第四話 ヴァルトハイム建国盟約
広間の全員が、窓の外を見た。
庭園の奥から立ち上る、銀の光の柱。
「なんだ、あれは!?」
「魔術か?敵襲か!」
真っ先に走り出したのは、マクシミリアンだった。
礼装のマントを翻し衛兵を追い越すと、貴族たちを押しのけて庭園へ走りだす。
(あの場所は……!?)
聖霊樹。ジゼルが十年通った、あの場所。
たどり着いた王太子が見たものは。
満開の白銀樹。
その根元に立つ、薄青のドレスの少女。
彼女の背には、銀の光でできた紋様が浮かび上がっていた。
翼のような、樹の枝のような、複雑で、荘厳な紋章。
「ジゼル……!」
追いついた貴族たちが、次々に息を呑む。
その中で、ひとりの老人が、震える声で叫んだ。
「せ、聖霊紋!建国王の記録にある、聖霊紋だ!間違いない、あれは『聖霊の愛し子』の証……!」
ざわめきが、爆発した。
「愛し子だと!?百二十年ぶりの……!」
「建国の盟約!陛下、盟約第一条を!」
駆けつけた国王が荒い息のまま、しかしはっきりと告げた。
「ヴァルトハイム建国盟約、第一条」
庭園に流れ出た貴族たちが、一斉に静まる。
「『聖霊の加護を受けし者は、国の宝としてこれを遇す。その者に爵位を超えた席次を与え、王家はこれを親族に列する』」
国王が、ジゼルを見た。
「アルデン男爵令嬢。いや、聖霊の愛し子ジゼル殿。そなたの席次は本日をもって公爵位の上、王族に準ずるものとする」
どよめき。
そして、その中を割って、ジゼルの前に立った者がいた。
イザドラだった。
顔色は蒼白で、しかし笑みは崩さず。
「お待ちくださいませ、陛下」
「なんだ」
「その加護、真正でございましょうか」
空気が、ぴりりと張り詰めた。
「聖霊樹は死んでいると、宮廷魔術師団が結論しております。死んだ樹が加護を授けるはずがございません」
イザドラは、扇を胸に当てて優雅に一礼した。
「もちろん、ジゼル様を疑うのではございません。ただ——王家の血に連なる席次を、たった一夜の光で決めてよろしいのですか?万一これが精緻な魔術による偽装であれば、王家の権威は地に落ちますわ」
それは、悔しいことに正論の形をしていた。
貴族たちが顔を見合わせる。「確かに」という囁きが、いくつも生まれた。
宰相が咳払いをした。
「……陛下。前例が百二十年前しかない以上、審査の手続きを踏むのが慣例かと」
国王は、しばらく沈黙した。
そして。
「席次の付与は、本日付で有効とする。ただし、正式な叙任は、宮廷魔術師団と聖霊学院による『真贋審問』を経た後とする。——それでよいな、グランベルク公爵令嬢」
「……陛下の御裁可に、従いますわ」
深紅のドレスが、完璧な礼をした。
イザドラの眉がわずかに動くと、その顔は笑っていた。
(一ヶ月。一ヶ月あれば、なんとでもなる)
そして、王太子妃候補の発表もまた、審問の結果が出るまで保留された。
聖霊樹の下で、ジゼルは呆然と立ち尽くしていた。
まだ、何も終わっていなかった。
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