一体?」
彼の疑問の答えを示す様に。フェルナンドは懐から腕輪の様な物を取り出した。デザインなどは施されておらずシンプルな造形をしていただけに、ポツンと取り付けられたボタン部分が非常に目立った。
「このガジェットは腕に巻いてボタンを押す事で、体組織から何まで変化させる電気信号を発して、一般人を怪人化させる」
「でも、どんな怪人が出来るかまでは指定できない。使い物にならない程、弱い個体も確認している」
よく観察してみれば。フェルナンドの右腕部分はコートに覆われているとはいえ、リングらしき形が浮かび上がっていた。
「これで『エスポワール戦隊』に対抗できるのか?」
「相手側の正式な構成員とタメを張れる位の力は手に入る」
「誰に渡すんだ?」
「決まっている。『エスポワール戦隊』に恨みを持つ者。或いは彼らと敵対している者達だ」
つまり、それは犯罪者や制裁された被害者の遺族を指している事でもあった。彼らが力を持てば、何が引き起こされるかは想像に容易い。
「この国に混乱をもたらすつもりか」
「先にやって来たのは『エスポワール戦隊』の方だ。そもそも、この国自体が奴らのせいで混乱を起こしているじゃないか。毒には毒をぶつけるんだよ」
「だから、剣狼。君達も僕達に協力して欲しい。何も組織を移れとは言わない。僕達の橋渡し役になってくれるだけでもいい」
軍蟻に促されて、剣狼は考えた。いずれ、染井組も『エスポワール戦隊』に襲撃されたとして、その時に彼らは対抗できるかと言われたら首を振る他無かった。ならば、少しでも抵抗する手段を得る為に要求を呑むのは悪くない様にも思えた。
「分かった。だが、俺は取り次ぐ位しか出来ないぞ?」
「それで良い。難しい話は俺達に任せてくれ」
フェルナンドは電話番号を書いた紙を彼に渡すと、暗がりの中に姿を消していった。他の怪人達も同じ様に付いて行こうとするが『軍蟻』と『槍蜂』の二人も剣狼に、自分の電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡した。
「何か分からないことや気になることがあれば気軽に連絡をしてきてくれ」
「僕にはあまり連絡しに来ないでね」
「分かった」
その番号を打ち込んで、連絡が出来る事を確認してから。紙を破いた。その一連の動作を見ながら、槍蜂は小さく笑った。
「お前がスマホ弄るとか。想像も出来なかったよ」
「そんなに変か?」
「君。他の怪人達から『脳筋』って呼ばれていたの知っていた?」
「知らん」
そんな彼の様子が珍しかったのか。スマホ内の画面も覗き込んできたが、そこにはチャットツールやプリインストールされたアプリがあるだけで、素気ない物だった。
「お前にそこまで文明の利器を扱える様に、ご教授した相手が気になるね」
「なんでお前がそんな事を気にするんだ?」
「蜂だから仕える女王様が欲しいんでしょ。いつまでも油売ってないで、僕達も帰るよ」
軍蟻に引きずられながら、槍蜂もフェルナンド達が去って行った方向に消えていった。そして、彼らの気配が完全になくなった後でも。剣狼は暫くその場に佇んでいた。
「人間が怪人になる。か」
自分達は人類と敵対する戦士達である。と言う、自負も薄れる様な現実だった。今や人々の生活を脅かすのは『ジャ・アーク』ではなく『エスポワール戦隊』となっているのは皮肉な話だった。
もしも、人々が怪人化して対抗すれば。その時は再び彼らが支援されるのだろうか。それとも、自分も同じ様に対抗したいと思う人間が出て来るのだろうか。その時はまた、この採石場が墓場になるのだろうか。
「……帰るか」
そんな益体のない事を考えながら、彼もまたその場から去って行った。その際に覗き込んだスマホからは『晩御飯はいりますか?』というメッセージが来ていたので、直ぐに返信をしていた。
~~
剣狼との対談を終えたフェルナンド達は、自分達の居城には戻らず。とある一軒家……の廃墟を訪れていた。周辺には車中泊をしている男性が居た。彼の顔を確認した後、窓を叩いた。
その音で目を覚ました男性は、フェルナンドの異形の姿を見ても驚きもせず。車のドアを開けると土下座をした。
「フェルナンドさん! 私に。私に復讐をする為の力を下さい!! お願いします! ここに全財産が入っています!!」
彼は相当な厚みのある封筒を手渡そうとしたが、フェルナンドはそれを押しとどめた。
「それはアンタがこれから生きる為に必要な金だ。長く生きて、長く対峙して欲しい。許せないんだろう? アンタの大切な物を奪ったアイツらが」
「はい。私の妻と息子は、決して褒められる性格はしていませんでした。それでも。優しい所もあったんです。大切にしたいと思う一面もあったんです」
そう語る男性の顔はやつれていた。滂沱の如く涙を流したのだろうか、目の下には、濃いクマが浮かんでいた。
「分かっている。例え、世間が批難しようとも。俺達に取っちゃ大事な人達だったんだ。それを『正義』に奪われた無念さは良く分かるよ」
「では!!」
「受け取ってくれ。『リング』と、そいつの家の住所だ」
腕にリングを巻き付けた男性は何の躊躇いも無く。そのボタンを押した。バチリと言う音が聞こえた後、彼の体は膨れ上がり。その背中には鳥類の様な羽が生え、頭部も同じ様に鳥を模した物へと変わって行った。
「クケェーッ!!」
迸る力を抑えきれず。天に向かって叫んだ後、車のサイドミラーで異形と化した自分の姿を確認した後。フェルナンド達に頭を下げ、その住所に向かって車を進めた。
「じゃあな。健闘を祈っているよ。『武田』さん」
~~
「あの子はまた『エスポワール戦隊』の所に行っているの?」
「良いじゃないか。アレだけ学校を嫌がっていたあの子が、元気になって。夢中になれる物を見つけたんだ。喜ばしいよ」
表に『日野』という表札を掲げた家宅のリビングには朗らかな空気が流れていた。数日前までは、息子の愚痴と悲嘆に溢れていたはずのその場所は、いつの間にか『エスポワール戦隊』の話題に埋め尽くされていた。
その団体に対して脅威を覚えぬ訳では無かったが、息子を救ってくれた事は間違いなく、何にも飽きっぽい息子が熱中できる物を見つけられた。幾らかの謝礼を渡し、また彼を訓練に連れて行くという話にも両親は同意していた。
「そろそろ。あの子が帰ってくる時間ね」
スマホのチャットツールには『もうすぐ帰る』というメッセージが送られていた。それから程なくして呼び鈴が鳴った。
鍋に掛けていた火を止め、息子を迎える為に扉を開けた先には、警備の為に常駐していたエスポワール戦隊構成員達が血を流しながら斃れていた。彼らを見下ろすようにして立っているのは、全身を真っ赤に染めた巨大な鶏の怪人だった。
「え?」
嘴で彼女の頭を咥えると、卵の様に簡単に割れた。そのまま奥へと進み、リビングで待機していた父親はその異形の姿に悲鳴を上げた。
「ひっ!?」
腕を振るうと。その動作に合わせる様にして羽が弾丸のように射出され、彼の体に突き刺さった。助けを求める様にして手を伸ばした後、力尽きた。
「コケェーッ! ケッケッケ!!」
惨劇を見せつける様にして、死体の数々を並べた怪人は、狂ったような笑い声を上げて、夜空に向かって飛翔した。
十分程した後。帰って来た日野は、その惨劇を目の当たりにして。周囲一帯に響く様な絶叫を上げた。




