第八話 林檎の木に二つの実がなった
翌朝。
修道服に着替えたイザドラが、北の辺境へ向かう馬車に乗せられた。
見送る者は、誰もいなかった。
ただ、馬車が動き出す直前、御者が一通の手紙を差し出した。
差出人は、ジゼル・フォン・アルデン。
イザドラはしばらく眺めてから、封を切った。
『浄化院の土は痩せていると聞きました。
灰と落ち葉を混ぜると、少しずつ土が戻るそうです。父の本を一冊入れておきます。
木は、手をかければ応えてくれます。本当です』
イザドラは、その手紙を二度読んだ。
三度目は、途中から文字が見えなくなった。
一年後。
ヴァルトハイム王国は、かつてない豊作に沸いていた。
聖霊樹の霊脈が回復し、国土の魔力循環が正常化したためだという。
荒れ地は緑に戻り、疫病は減り、北の辺境にすら花が咲いた。
そしてこの日、王城の礼拝堂では、王太子マクシミリアンと聖霊の愛し子ジゼルの婚礼が行われていた。
「——緊張してるか」
祭壇の前で、マクシミリアンが小声で囁く。
「してます。手、汗だくです」
「知っている。握っているからな」
「言わないでください」
くすくす、と笑い合う。
かつて壁の花だった少女は、今、王国中の視線の中心にいた。
けれど彼女の背筋は、まっすぐ伸びていた。
「十年、水を運びましたから」
参列席には、涙で前が見えていないアルデン男爵。
礼拝堂の窓の外では、聖霊樹が満開の銀を揺らしていた。
そして——北の辺境から届いた一通の手紙が、ジゼルのブーケの中に忍ばせてある。
『浄化院の畑に、林檎が二個実りました。ご結婚おめでとうございます。
……あなたに教わった通り、灰を混ぜました。イザドラ・グランベルク』
「何を笑っている」
「ふふ。木は、手をかければ応えてくれるなあって」
ジゼルは顔を上げ、幼馴染で、婚約者で、これから夫になる人に微笑んだ。
「行きましょう、マクシミリアン様」
「マクシミリアンでいい。……それと、今夜からは呼び方以外も、いろいろ直してもらうぞ」
「え、今夜?」
答えの代わりに、指を絡めて引き寄せられた。
ヴェールの下、耳元に唇が寄る。
「十年待った。……もう、一晩も待てない」
「今ここで言います!?」
「今だから言った」
真っ赤になったジゼルの手を引いて、王太子は扉へ向かった。
鐘が鳴ると礼拝堂の扉が開き、銀の葉が風に乗って舞い込んだ。
二人は手を繋いだまま、光の中へ歩き出した。
その年、北の浄化院では、小さな林檎の木に二つの実がなった。
翌年には五つ。
その次の年には、数えるのが面倒になるほど。
かつて誰もが死んだと思っていた白銀樹も、毎年新しい枝を伸ばした。
木は、手をかければ応えてくれる。
十年前、誰にも見向きもされなかった古木を見上げて、
「まだ死んでません」
と言った八歳の少女は、やはり正しかったのだ。
最後までお付き合いありがとうございました。
ちょっとハイファン味のある、異世界恋愛を書いてみました。
その後の二人が気になりましたら、ブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ





