第二話|再び交わる道
北東の集落を発って三日目の午後、レオ・アルディオン率いる討伐隊は王都へ帰還した。
城門の前には荷馬車が列を作り、衛兵たちが行き交う人々の身元を確かめている。街道の脇では旅人が腰を下ろし、道連れと楽しげに言葉を交わしていた。
数日前まで魔物との戦闘に身を置いていた騎士たちにとって、王都の賑わいは何よりも帰還を実感させるものだった。
「隊長、負傷者はこのまま医療班へ引き継ぎます」
「ああ。ほかの者も装備の点検が済んだら休ませろ。今回の報告は俺が行う」
「承知しました!」
部下たちを兵舎へ向かわせると、レオは馬を王城へ進めた。
今回の任務では、幸いにも命を落とした者はいなかった。集落の住民にも新たな被害は出ておらず、少なくとも当面の危険は取り除けたと言える。
しかし、森で起きていたことについては、何ひとつ明確な答えが得られていなかった。
魔物たちは、なぜ住み慣れた領域を離れたのか。
騎士団が長年蓄積してきた記録の中に、何か手がかりがあるかもしれない。
レオは大通りを抜け、王城へ向かう坂道を上っていった。
***
騎士団本部の会議室には、王国周辺の地図が広げられていた。
机には各地から届いた報告書が積まれ、その傍らには新たな目撃地点を示す小さな駒が置かれている。
「戻ったか、レオ。ご苦労だった」
上席にいた騎士が顔を上げた。
「ただいま帰還しました」
レオは一礼し、持参した報告書を差し出した。
北東の集落で確認された被害状況、討伐の経過、そして魔物たちの不可解な行動。上官は説明を聞きながら地図に目を落とし、時折詳細を尋ねた。
「……魔物たちは、騎士団との交戦を避けていたのか?」
「すべてではありません。こちらへ攻撃を仕掛ける個体もいましたが、戦闘を避けて森の外へ向かうものも確認しています」
「その原因について、何か分かったか?」
「いいえ。ただ、何らかの理由で従来の生息域を離れた可能性が高いと考えています」
上官はしばらく報告書を見つめていたが、やがて机の端に積まれた別の書類を取り上げた。
「実は、同じような報告が西方と南部からも届いている」
差し出された記録に目を通し、レオはわずかに眉を寄せた。
西方では山岳地帯に生息する大型種が麓の街道で目撃され、南部では森林の境界付近で魔物の活動が急に活発化しているという。
いずれも、人々の生活圏に近い場所で起きていた。
「……ずいぶん離れた地域ですね」
「ああ。局地的な環境の変化だけでは説明が難しい」
「発生時期は?」
「多少の前後はあるが、ここ半月ほどに集中している」
レオは地図へ視線を移した。
印のつけられた地域は互いに遠く離れており、ひとつの群れが移動した結果とは考えにくい。
それぞれの土地で、何かが起きている。
だが、何がそれらを結びつけているのかは分からなかった。
「各地の巡回隊には、既に警戒を強めるよう通達してある。今後の状況次第では、改めて調査隊を派遣することになるだろう」
「承知しました」
レオが頷くと、上官は報告書を閉じた。
「ほかに報告事項はあるか?」
「現地で協力した戦士について、一件あります」
レオは森で共闘した赤髪の女戦士について説明した。
所属や名前は確認できなかったが、優れた剣技を持ち、右翼の防衛に大きく貢献したこと。さらに、大型の魔物の討伐にも加わっていたことを伝える。
「ほう。お前がそこまで評価するとは珍しいな」
「実際に助けられましたから」
レオは率直に答えた。
「彼女の助力がなければ、負傷者が増えていた可能性があります。現地の協力者として、記録に残していただければ」
「分かった。身元が確認できれば、改めて礼を伝えよう」
上官は頷き、報告書に書き加えた。
レオは一礼すると、会議室を後にした。
***
王城の廊下を歩いていると、向こうから見慣れた姿が近づいてきた。
「レオ。戻っていたのか」
銀白色の髪を後ろへ流したシエル・アステリアが、片手を軽く上げた。
「ああ。つい先ほどな。お前も帰還したばかりか?」
「俺は今朝だ。予定より随分と長い巡回になったよ」
「魔物の対応だったそうだな」
「そうだ。近隣の集落を回っていたところへ増援要請が入ってな。現地の戦士たちにも協力してもらったが、なかなか骨が折れた」
