第二章 敵意
裂け目での一件を終え、いつも通りの日常へ戻った柘榴と道真。
しかし、そこへ現れたのは、昨日助けた女子高生・夕凪楓だった。
小さな礼から始まる出来事は、やがて柘榴の血筋にまつわるものへと繋がっていく。
さて、柘榴という男、高校という学舎を卒業したばかりだ。
私が柘榴に憑いたのは高校に入学した直後の話だから、もはや四年近い付き合いになる。
元々特殊な能力を持つ人間を探していた。
しかしながら、なかなか見つけられず、ようやく見つけたのが柘榴だったのだ。
私が死してもなお、この世に留まり、長い年月を見てきた。
その中でも安倍晴明という者は特殊すぎた。
しかし柘榴は、その安倍晴明とは違った異質な者なのだが、本人に自覚はない。
「さて、柘榴、今日はどうするのだ?」
柘榴の一族は、いわゆる外法師として生計を立てている。
陰陽師とは違い、宮仕えしなかった法師たちだ。
基本、どこぞの筋から依頼を受けて、報酬をもらう。
「どうするもなにも、いつも通りだ」
「いつも通り、昼に起きて、夜まで部屋で過ごし、誰とも会わず、夜には物の怪たちと戯れるのか?」
「棘しかない言い方だな」
柘榴は私を睨みつけながら文句を吐く。
何故そのような反応になるのだろうか?
事実を言っているだけだろうに。
「私はどうするかな?」
「いつも茶を飲んでるだけだろう、ジジイかよ」
ふむ、失礼な言い草だ。
確かに実体化して茶を飲むが、日本人としての嗜みだろう。
全く、そもそも敬意が足らないのではないだろうか、私は…
「その、悪口なのか説教なのか、どっちでもいいが独り言になる癖をなんとかしろよ」
ほう、まあ、どっちもだが気をつけるとしよう。
やはり年を取ると口うるさくなるのだろう。
「そう言えば昨日の女子、どうなったのだろうな?」
「さあ、連絡先を教えて、住所まで聞いてきたな…住所必要か?」
--ピンポーン
家の呼び鈴が鳴る。
ちなみに私たちがいるのは一軒の借家だ。
「柘榴、鳴っているぞ」
「わかってる。たまには自分が出たらどうだ?」
「この姿でか?」
チッと舌打ちをしながら柘榴は玄関へ向かう。
しかしこの私の姿格好で外に出たら大騒ぎであろうよ。
それはそれで面倒臭がるくせに。
「こんにちは!」
どこかで聞いたことがあるような声が聞こえてきた。
なるほど、そういうことか。
「あのな、男が住んでるところに、女一人で来ないほうがいいと思うぞ」
珍しく柘榴は戸惑いながら話している。
声の主はそう、先日、裂け目で出会い、助けた女子、楓だ。
「昨日はありがとうございました!お礼に来たんですけど」
「いらないって言っただろう…」
「そうはいきません!お母さんが助けられたらお礼しなさいって言ってました!」
「間違ってはないけどな、時と場合があるだろ…」
「あ、あともう一人の方にもお礼がしたいんですけど」
「人の話、聞けよ…」
ふむ、面白い。
あの柘榴に気負いなく話しかける様、只者ではないのだろう。
あのぶっきらぼうで朴念仁な柘榴にだ。
いやはや、女子というものはわからぬものだ。
「もう1人って誰かいたか?」
私の存在を隠すつもりだな。
確かに説明するには些か面倒ではあるだろう。
「いました。あの怪物と戦ってたときに」
楓は見ていたらしい。
しかし、よくあのような場で冷静に状況を判断できたものだ。
普通なら気すら失ってしまうだろうが。
