第六話 俺が根こそぎ引き抜く
翌週から、王都の空気が変わった。
まず、噂が流れた。
『アルデン男爵令嬢の聖霊紋は、宮廷魔術で描かれたものらしい』
『アルデン男爵は聖霊学者だ。娘に紋様を刻む術くらい心得ていよう』
『王太子殿下が幼馴染を妃にするための、王家ぐるみの茶番では?』
出所は分からなかった。
分からないように流されていた。
サロンで、劇場で、市場で。
噂は水のように広がり、アルデン家の門には投石の跡がついた。
「父様、大丈夫ですか」
「なあに。学者は嫌われるのが仕事だ」
そう笑った父の手は、震えていた。
そして二週目。
審問の首席審査官に、グランベルク家と縁の深い宮廷魔術師団長が選ばれた。
そして三週目。
ジゼルが、倒れた。
聖霊樹に水をやっている最中、突然視界が暗くなり、そのまま根元に崩れ落ちたのだ。
駆けつけたマクシミリアンの腕の中で、彼女は薄く目を開けた。
「ジゼル!」
「……ごめんなさい。最近、なんだか、力が抜けて」
『これは呪詛です』
聖霊エルディアが、少女の姿で現れた。その姿は、以前より色が薄い。
『この子の加護は、わたくしの霊脈と繋がっています。わたくしが弱れば、この子も弱る。——楔が、深く打ち直されました』
「打ち直された、だと」
『三日前の夜。地中の霊脈が、急に強く引かれました』
マクシミリアンの目が、氷点下まで下がった。
「証拠を消しに来たな」
慌てて楔を打ち直し、痕跡を隠そうとした。
つまり——楔の在り処を知る者が、この国にいる。
その日から、ジゼルは王城の客間で床に伏せることになった。
政務の合間、マクシミリアンは日に三度、その部屋の扉を叩いた。
「熱がある」
額に触れた手が、そのまま頬へ滑る。
振り払う力も出ない。
「殿下……はしたないです」
「マクシミリアンだ」
寝台の縁が軋んだ。
彼は上着を脱ぎ捨て、シャツ一枚のままジゼルの背に腕を回されると、冷えきった身体に彼の体温が沁みてくる。
心臓の音が、耳のすぐ下で鳴っていた。
「……お前が痩せていくのを、俺は毎日数えていた」
首筋に押しつけられた額が、熱い。
泣いているのだと気づいて、ジゼルはようやく震える指で彼の髪に触れた。
「大丈夫です。私、水を運ぶのは得意ですから」
「頼むから、少し休め」
「休んだら、エルディアが枯れます」
返事の代わりに、腕の力が強くなった。
骨が軋むほどの、余裕のない抱き方だった。
「——必ず、抜いてやる」
首筋に顔を埋めたまま、彼が言った。
「あの杭も。お前を苦しめている手も。俺が根こそぎ引き抜く」
ジゼルは、そっと彼の髪を撫でた。
薄れていく意識の中、この人、こんな声も出すんだ、と。
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