二人は並んで歩き始めた。
レオが森での状況を簡単に伝えると、シエルは腕を組んで考え込んだ。
「……やはり、そちらも同じか」
「お前の担当区域でも?」
「ああ。こちらを襲うことより、先へ進むことを優先しているような個体がいた」
「俺もそれが気になっていた」
「それに、妹が少し興味深いことを言っていてな」
「そういえば、妹がいると言っていたな」
「ああ。今回、現地で一緒に戦っていたんだ」
「そうだったのか。まだ会ったことはなかったな」
「なら、そのうち紹介しよう。剣の腕はなかなかのものだぞ」
シエルはどこか得意げに言った。
「今回も魔物の動きをよく観察していたらしくてな。単に森から逃げているだけでは説明がつかないんじゃないか、と」
「……俺たちも似たような疑問を持っている」
「だろうな。あいつも何か気になることがあるらしく、もう少し調べてみると言っていたよ」
「一人でか?」
「今のところ、森へ深入りするつもりはないらしい。集落を回って話を聞くそうだ」
シエルは軽く肩をすくめた。
「昔から、一度気になり始めると納得するまで調べたがる性格でな」
「悪いことではないだろう」
「もちろん。ただ、兄としては少々落ち着かん」
その言葉に、レオは小さく笑った。
「お前でも、そういう顔をするんだな」
「何だ、俺をどういう人間だと思っている?」
「少なくとも、任務中に取り乱すところは見たことがない」
「任務と妹は別だ」
あまりに当然のように言い切るので、レオは今度こそ笑みを隠さなかった。
シエルもつられて苦笑する。
「……まあ、あいつももう立派な戦士だ。実力は信用しているさ」
しばらく歩いたところで、レオはふと森での出来事を思い出した。
「そういえば、俺も現地で興味深い戦士に出会った」
「ほう?」
「赤い髪の女だ。大剣を使っていたが、かなり独特な剣術だった」
シエルの歩みが、わずかに緩んだ。
「……赤髪の、大剣使い?」
「ああ。小柄な女性だったが、相当な腕だった。名前を聞く機会がなかったのが惜しいな」
シエルは黙ってレオの横顔を見た。
森で妹が嬉しそうに語っていた騎士の特徴が、頭に浮かぶ。
金色の髪、蒼い瞳、白銀の鎧。そして、無駄のない美しい剣筋。
偶然にしては、あまりにもよく一致していた。
「……なるほどな」
「何だ?」
「いや、何でもない。少し心当たりがあってな」
「知っている人物なのか?」
「おそらくな」
シエルは意味ありげに笑った。
「まあ、いずれ分かるだろう」
「……随分と含みのある言い方だな」
「気のせいだ」
涼しい顔で答える同僚を見て、レオはそれ以上尋ねるのをやめた。
シエルが何かを隠しているのは明らかだったが、無理に聞き出すような話でもないだろう。
「それより、お前はこれからどうする?」
「報告書の整理が残っている。終わり次第、兵舎へ戻るつもりだ」
「……相変わらずだな。三日かけて戻ってきたんだ、少しは休め」
「お前に言われるとは思わなかった」
「俺はちゃんと休むさ。お前と違ってな」
「そうか。それなら明日の訓練には、万全の状態で来られるな」
「……しまった。余計なことを言った」
シエルがわざとらしくため息をつくと、レオも愉快そうに笑った。
二人の足音が、長い廊下に重なって響いていた。
***
それから数日後。
午後の王都は、穏やかな日差しに包まれていた。
大通りでは荷馬車がゆっくりと行き交い、店先には色鮮やかな布地や装飾品が並んでいる。市場の一角では旅商人が遠方の珍しい品を広げ、足を止めた人々へ楽しげにその由来を語っていた。
その賑わいの中を、エリア・アステリアが歩いていた。
動きやすい旅装に身を包み、腰には護身用の短剣を佩いている。森で振るっていた大剣は持っておらず、肩から下げた鞄には、旅の途中から書き続けている小さな手帳が収められていた。
北東の集落を離れてからも聞き取りを続けていたエリアは、集めた記録を兄に見せるため、王都の実家へ戻っていた。
森での戦闘を終えた後も、彼女は周辺の集落を巡り、魔物の目撃情報を集めていた。もともと旅の途中で気になり始めた異変ではあったが、実際にあれほど多くの魔物が森から出てくる姿を目にして、疑問はいっそう大きくなっていた。
猟師や旅人たちから聞いた話を整理してみると、複数の集落で魔物が目撃され始めた時期が、ほぼ重なっていた。
もちろん、それだけで同じ原因によるものと断定することはできない。証言には曖昧なものもあり、同じ魔物を別々の場所で見かけただけという可能性もある。
それでも、騎士団が保管している記録と照らし合わせれば、何か手がかりが見つかるかもしれなかった。
エリアは鞄の留め具を確かめると、王城へ続く道へ足を向けた。
その途中、ふわりと漂ってきた甘い香りに、思わず足が止まる。
市場の片隅にある小さな菓子店だった。
この辺りの通りは子供の頃から何度も歩いているが、店先に並ぶ菓子には見覚えのないものもあった。旅に出ている間にも、街は少しずつ変わっているらしい。
蜂蜜を使った焼き菓子や、木の実を練り込んだ菓子。その中でも特に目を引いたのは、表面を薄く飴で覆った小さな菓子だった。
「それ、今日焼いたばかりなんですよ」
店主が声をかけてきた。
「よかったら、ひとつどうぞ」
差し出された小さな試食を受け取り、エリアは礼を言って口に運んだ。
薄い飴が軽やかに砕け、中から香ばしい木の実の風味が広がる。
「……美味しい!」
思わず笑顔になったエリアを見て、店主も嬉しそうに笑った。
「気に入っていただけました?」
「ええ、とっても。これ、いくつかいただけますか?」
自分の分を選んだ後、エリアは少し考えて、もうひと袋買い足した。
兄も甘いものが嫌いなわけではない。仕事の合間にでも食べてもらえればいいだろう。
紙袋を受け取ると、エリアは礼を言って店を後にした。
見慣れた街並みの中で、思いがけず新しい店や美味しいものを見つける。それもまた、故郷へ帰る楽しみのひとつだった。
エリアは買ったばかりの菓子を鞄へしまい、歩き慣れた坂道を王城へ向かって上っていった。
***
騎士団本部の中庭では、午後の訓練が終わろうとしていた。
レオは訓練用の剣を片付けると、部下たちへ最後の指示を出した。
「今日はここまでだ。各自、身体を休めるように」
「ありがとうございました、レオ隊長!」
若い騎士たちが敬礼し、訓練場を離れていく。
その様子を見送っていたレオの耳に、聞き慣れた声が届いた。
「レオ、少しいいか」
振り向くと、中庭の入口にシエルが立っていた。
その隣には、一人の女性がいる。
「どうした?」
「紹介したい者がいてな」
シエルは隣の女性へ視線を向けた。
「紹介する、俺の妹だ。エリアという」
レオは思わず動きを止めた。
鮮やかな赤い髪。
見覚えのある顔立ち。
そして、こちらへ向けられた明るい瞳。
間違いない。あの森で、巨大な魔物を相手に共に剣を振るった女戦士だった。
「……君は」
レオが口を開くのとほとんど同時に、エリアも驚いたように目を見開いた。
「あっ……森で一緒に戦った方ですよね!」
そして、嬉しそうに微笑む。
「まさか、お兄ちゃんのお知り合いだったなんて!」
「ああ。俺も驚いた」
レオはシエルへ視線を向けた。
「彼女が、お前の妹なのか?」
「そうだ。……やはり、お前たちだったか」
シエルは二人の顔を見比べ、納得したように頷いた。
「森で聞いた話から、そうじゃないかと思っていたんだ。金髪の騎士と赤髪の大剣使い。これで確信が持てたよ」
「それなら、先に言ってくれてもよかっただろう」
「確かめる前に決めつけるわけにもいかん。それに……」
シエルは少しだけ口元を緩めた。
「こうして会えば、すぐ分かると思ってな」
「……なるほど」
レオは呆れたように息をついたが、それ以上は何も言わなかった。
エリアはそんな二人のやり取りを見て、くすりと笑った。
「ふふっ。お兄ちゃん、二人が知り合いかもしれないって思ってたんだね」
「まあな。話を聞いた時から、そんな気はしていた」
その返答に、エリアは楽しそうに笑い、改めてレオへ向き直った。
「エリアです。先日は一緒に戦ってくれて、ありがとう」
「こちらこそ助けられた。改めて、レオだ。よろしく頼む」
「うん、よろしくね!」
エリアは明るく微笑んだ。
レオはふと、森で彼女が振るっていた大剣を思い出した。