「気のせいだろ」
「絶対いました!えーと、菅原道真さん?でしたっけ?」
くくっ、そこまで覚えてるかよ。
さて、柘榴も困っているようだ。
そろそろ私の出番かな。
「柘榴、もうよかろうよ」
私は姿を現し、柘榴に話しかけた。
「あ、昨日はありがとうございます!」
「いや、驚けよ…」
柘榴は半ば諦めたかのように小さく呟く。
確かにいきなり姿を見せたのに楓は屈託なく私に話しかけた。
よく言えば愛想がいい、悪く言えば鈍感なのか。
ひとつだけ言えば、この楓も異質なのかもしれない。
「なに、柘榴も言っていたが、たまたま偶然が重なっただけだ。礼はいらぬよ」
「いえ、母にも言われて…」
「それはわかったから、もう帰れ」
なんともぶっきらぼうな言い方だ。
全くモテもせぬ茨の道を歩くのだ、この男は。
「ケーキ買って来たんです。お邪魔してもいいですか?」
「いや、待て待て、なんでそうなるんだ?」
「人数分買って来たので…」
「そうじゃなくてな」
愉快愉快。
まるで柘榴が相手になっていない。
普段、物の怪ですら相手にならない柘榴が、今は女子一人に振り回されているのだから。
「とりあえずその甘味を食べさせてもらうか、なあ、柘榴」
私のからかうような言葉に柘榴は睨みつける。
「ではお皿とフォークをお借りしていいですか?」
楓は自分のペースを崩さない。
面白いように柘榴は巻き込まれていく。
私はそれを眺めながらテーブルへ向かう。
柘榴と楓は台所に行き、皿とフォークを用意しているようだ。
しばらく待つとケーキという甘味を皿に乗せ、二人が戻ってくる。
「ほお、なかなか美味そうなケーキだな」
「なにを食べますか?ショートケーキ、チョコレートケーキ、モンブラン、あとミルフィーユ!」
「人数分じゃなかったのか?」
「おいしそうだったので」
柘榴のツッコミに悪気なく答える楓。
なるほど、こうやって流せば柘榴も軽口を叩かなくなるのだな。
私たちは各々ケーキを取り、食べ始める。
「やっぱり年寄りはモンブランなんだな」
柘榴の揶揄めいた言葉を無視して、食べ始める。
む、これは、栗か。
美味い、なるほどこれがケーキというものか。
「また声に出てるぞ」
「おいしいですよね!モンブラン」
私の心の声、もとい独り言に対して楓は気にせず相槌を打つ。
三人が食べ終わる頃、楓はもう一つのケーキを凝視している。
食べたいのだろう。
「食べたらどうだ?」
私の言葉に目を輝かせながら、
「いいんですかっ!?」
と言った。
「あんな顔してたらそうなるだろ…」
柘榴が呟く。
それは完全に私も同意する。
あっという間に楓はケーキを食べ終えた。
「食べたら帰れよ?」
「そういえば、柘榴さんってああいう怪物?みたいのと戦えるんですか?」
「だから話を聞けよ…」
柘榴の言葉は楓に届かないらしい。
あくまで、柘榴は一般的な話をしているのにも関わらず。
一拍置いて話し始めたのは柘榴だ。
「信じるか信じないかは別として、あれが俺の仕事だ」
珍しい。
普段自分の話はせず、仕事の内容など一切口にしないのだが。
「お仕事なんですか!?なら、私の話を聞いてもらってもいいですか?」
「いや、帰…」
途中まで口に出そうとした言葉を柘榴は飲んだようだ。
今日のこの男は実に見ていて面白い。
「なんだよ?」
私の顔を見て怪訝そうに見つめる。
顔に出ていたか?
