表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
値札なき商会  作者: 熾火
不死鳥の産声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/20

第2話:錆びた秤と、不器用な職人

「……その箱、俺なら10金ソルドの価値をつけるがな」


埃っぽい店内の空気を、冷たく透き通るような声が切り裂いた。

 カウンターの奥で、せせら笑っていた小太りの店主が喉を鳴らして動きを止める。


「……ハッ! どこの馬の骨かと思えば、ただのガキじゃねえか。それも今にも野垂れ死にそうなドブネズミが。10金だと? 貴族の年収でも言ってるつもりか」


店主は鼻で笑うが、その目は泳いでいる。

 俺は一歩、また一歩とカウンターへ近づく。震える足の筋肉を、前世で培った「不敵な笑み」の仮面で隠しながら。


「あんた、商売を語る割には『目の前の小銭』しか見えていないようだな。この爺さんの持ってきた箱。装飾がないから価値がないと言ったな? それは単なる情報の履き違いだ」


俺は店主の反応を無視し、爺さんが持ってきた黒い箱を指差した。


「例えば、帝都の西にある高級住宅街。あそこに住む老貴族たちは、毎年冬になると重い喘息に悩まされている。……だが、この箱は違う。煤一つ出さず、完璧な熱だけを届ける。これを喘息に怯える老貴族に、こう言って売るんだ。『これさえあれば、春まで一度も咳き込むことなく眠ることができます』と。……さて、命惜しさの貴族が、その安眠に10金ソルドを惜しむと思うか?」


店主の喉が、ゴクリと鳴った。

 彼の脳内で、俺が打ち込んだ数字が「現実的な利益」として回り始める。アンカリング――最初に提示した数字が、相手の判断基準を支配する心理テクニックだ。


「……そ、そうだとしても、それを売るためのツテがなきゃ鉄屑だ」

「だからこそ、あんたのような強欲な商人が、数銀で爺さんから買い取り、10金で貴族に売りつけるんじゃないのか? それを追い返すのは、自ら莫大な利益をドブに捨てる『無能』がすることだ」


「な……っ!」


店主は顔を真っ赤にして絶句した。

 俺の言葉は、店主のプライドを完璧にへし折り、同時に彼の強欲を最大限に煽り立てた。


「……チッ、減らず口を叩きやがって」


店主は忌々しそうに吐き捨てると、カウンターの下から重々しい革袋を取り出した。そこから、鈍い光を放つ銀貨を五枚、カウンターに叩きつける。


「5銀ソルドだ! 爺さん、これで手を打て。これ以上は1鉄も出さねえ!」


5銀ソルド。日本円にして約5,000円。

 スラムの住人にとっては大金だが、俺が提示した価値の「200分の1」に過ぎない。


「断る」


俺はヴァーン爺さんの横から、その銀貨を無造作に払いのけた。


「何しやがる!」

「爺さん、この箱を持って行こう。あんたの技術を理解できない『秤の番人』に、この作品を預ける必要はない」


唖然とする店主を背後に残し、俺は爺さんの背中を押して店を出た。

 外は相変わらずの土砂降りだが、俺の胸の内には、不思議と冷たさはなかった。


店を出て数歩。俺は爺さんに向き直った。


「……さて。爺さん、悪いが今夜のメシは後回しだ。まずは、この最高の商品を、最高の値段で買ってくれる客を探しに行こう」

本作の貨幣価値について

本作では、マーケターである主人公の視点を通じて経済が語られるため、直感的に計算しやすい「100進法」の通貨システムを採用しています。


単位は共通して「ソルド(Soldo)」と呼び、硬貨の素材によって価値が変わります。


【貨幣価値の目安】


きんソルド:10,000ソルド(約100,000円)


ぎんソルド:100ソルド(約1,000円)


どうソルド:1ソルド(約10円)


てつソルド:0.1ソルド(約1円)


【換算ルール】


100 鉄 = 1 銅


100 銅 = 1 銀


100 銀 = 1 金


【読み方のコツ】

「1銀=千円」「1金=10万円」と脳内で変換していただくと、作中の金銭感覚がスムーズに伝わるかと思います。

また、作中では「5ごぎん」「10じっきん」といった略称で呼ばれることが多いです。


泥水の路地裏から始まった物語ですが、この単位が万単位の「金ソルド」へと膨れ上がっていくカタルシスを、今後もお楽しみいただければ幸いです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