「そういえば、今日は剣を持っていないんだな」
「うん。今日は兄に用事があって来ただけだから。大剣は置いてきたの」
「そうか。あの剣は、なかなか見事だった」
「ふふっ、ありがとう。私もレオの剣、すごく印象に残ってるよ」
エリアは少し身を乗り出した。
「ねえ、レオ。今度時間がある時に、剣を見せてもらえないかな? 森ではゆっくり見る余裕がなかったから」
「構わない。俺も、君の剣には興味がある」
「本当? それなら、今度お互いの剣を見せ合おうね」
「ああ。楽しみにしている」
そのやり取りを聞いていたシエルが、小さく笑った。
「……まったく。二人とも、顔を合わせた途端に剣の話か」
「ふふっ、お兄ちゃんだって剣は好きでしょう?」
「否定はせんが、今日は別の用事があったんじゃないのか?」
「あ、そうだったね」
エリアは兄へ向き直ると、鞄から小さな手帳を取り出した。
「お兄ちゃん、森のことで少し気になることがあって。帰り道でも何人かに話を聞いてきたの」
その声には、先ほどまでの楽しげな調子とは違う落ち着きがあった。
シエルは手帳を受け取り、表紙を開いた。
「……なるほど。目撃場所まで記録してあるのか」
「うん。分かる範囲だけだけどね。どの集落でも、魔物が増え始めた時期が近いの」
手帳には、簡単な地図と共に目撃された魔物の種類や時期が書き留められていた。確かな情報と、聞き取りだけでは確認できなかったものが分けて記されている。
レオも傍らから目を通した。
「……これは、俺たちが持ち帰った報告とも照らし合わせる価値がありそうだな」
「そう思って持ってきたの。騎士団には、ほかの地域の記録もあるんでしょう?」
「ああ。西方や南部でも似た異変が確認されている」
「やっぱり……」
エリアは考え込むように視線を落とした。
「同じようなことが、離れた場所でも起きているんだね」
「だが、原因が同じとは限らない」
レオがそう言うと、エリアは頷いた。
「うん。だから、ちゃんと比べてみたいの」
シエルは手帳を閉じ、妹へ視線を向けた。
「よく調べたな。これは預かっても構わないか?」
「もちろん。そのために持ってきたんだもの」
「助かる。報告書と照合してみよう」
そう言ってから、シエルはレオへ顔を向けた。
「お前にも手伝ってもらうことになるかもしれんな」
「構わない。俺も気になっていたところだ」
二人の返答を聞き、エリアはほっとしたように微笑んだ。
自分が集めた情報が役に立つのなら、王都へ戻ってきた甲斐があったというものだ。
「それじゃあ、よろしくお願いします」
そう言ってから、彼女はふと思い出したように鞄へ手を伸ばした。
「あ、そうだ。お兄ちゃん、これも」
取り出したのは、市場で買った焼き菓子の紙袋だった。
「さっき美味しそうなお店を見つけたの。食べてみたら本当に美味しかったから、お兄ちゃんにもと思って」
シエルは差し出された袋を見て、少し意外そうに目を瞬かせた。
「……俺にか?」
「うん。仕事の合間にでも食べてね」
「ありがたく貰っておくよ」
シエルが受け取ると、エリアは満足そうに微笑んだ。
そして、隣に立つレオへも紙袋を差し出す。
「レオも、よかったらどうぞ」
「俺もいいのか?」
「もちろん。まだあるから」
「それなら、ひとついただこう」
レオが礼を言って焼き菓子を受け取ると、シエルが隣から口を挟んだ。
「遠慮しなくていいぞ。こいつは美味しいものを見つけると、決まって誰かに食べさせたがるんだ」
「もう、お兄ちゃん。そんなことないよ」
「そうか? 昔もよく菓子を持って帰ってきただろう」
「それは、お兄ちゃんにも食べてほしかったからでしょう?」
何でもないことのように返された言葉に、シエルは一瞬黙った。
それから、少し困ったように笑う。
「……そうだったな」
レオはそんな兄妹のやり取りを見ながら、焼き菓子をひと口食べた。
薄い飴の甘さと、木の実の香ばしさが口の中に広がる。
「……美味いな」
「でしょう?」
エリアが嬉しそうに笑った。
その笑顔につられるように、レオも自然と口元を緩めた。
森で顔を合わせた時には、互いの名前さえ知らなかった。
あの時はただ、目の前の魔物を退けるために剣を振るっただけだった。