そんな私たちをよそに楓は話を進める。
「私の友達、瑠璃って子なんですけど、最近家で変な声が聞こえるらしいんです」
楓の話はこうだった。
友人が夜寝る時刻になると、家のどこかで鉄を打つような音がする。
そして、それに続くように男の声がする。
「違う、これではダメだ」
その声は頭に響くようで、寝ることもできないようだ。
「というわけなんです」
そう楓は話し、お茶を啜る。
いつの間に茶を淹れたのだろうか。
いや、今はそれを気にしなくていいのだろう。
「いつ、茶を淹れたんだ?」
柘榴が聞いた。
やはりこの男は期待を裏切らない。
「ふふ、柘榴さんて細かいんですね」
と言って楓は笑顔を向ける。
ふむ、これを細かいで済ませるとはやはりこの女子は肝が太い。
言われた当の本人は口を開けている。
アホ面が余計アホ面に見える。
「お化けとかでしょうか?」
不安そうに楓は聞いてくる。
それは友人の心配をしていることに疑う余地のない声だ。
「柘榴、何かわかりそうか?」
私の問いにようやく気を取り戻し、
「ああ、イッポンダタラだろうな」
と柘榴は言った。
イッポンダタラ。
伝承は様々あるが、言ってしまえば鍛冶屋の成れの果てだ。
ただ悪意があるものはそうそういない。
「…あの、依頼したら報酬とかってどうなりますか?」
確かに楓にしてみたら気になるところだろう。
柘榴の仕事は常に危険が付き纏う。
その分報酬は破格になる。
さて、柘榴はなんて答えるか。
「とりあえず確かめないとな。報酬は言えないな」
ほお、また珍しいことを。
曖昧な依頼はいつも蹴ってしまうのにな。
そうかそうか、そういうことなのだな。
私はつい笑顔を浮かべてしまう。
「やはり春か」
「まだ言ってるのか?夏だ、ボケてるのか?」
呆れたように柘榴は言った。
ふむ、呆れるのはお前の頭だがな。
まあいい。
「とりあえず、その友達に連絡をしてくれ」
「わかりました!連絡しますね」
さて、今回はタダ働きになるかもしれんな。
私は肩をすくめて話を聞いていた。
私たち三人は友人宅へと向かっていた。
無論、私は姿を消しているが。
「そう言えば、道真さんはどこに行ったんですか?」
「そこら辺に落ちてないか?」
「え?どこですか?」
何故だろうか、柘榴は柘榴で失礼なのだが、楓はどういうつもりで私が落ちていると信じているのだろうか。
腑に落ちぬまま、一行は足を進め、友人宅に着いた。
しかし、何かおかしい。
いや、禍々しさも、物の怪の気配すら感じない。
柘榴も気づいている。
「どうかしました?」
楓は様子がおかしい柘榴を見て言った。
「ほんとにその友達は困っていたのか?」
「はい、さっきもまだ続いてるって」
その時、家の玄関が開いた。
スーツを着こなした男が出てくる。
柘榴とは違い、爽やかで清涼感を漂わせている。
そして家の主らしき人物と、楓の友人らしき女子がしきりに男に頭を下げている。
「瑠璃?」
楓が声をかけた。
あれが例の友人なのだろう。
疲れ切っている顔をしている。
瑠璃は楓に気付きこちらに近づく。
「楓!さっき、この人がお祓いしてくれたの…」
「え?じゃあ、もう大丈夫ってこと?」
「うん、もう声も音もしないだろうって」
二人の会話は続いている。
柘榴は釈然としない顔だ。
「不満か?」
私は声をかけた。
「いや、別に」
柘榴にしてみると何か引っかかっているような言い方だ。
そうこうしていると男がこちらに向かってくる。
そして、柘榴に話しかける。
「君からは…外道の匂いがするね」
不躾に言い放つ。
「そして君の隣にいるのは…怨霊と言われるものかな?」
爽やかで清涼感があるという印象は取り消そう。
初対面の相手になんと無礼な…
「そうかい?俺はあんたのすかした顔が鼻につくがな」
いいぞ、柘榴。
いい相棒を持った。
「ふむ、外道は外道か」
男は尚も柘榴を煽る。
「で、あんたは何したんだ?」
相手にせず男に尋ねる。
「祓っただけさ。僕の家系がそういうものなのでね」
家系?しかも祓ったということは…
「僕は安倍晴敬。聞いたことぐらいあるかな?君は?」
やはりか。
「柘榴、蛭間柘榴だ」
「蛭間?そうか、君は蘆屋道満の血筋か。なるほど、さすが外道の子孫。匂いが消えないわけだ」
冷笑と共にその視線は明らかに柘榴への嫌悪感、そして敵意だ。




