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第七話 返していただきます。百二十年分の、命を

 一ヶ月後。王城、大審問の間。


 石造りの円形の広間に、貴族という貴族が詰めかけていた。

 国王、王妃、大臣、聖霊学院の長老たち。

 傍聴席は満員で、廊下にまで人が溢れている。


 中央に立たされたジゼルは、青ざめていた。

 呪詛の影響で、この一ヶ月で頬がすっかり細くなっている。


「聖霊の加護、真贋審問を開廷する」


 首席審査官ボーンハルト卿が、槌を鳴らした。


「アルデン男爵令嬢。まずは背の紋様を、我々に検分させていただこう」


 検分は、二時間に及んだ。

 魔力測定。霊素反応。魔術痕跡の探索。

 ボーンハルト卿は、執拗に「人工的な術式の痕」を探し続けた。

 そして、深く頷いた。


「結論を申し上げる」


 広間が静まる。


「紋様からは、微弱ながら人為的な魔力の残滓が検出された」

「え?」

「さらに、令嬢の魔力量は平均以下。加護を受けた者とは思えぬ数値である。加えて」


 ざわめきが広がり、ジゼルの指が震える。

 ボーンハルト卿は、勝ち誇るように顎を上げた。


「聖霊樹には、依然として生命反応が乏しい。夜会の夜の開花は、一時的な魔術現象であった可能性が高い」


 傍聴席が、ざわめきで揺れた。


「なんと」

「では偽装だったのか」

「王家は騙されたのか」

「そんなっ!?そんなこと私っ……」


 貴族席の最前列で、イザドラが白い手を口元に当て悲しげに目を伏せた。


「まあ……なんてこと。わたくし、ジゼル様を信じておりましたのに」

「陛下。畏れながら、王国の名誉のため、厳正なる処断を——」

「異議がある」


 王太子マクシミリアンが、立ち上がっていた。


「ボーンハルト卿。一点だけ、確認したい。『微弱な人為的魔力の残滓』とは、どのような術式だったか」


 ボーンハルト卿が、一瞬、詰まった。


「そ、それは……古い、系統不明の術式であり」

「答えられぬか。ならば私が答えよう」


 マクシミリアンが手を上げると、扉が開いた。

 土まみれの監査官たちが、四人がかりで、巨大な布包みを運び込んできた。


 床に置かれ布が剥がされると、現れたのは——銀色の、鉄杭。

 人の背丈ほどもある、異様な魔導具だった。

 表面には無数の術式が刻まれ、先端には黒ずんだ樹液がこびりついている。


「本日未明、聖霊樹の主根より掘り出された『霊脈の楔』だ」


 広間が、悲鳴のような声で満たされた。


「百二十年前、これを打ち込み、聖霊樹の力を地中から別の場所へ流す仕組みが作られていた」

「そんな……」

「そして、楔に刻まれた術式は、卿がジゼルの背から検出したものと一致した」


 ボーンハルトの顔色が変わった。


「愛し子の紋は聖霊樹と繋がっている。そこへ刺さっていた楔の術式が紋に混じるのは当然だ」


 マクシミリアンはジゼルを見る。


「つまり、卿が偽装の証拠だとしたものは、この紋が聖霊樹と繋がっている証拠。問題は、その楔がどこへ霊力を送っていたかだ」


 広げられた地図に、一本の線が王城から西へ引かれている。

 終点は、グランベルク公爵領。


「霊脈はグランベルク領の銀鉱山と秘薬工房に接続されておりました」

「言いがかりだ!」


 グランベルク公爵が立ち上がる。


「百二十年前のことなど、今の我々に何の関係がある!」

「百二十年前に打った者について、あなた方を責めるつもりはない」


 マクシミリアンは答えた。


「問題は三週間前だ。聖霊樹が目覚めた直後、楔は何者かによって打ち直された」


 公爵の顔が強張った。

 兵士に連れられ、四人の男が入ってくる。


「この者たちは全員、グランベルク家の使用人だ」


 イザドラの手から扇が落ちた。


「命令書も押収している。誰の指示かも、すでに証言済みだ」

「……」

「一ヶ月あった」


 マクシミリアンは、イザドラを見た。


「お前は噂を流し、審問を自分たちに有利な者で固めた。そして証拠を消そうとした」


「……なぜ、なぜ分かっていたのに一ヶ月も黙っていたの」

「最初から断じれば、王家が愛し子を守るためグランベルク家を陥れたと言われる。だから待った。お前が自分から楔へ手を出すのを」


 彼女の唇が、震えていた。

 マクシミリアンは、傍聴席のすべてに聞こえる声で言った。


「一ヶ月。この娘は噂を流され、家に石を投げられ、呪詛で床に伏せた。それでも聖霊樹に水をやりに通っていた」


 マクシミリアンは、深紅のドレスを見据えた。


「その間、お前は彼女を弱らせている楔を、さらに深く打ち込ませていた」


 そして、一歩、前に出た。

 その眼を見た傍聴席の何人かが、息を呑んだ。

 王太子の顔では、なかった。


「グランベルク公爵令嬢。俺は今、お前を斬らずにいるために、生涯で一番の努力をしている」


 判決は三日後に下った。


 グランベルク公爵家は、建国盟約への背信と、百二十年にわたる霊力の不正利用により爵位を剥奪。

 銀鉱山と秘薬工房を含む財産の大半は王国へ返還された。


 ボーンハルト卿も魔術師団長を解任された。

 そして、楔の打ち直しを命じたイザドラには、重い刑が求められた。


「死罪を求める声もございます」


 判決の場で、ジゼルは静かに手を挙げた。


「陛下。畏れながら、愛し子として、聖霊の言葉をお伝えしてもよろしいでしょうか」


 彼女の背で、銀の紋様が淡く光った。


『慈悲は与えます。あなた方の血を絶つつもりはありません』


 聖霊エルディアの声が、広間に響いた。

 楔を抜かれてから、その姿は日に日に鮮明になっている。


『けれど、返していただきます。百二十年分の、命を』

『グランベルク家の方々には、霊脈を吸われて荒れた北の土地を、これから百年かけて浄化していただきます。土に触れ、水を運び、木を植える仕事です』

『ジゼルが十年、わたくしにしてくれたことと同じです』

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