それが今は、こうして穏やかな陽光の下で言葉を交わしている。
レオは不思議な巡り合わせを感じながら、残りの菓子を口に運んだ。
***
その日の夕刻、レオの執務室では、二人の騎士が机を挟んで地図を見下ろしていた。
机上には北東の森林地帯を中心とした地図が広げられ、各地から届いた報告書が並べられている。エリアの手帳に記されていた目撃情報も、別紙へ整理されていた。
「……ここを見てくれ」
シエルが地図の一角を指した。
「エリアが話を聞いた集落のうち、三か所で目撃が増え始めた時期がほぼ一致している。だが、集落同士はそれなりに離れている。同じ群れが移動しただけとは考えにくいな」
「こちらの報告では、森の西側でも同じ頃に目撃が増えている」
レオは手元の資料を開き、該当する場所を示した。
「ただし、移動した方向には違いがある。すべての魔物が同じ場所へ向かっていたわけではないようだ」
「……となると、特定の場所を目指しているとは限らないわけか」
「ああ。何かを避けて移動していた可能性もある」
シエルは机に片手をつき、しばらく地図を見つめた。
「これだけの情報を集めるのも、簡単ではなかっただろうな」
「エリアのことか?」
「ああ。旅の途中で気になったことを、各地で調べて回っていたらしい。あいつらしいと言えば、あいつらしいが」
レオは別紙にまとめられた記録へ目を落とした。
「いい観察をしている。騎士団の報告だけでは拾えなかった情報もあるな」
「そうか」
シエルは短く答えたが、その表情にはどこか満足そうな色があった。
「……妹のことになると、随分と嬉しそうだな」
レオが言うと、シエルは片眉を上げた。
「そう見えるか?」
「ああ」
「別に、自慢しているつもりはないんだがな」
「そうか?」
レオが軽く笑うと、シエルも諦めたように肩をすくめた。
「……まあ、少しはそうかもしれん」
ひとしきり笑い合った後、二人は再び地図へ視線を戻した。
「原因が森の奥にあるとしても、闇雲に踏み込むのは危険だな」
「同感だ。前回のような群れが再び現れれば、調査隊にも被害が出る」
「現地をよく知る者に加えて、魔法による調査ができる者も必要だろう」
レオは頷いた。
森の異常な静けさと、魔物たちの不可解な移動。現時点では確かな証拠があるわけではないが、何も調べずに放置できる状況ではなかった。
「上官へ追加調査を進言しよう」
「ああ。エリアの記録も添えておく。現地を歩いて集めた情報だ、十分に参考になるはずだ」
二人は必要な資料をまとめ、正式な報告書の作成に取りかかった。
窓の外では、夕暮れが王都の街並みを染め始めていた。
その頃、エリアは城下町の通りを実家へ向かって歩いていた。
兄に手帳を預け、伝えるべきことを伝え終えた彼女は、買い物帰りの人々とすれ違いながら、慣れ親しんだ道を進んでいく。
旅先では初めて目にする景色に胸を躍らせることも多いが、こうして故郷へ帰ってくると、やはりどこかほっとする。
長く離れていても、曲がり角の先に何があるのか自然に思い浮かぶ。子供の頃によく通った道を歩いていると、幼い日の記憶がふと蘇ることもあった。
エリアは夕暮れの空を見上げた。
茜色の雲の向こうには、まだ淡い青が残っている。
森の異変が気にならないわけではない。
けれど、今できることは限られている。集めた情報を確かめ、そのうえで次に何をするべきか考えればいい。
その時、ふと昼間に再会した騎士の姿が思い浮かんだ。
レオ。
森で見た、あの無駄のない剣筋。
もう一度、近くで見られる機会があるなら嬉しい。
そう思うと、自然と口元が緩んだ。
やがて夕刻を告げる鐘が鳴り始める。
エリアは夕暮れの通りを抜け、アステリア家の屋敷へと続く道を歩いていった。
その夜、騎士団本部には北東の森林地帯について追加調査を求める報告書が提出された。
各地で相次ぐ魔物の異常な行動。その原因は、いまだ分からない。
だが、これまで個別の出来事として扱われていた報告が、少しずつ結びつき始めていた。
翌朝、騎士団本部では新たな調査隊の編成について検討が始まることになる。
そして、その任務は、再び三人を同じ森へと導いていくのだった。




