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物の怪の城  作者: シゲン
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第三章 因縁

過去は終わらない。


人が忘れようとも、血が忘れようとも。


それは形を変え、時を越え、再び人の前に現れる。

「随分と嫌われたものだな、柘榴」

私の言葉に柘榴は口を歪める。

「これは道真殿、何故このような人間に取り憑かれているのです?」

嫌な言い方だ。

私に対しては敵意ではなく、蔑みか。

見下されるのはあまり気持ちいいものではない。

「私が誰に憑こうが、おぬしには関係あるまいよ」

口調が固くなってしまったようだ。

私が誰を選ぶか、それを他人にどうこう言われる筋合いはない。

「ところで、あんた、有名なのか?」

今まで黙っていた柘榴が尋ねる。

いきなり敵意を向けられたことで、腹を立てていると思っていたのだが。

「別にあんたが誰でもいいんだが、イッポンダタラを祓ったんだよな?」

晴敬は唖然としている。

名乗って相応の反応があると思っていたのだろう。

しかし相手が柘榴というのが不幸だった。

この男は私の素性すら興味がなかったのだから。

「柘榴、安倍晴明はわかるか?」

「ああ、なんか、俺の先祖とやりあったみたいなことをうちのジジイが言ってたな」

「それの子孫で、同業のようだな」

「ふーん」

それで済ますか。

しかし、それを聞いている晴敬の顔はみるみる朱に染まる。

「君は、学もないようだね。いや、それも外道の子孫らしい」

「いや、それはいいから質問に答えてくれ」

ますます晴敬は朱くなる。

どこかで見たようなやり取りだが、空気は最悪だ。

「くっ、祓ったと言っているだろう」

「そうかい」

聞いておいて、その反応か。

私は多少なりとも晴敬という男に怒りが湧いていたところだが、それが馬鹿らしくなるほどのあしらい方だ。

呆気ない言葉に晴敬は眉をひそめる。

挑発したはいいが、相手はそれに乗らない。

いや、そもそも柘榴は挑発されているのかも、わかっていない。

これが蛭間柘榴、私が選んだ男だ。


「待て!君はわかっていないね。僕を誰だと思っているんだ?」

「安倍さんだろ?」

的は外れているが、間違ってはいない。

「お前も楓に言っていただろう?人の話は聞くものだぞ」

「あれとこれじゃ話が違うだろ?」

同じだ。

確かに、晴敬から好意らしきものは感じはしないが。

「いい加減にしたらどうだい?僕の一声で君みたいな外道は仕事が来なくなるんだぞ」

「それはいいな。いや、食い扶持ぐらいは残しておいてくれ」

晴敬が何を言っても、柘榴には届かない。

見ているこちらが可哀想になるぐらいだ。

しかし、その空気を一変させたのは楓の声だった。

「瑠璃!?」

私たちが視線を向けたとき、瑠璃は座り込んで頭を抱えていた。

「瑠璃!どうしたの!?」

楓がまた声をかける。

しかし瑠璃は何も反応しない。

「中に何かいるな」

柘榴が呟いた。

私も瑠璃に意識を向ける。

「イッポンダタラ…ではないな」

確かにイッポンダタラは晴敬が祓っている。

では何故、瑠璃の中にあってはならないモノが存在しているのか。

「ああ、どうしても祓って欲しいと言うのでね。彼女を依代に式を降ろしたのさ」


「降ろしたと言ったか?」

私は思わず聞き返した。

人を依代にすることは危険が伴う。

命を落とす者、気がおかしくなる者、式にそのまま喰われることもある。

大抵の術士は物や動物など比較的降りやすいものを依代にする。

「そうですよ、道真殿。はっ、耳まで遠いのですね」

あからさまな侮蔑も今は気にしていられない。

これは由々しき事態なのだ。

「おっさん、飛梅を呼べるか?俺の式だと、中に入れるには荒すぎる」

柘榴はすでに瑠璃のそばにいる。

札を瑠璃の額に貼り、呪を唱えているがどうも一時的な対処らしい。

「何がいた?」

「式」

柘榴の短い答えに私は肝を冷やす。

「式だと?式が何故体に残る?」

「報酬の代わりに式を彼女に降ろし、育てることにしたのさ」

晴敬には悪意がない。

ただ純粋に自分が正しいと信じている。

「それがどういう事か、わかっているのか?」

「わかっていますよ。報酬はどうせ払うことはできない。ならばそれ相応の対価をもらわなければ」

命より金か。

外道は一体どちらなのか?

