継ぐ者 1
染井組を含めた暴力団の昨今と言えば、暴対法やエスポワール戦隊の自主的活動もあって、幅を利かすなんてことは出来なかった。反社会団体同士で僅かなシノギを奪い合うという地獄めいた光景が繰り広げられていた。
剣狼達もその例に漏れず、表立って訴える事の出来ない社会的弱者や後ろめたさを抱える者達から僅かな稼ぎを回収する位だった。
「黒田。これでやって行けるのか?」
染井宅と事務所の往復にも慣れ、手伝いも重ねて仕事の内容にも慣れてきた頃。得られる報酬を鑑みると、生活が困難であることは直ぐに察しが付いた。
「昔は兄貴と一緒に。シャバ代せびりに行ったり、おしぼり買わせたり。つい最近までは、しめ縄や門松買わせていたんだけれどよ」
「今はもう名刺やバッジ見せるだけでアウトだからな」
事務所にどんよりとした空気が漂った。法律が整備され、善良な市民が不当な暴力に晒される事が無くなったのは良い事なのだが、法の網目を掻い潜る様な事を生業にしていた彼らにとっては悲報以外の何物でも無かった。
「カタギに戻ろうとしたけれど、結局ここに戻って来る奴ばっかりだからな」
「なんで戻って来るんだ?」
「元・極道なんて誰も雇ってくれねぇんだよ」
中田が指差した先。そこには何度も捲られた為か、クタクタになった求人誌が置かれていた。手に取って開いて見れば、赤丸やバツ印が幾つも書き込まれていた。
「それに今までメンツで商売していたのに、そこら辺の奴らに簡単に頭なんか下げられるかよ!」
「稼ぎも無い。更正する望みもない。シノギは雀の涙。本当にどうやって暮らしているんだ?」
黒田も含めた組員達が一斉に気まずそうな顔をした。もしも、これを言ったのが中田ならば、皆から恫喝されて終わった所だったが。今や組に欠かせぬ用心棒となった剣狼が発言したとなれば、口を噤む他なかった。
年長者達の苦悶を推し量ったのか、黒田も暫し躊躇った後。彼の質問に回答した。
「俺達はな。……親父から小遣い貰っているんだよ」
「小遣い。つまり、お前達は皆『芳野』みたいな物だってことか?」
「似たような物だ」
黒田に言われてから、改めて事務所を見れば。酒も無ければ、タバコも無い。反社会団体と言うにはあまりにも健康的だった。
「でも、芳野は学校に行ったり、家事をしたりしているぞ」
「俺達だってシノギに全力賭してんだよ!!」
そこはどうしても譲れなかったラインなのか。組員の一人が声を荒げて訂正した。何もしていない穀潰しと思われるのは心底嫌だったらしい。
そのシャウトで場が鎮まり返った所で、事務所の扉が叩かれた。中田がインターホンで外部の様子を確認すると、そこには白髪頭のくたびれた中年が居た。
「あ? 何だお前?」
「すいません。私、『フォビドゥン』って雑誌の記者をやっている『反町』ってモンなんですけれど。ご存知の方いますか?」
全員が顔を見合わせて首を横に振ったので、最終的には黒田に視線が集まった。そして、彼は皆の期待に応える様に概要を話してくれた。
「『フォビドゥン』だと? 『エスポワール戦隊』の批判記事を飛ばしているって事で有名だが。この間、記者が襲撃されたとは聞いたが」
「お。読んでくれている人も居るんですか。嬉しいですねぇ」
「その記者がウチに何の用だ?」
「何って。記者の用事と言えば取材ですよ。ついでに面白い話も持って来たんですよ」
取材だけならば追い返していた所だったが、それに付け加えた面白い話と言うのが気になった。
「その面白い話ってのは何だ?」
「いや。お宅の用心棒で『剣狼』さんって人がいるじゃないですか。その人に会いたいって人がいるんですよ。『ガイ・アーク』の部下だったと言えば分かる。って」
その名前が出た瞬間。彼は立ち上がり、乱暴に事務所の扉を開けた。そこにはニヤケ面を浮かべた反町が立っていた。
「あ。取材、応じてくれる気になりました?」
「そいつの名前を教えろ」
「それは、まず私の取材を受けてからですよ。良いですか?」
通常、こう言った事があれば若頭である豊島に取り次ぐものであるが、先程から電話も掛からず。その上、剣狼が目の色を変える様なネタであるならば、自分達も知っておきたい。と言う考えもあった。
「良いだろう。何が聞きたい?」
「まずはですね『エスポワール戦隊』を皆がどう思っているかという事から…」
反町の取材は実にゴシップ記者らしい物であり、戦隊が掲げている『正義』の糾弾から、裁かれる側の困窮ぶりなど。如何にも相手を悪役に仕立て上げようという筋書きありきの質問ばかりだった。
「ちなみに。こう言った記事って売れているのか?」
「お陰様で。正義とか善行に対して苦情の声って上げにくいですからね。私達は声を上げられない市民達を代表して、こう言うのを書いているんですよ」
取材に応じている黒田もそれは納得できる物だった。賛成する者達の声の大きさで搔き消されがちだが、彼らの行動を迷惑だと思っている人々は少なからずいる。されど、言えば何をされるか分からないという恐れもあって誰も何も言わないのだろうと。
そう言ってフラストレーションをネタに稼いでいるのなら。なるほど、上手い商売だと感心していた。
「逆に聞いてみたいんだが。苦情の声ってどんなのがあるんだ?」
「そうですね。やっぱり、近くで暴れられて怖いとか。ウチもやられるんじゃないかとか。もしくは家族や友人が参加を強要して来て怖いとか。ですね」
自分から悪の排除を希望したり、今まで以上の平穏を求めぬ者達にとっては、それらの活動は脅威でしかなく。分かりやすい目的を掲げているが故に、身内も感化され取り込まれるのは恐怖だろう。
「善良な市民は、批難すれば何されるか分からないから黙っている。そして、賛同する奴だけが声を上げてますます支持を得ていると勘違いして、更に活動が活発になるってか」
「そうなんですよ。だから、声を上げられる奴が意思表明しないと。本当にこの国がエスポワール戦隊に飲まれちまうんですよ」
「その意思表明の報復でお前達の仲間はやられた訳だが」
ペンは剣よりも強しと言う言葉が黒田の中に過ったが、実際の暴力を前にすれば知性など容易く崩されてしまう無常さを儚んだ。
「一応。遺書とかデータとかは遺してあります」
「それらが使われない事を願うばかりだ」
それから、幾らか話をした後。反町は席を立ちあがり、礼を言った。その後、剣狼の方へと行って、USBメモリを渡した。
「これ。その『ガイ・アーク』さんの部下から渡された物です。なんでも、中に必要な情報が入っているだとか」
「分かった」
「それでは皆様もお気を付けて」
そう言って、彼はニヤケ面を浮かべながら事務所を後にした。剣狼は早速事務所内のパソコンにUSBメモリを挿して中身を見た。
「決戦の場所にて待つ。か……」
「どういうことだ?」
「俺達だけが分かる場所だ」
彼以外の者達にはどういう事かはまるで見当もつかなかったが、剣狼だけはその場所が分かっている様に、拳を握り締めていた。




