ヘンシン 5
「(畜生。畜生、どうしてこんなことになったんだ)」
校舎裏から逃げ出した武田は、自宅に向かって走っていた。自分達がしている行為が『いじめ』だとも思っていなかったし、制裁を下される程の物だとも考えていなかった。
だから、彼は自分のグループに所属していた生徒が被害に遭っても暢気に学校に来ていた。その結果、彼は腫れ上がる程殴られ、服の下には大量の青痣を作っていた。
「(この国で悪いことをしたら。裁くのは警察じゃ無かったのかよ)」
それが彼の常識だった。生徒も教師も親も、誰も自分がやっている事が悪いだなんて言わなかった。唯一、注意してきた教師もいた気がしたが、年上の小言だと思って聞き流していた。その結果が今だ。
「(もしも、誰かが注意してくれていたら)」
こんな事にはならなかったのだろうか。もっと、接し方を変える事が出来ていたのだろうか。或いは、お互いに関わらないままで居れたのではないか。
様々な後悔が胸中を過りながらも、唯一逃げ場所として駆け込める自宅が見えて来た。玄関前には、赤い染みを広げ続けるボロ雑巾の様な何かがあった。
「この母親は、日野の両親と子供の訴えを言い掛かりだと否定し、更には彼らを追い詰めようとした『悪』に他ならぬ」
厳然とした声に振り返ってみれば、『ハザマ』と呼ばれていた男と全く同じ装備をした『エスポワール戦隊』の構成員が居た。手にしている銃剣型のガジェットからは血が滴っていた。
ガチガチと歯を打ち鳴らしながら、武田は目の前に転がっている物体の正体を察してしまった。髪は焼け焦げ、顔は腫れ上がり、肩や足の付け根から先が喪失しているが、目の前へとやって来た武田を見て声を上げた。
「…よ……し」
「……母さん?」
震える足で恐る恐る近づき、目線を併せる様にしてしゃがみ込んだ後。それは喉が張り裂けんばかりの勢いで叫んだ。
「お前のせいだぁああああああああ!!!」
あらん限りの声量で叫んだ後、夥しい量の血を吐き出しながら。その物体は二度と動かなくなった。呆然とする彼の背後には、得物を振り上げてた構成員が立っていた。
「俺達は『エスポワール戦隊』!! 悪を倒し! 人々に希望を与える者!!」
刃が眼前にまで迫り来る中。彼はその生涯を走馬灯で振り返りながら、涙を流していた。
「(もしも、過去に戻れるならば)」
その時の馬鹿な自分に注意してやりたい。お前がやっている行為は『弄り』でも『スキンシップ』でも無く。ただの『いじめ』だという事を。その報いはこんな形で取らされるのだと。その後悔が、彼が最期に抱いた考えとなった。
~~
数十分後。武田家の前にはエスポワール戦隊の特殊構成員達が集まり、死体の処理をしていた。周辺には立ち入り禁止の立て看板を設置し、アスファルトに広がった染みを取る為の薬剤を撒いていた。
「『リュウ』さん、お疲れ様です。『ハザマ』さんは不覚を取ったと聞きましたが」
「放っておけ。目的は達成したからな」
ネットには、先ほどまでの一部始終を録画した動画が流れていた。凄絶な様相に苦言を呈す者もいたが、制裁動画を見続け刺激に慣れた視聴者からは高評価が飛んで来るばかりだった。
「そうですか。それじゃあ、最後の仕上げと行きましょうか!」
構成員達が武田家から出て来た5分後の事である。閃光が走り、爆音が鳴り響く。周囲の家宅に被害を及ぼさない、芸術的とも言える発破作業が行われた。
背後でポーズを決めていた『リュウ』と構成員達は余韻に浸る様にして、全員で肩を組みながら、高らかに歌っていた。
「どんな暗雲、困難にも必ず光は差し込むさ~♪」
アップテンポの曲調で謳い上げられるそれは、エスポワール戦隊構成員の者達ならば、誰もが歌える戦隊の主題歌だった。
「どんなに負けても、挫けても、必ず立ち上がる。そうさ、この心にエスポワールがある限り~♪」
意気揚々と歌う彼らの背後では、武田家の残骸が自重に耐え切れずにボロボロと崩れ落ちて行った。
~~
「え? 武田が?」
「あぁ! 君を苦しめるいじめっ子の主犯格は私達がやっつけたんだ! 君は明日から、また元気に学校に通うと良い!」
いつの間にか、日野の部屋に上がり込んできていた構成員は、彼にそのように説明をした。剣狼に阻止されて失敗したかと思ったが、誰かが修正してくれたようだ。
スマホ内で再生された動画では、武田の母親に自分と息子の罪を自覚させる様に暴行を加えた後、手足などを切り飛ばし始めた。凄惨な光景に多少の忌避感は覚えた物の、憎んでいる相手の新縁者という事やこれから起こりうることを考えると、それ以上の興奮が彼を包み込んだ。
「くひ。くひひひ。ふひひひ」
「ヒーローって最高だろう? 悪い奴を倒せて、その上。皆に感謝される! 実に誉れ高い仕事だ」
日野は想像した。普段、惨めで冴えない自分が、大好きなアニメやラノベの主人公の様に活躍して、皆に感謝されるという未来を。
「ぼ、僕でも出来るかな」
「出来るとも! その心に『希望』がある限り!」
再生している動画は、自分がいじめていた武田が母親から罵倒されて膝を着くシーンへと移っていた。自分も誰かにとっての悪を断罪することが出来れば、勉強や運動が出来ないとしても称賛を得られ、自分の存在が認められるなら。その夢想は泡の様に膨れては弾けていく。
「僕もなりたいです!」
「良いだろう。僕達は君を歓迎する!」
構成員は日野の手を引いて、何処かへと去って行った。室内では付けっぱなしのPCから例の動画が流れ続けていた。
~~
「七海。全国におけるいじめの発生率はどれだけ下がっている?」
「私達の活動前と比べて大幅な削減に成功している」
エスポワール戦隊本部。様々な機器は、皇を広域にわたって監視していた。特に学校を始めとしたカーストが発生しやすい場所については網羅されており、地図上に浮かんだ学校には多くの丸印が付いていた。
「リーダー。その事については、全国から感謝と。それと入隊を希望する者達が続々と集まって来ています」
「そうか。最終面接だけは俺が担当する」
「はい。分かりました」
敬礼をして去って行く構成員を見ながら、この上ない充足感と幸福感に包まれていた。皇中の人間が自分達を祝福し、ヒーローをこんなにも必要としてくれている。
『ジャ・アーク』や『唐沢』達が言っていた事は間違いであり『ヒーロー』は何時だって正しいという法則を守れたことが、この上なく喜ばしかった。
「リーダー。週刊誌で、私達を非難する記事を出そうとしている会社がある」
「始末……。いや、確かその近くには半グレ団体が借りているテナントがあったな。よし、良いことを思いついたぞ」
大坊から話された作戦内容は、作戦を考える者達によって具体的な手段が計画され、実行に必要な人員や準備なども割り出してくれた。
その賑やかさと体制は『ジャ・アーク』と対峙していた頃の『エスポワール戦隊』を思い出す物であり、胸に熱い物が込み上げて来た。
「七海。ヒーローって良いもんだよな」
「リーダーがそう言うのなら」
「よっし! それじゃあ、もっと沢山の人達を助けに行こうか! この胸に希望を灯して!!」
画面内に表示された、任務の一つ。そこには『前作戦において始末した組長の葬儀に集まった者達への襲撃』と言う項目にチェックが入っていた。