「おっさん、飛梅だ」

冷静さを失いつつある私に冷たい声をかける。

「わかった」


東風こち吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ


それと同時に瑠璃の自宅をある空間に閉じ込める。

裂け目だ。

騒ぎを大きくしないためだ、仕方あるまい。

そして詠に応え、彼女は飛んできてくれた。

梅の精である彼女は儚げな姿を現す。

「飛梅よ、彼女の中の式を説得してくれ」

頷き、瑠璃に近づいてゆく。

柘榴は額から札を外し、その額に飛梅は手を翳す。

彼女は瑠璃の体に吸い込まれた。

楓はその光景に目を奪われている。

「ふっ、無駄だよ。僕の式だぞ?何か出来るわけーーー」

「黙れ」

晴敬の言葉は刃物のような殺気が込められた言葉に遮られる。

柘榴のその静かな一言は、楓すら身を硬くする。

柘榴の怒りはいつも静かだ。

「柘榴」

私は声をかける。

「今はその女子を助けるのが先決だ」

「ああ」

短い答えだが、信頼には十分値する。

さて、飛梅が果たして説得できるか。

柘榴は瑠璃を横たわらせ、見守っている。

楓もいつもの調子にはなれないようだ。

異変を察した父親が瑠璃に近寄る。

「瑠璃!な、何があったんですか!?」

「この子の父親だな?少し黙っててくれ」

「おじさん、今はこの人に任せて!」

柘榴の鋭い視線と、楓の圧に父親は黙ってしまった。

「ふ、無駄だよ。説得だって?聞いたことがない!」

「晴明の孫よ、聞いていただろう?黙れと言われなかったか?」

「何故僕が、外道の言うことなど聞かなければならない。ましてやーーー」

そのとき、瑠璃の体が光り出した。

額から飛梅が出てくる。

私に近づき耳元で囁く。

「そうか、式は応じたか」

どうやら飛梅の説得は上手くいったらしい。

しばらくして、瑠璃の額から別のモノが出てきた。式だ。

姿を現すと、形を成していく。

かなり胴体の太い蛇だ。

そして一部、不自然に膨れている。

なるほど。イッポンダタラを食わせたか。

「誰に許されて体を出た?」

晴敬が式に向かって言葉を投げる。

確かに式として降ろされた以上、主は晴敬になる。

「役立たずだね。君のような式は必要ない」

冷徹な目で式を見つめながら言い放つ。

「あんたが勝手に降ろしたんだろ」

幽鬼のように、ゆらりと柘榴は立ち上がる。

殺気は消えていて、無表情だ。

ただ術士からすると、それが一番怖い。

「だったらなんだと言うんだ?たかだか式だろう?」

晴敬は平然と受け流す。

これは虚勢か、それとも…

「まあいい。その式には消えてもらおう」

晴敬は指を唇に当てて、呪を唱え出す。

それと同時に柘榴は蛇に向かって木札を投げる。

札はまっすぐ進み、蛇に張り付く。

柘榴も呪を唱え出す。

呪の応酬に楓と瑠璃の父親は耳を塞ぐ。

あくまでも呪、ただの人には耐え難い、呪の音である。

すると飛梅は楓に近づいていった。

ほお、あの子が自ら助けるか。

飛梅が近づくと楓たちの周りに結界が張られる。

柘榴、晴敬はお互いに呪をかけているのではない。

蛇に対してかけているのだ。

しばらくして、木札に蛇は吸い込まれていった。

柘榴の勝ちだ。


「何故邪魔をする?」

晴敬は柘榴を睨む。

「あんたの実力不足だろ」

柘榴は冷静に応じる。

しかし、何故煽るのか。

いや、煽ってるつもりがないのが、余計に相手を挑発している。

「き、貴様!」

ほら、怒った。

晴敬自身も、気が短いのだろう。

さて、剣呑な雰囲気を止めなければなるまい。

「いい加減にしてください!」

私が止める手立てを考えていたのだが、先に言葉を発したのは楓だった。

「そこのあなた!なんで瑠璃を危険な目に合わせたんですか!」

ふむ、真っ当な意見だ。

友人を式の依代にされたのだ。

楓が怒るのも致し方ない。

「それに柘榴さん!実力がないなんて、わかってても言うことじゃないですよ!」

「いや、お前が一番失礼だろ…」

確かに。

ただ柘榴はすでに毒気を抜かれている。

が、晴敬は怒りに体が震えている。

「晴敬、おぬしはこれ以上続ける気か?」

ただでさえも普通の人間がいるのだ。

楓たちの体に障るのは避けたい。

「やめておけ。これからも私たちと相まみえることもあるだろう。楽しみはとっておくものだぞ?」

「ふん。そちらの外道の始末は、楽しみにしておきましょう」

まるで悪党の捨て台詞だがここは黙っておこう。

「悪党みたいだな」

柘榴は、ぼそっと言った。

やめろというに。

しかし晴敬には届いている様子はない。

「それでは僕は失礼する。報酬は今日は諦めるとしよう」

今日は?いや、気にしすぎか。

去っていく晴敬の背中を私は見つめた。

安倍晴敬という危ない男。

昔も今も、相容れぬ、因縁の業だ。

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