第19話:光の純度、あるいは「眼」の調律
皇宮での「宣戦布告」から数日。帝都の街並みは、表面的には何も変わっていないように見えた。だが、商売の血流を知る者なら気づいていただろう。北地区の骨董店や魔導具屋から、これ見よがしに装飾された旧式のヒーターが、次々と二足三文で売りに出されていることに。
スラムの「秘密基地」。
ヴァーンは、山積みになった「三型」のコアパーツを前に、これまでにないほど集中した面持ちでピンセットを動かしていた。
「……レン、見てくれ。このコアだ。帝国軍に卸されている純正品だが、こいつも『鳴き』がひどい。だが、この共鳴石の角度を0.1ミリだけずらせば、魔力の循環が完全に噛み合う。……音が、消えるんだ」
「いい腕だ、爺さん。……だが、今日からは少し比重を変えるぞ」
俺は、作業台の上に一枚の図面を置いた。
それはヒーターではない。円筒形の本体の上に、極めて透明度の高い魔結晶が据えられた、小さな「卓上灯」の設計図だった。
「ヒーターの次は、ライトか? ……おいおい、灯りなんてのは魔石を光らせるだけだろ。三型のヒーターを直すよりずっと簡単じゃねえか」
「逆だよ、爺さん。光こそが、最も『嘘』がつけない」
俺は、現在帝都で使われている一般的な魔導ランプを点火した。
それは激しくまたたき、魔力の不純物によって、特有の「キーン」という不快な高周波を放っている。そして何より、その光は白すぎて、人間の神経を逆撫でするような落ち着かなさがあった。
「帝都の賢者や学者は、この『落ち着かない光』の下で一生を過ごしている。……俺たちが提供するのは、夕暮れ時の太陽のように優しく、そして一切の『震え』がない究極の光だ。……名前は、『不死鳥の眼』」
その時、工房の厚い木扉が、これまでにない乱暴な音で叩かれた。
現れたのは、マルクスではない。
帝都の魔導具開発を独占する最大派閥『金歯の歯車ギルド』の監査員を名乗る、傲慢な目つきの男だった。
「……『値札なき商会』。許可なく帝国の標準規格である三型を改造し、あまつさえ皇太子殿下をたぶらかして暴利を貪っているのは貴様らだな」
男は、後ろに従えた護衛の兵士たちに、工房内を検分させるように顎で指示を出した。ヴァーンが「ひっ」と短い悲鳴を上げて後退する。
「改造? いいえ。我々は、三型が本来持っていた『ポテンシャル』を解放しているだけです。……貴方がたが放置していた『欠陥』を、我々が埋めているに過ぎない」
「黙れ、スラムの小僧が! ギルドは貴様らを告発する。特許侵害、安全基準違反……。今日から貴様らは、一本のネジすら買うことはできん。……ああ、それから。貴様らが作った『静寂の炉』の模倣品は、すでに我がギルドの工房で量産体制に入っている。来週には、1銀ソルドで市場を塗り潰してやる」
男は勝ち誇ったように笑い、工房に唾を吐き捨てて去っていった。
「……終わった。レン、全部おしまいだ! ギルドを本気で怒らせちまった。材料は止められ、偽物が安売りされる……。俺たちは明日から、一本のネジすら手に入らずに野垂れ死ぬんだぞ!」
ヴァーンは震える手で作業台を叩き、膝から崩れ落ちた。だが、俺は窓から見える夕陽に目を細め、静かに呟いた。
「いいや、爺さん。これで完璧だ。これ以上ないほど、舞台は整った」
「……あ、頭がイカれたか、レン!」
ヴァーンが、裏返った声で吠えた。
「完璧だと? 帝国最大のギルドを敵に回して、明日から命の保証もねえんだぞ! それに、1銀ソルドだぞ? 俺たちが血反吐を吐いて組み上げた『静寂』を、あいつらはゴミみたいな値段で叩き売りやがるんだ。俺たちの努力も、誇りも、全部その安売りの泥水に沈むんだよ!」
絶望に顔を歪ませるヴァーン。その瞳には、かつて何度も見てきた「強者に踏みにじられる弱者の恐怖」が宿っていた。だが、俺はあえて冷徹に、彼の言葉を遮った。
「沈まないさ、爺さん。……むしろ、その泥水が深ければ深いほど、俺たちが立つ『高台』はより鮮明に、より神聖に見えるようになる」
「……何だと?」
「ビジネスの基本だよ。『ブランドは、模倣品が現れた瞬間に完成する』。……彼らが1銀ソルドで偽物を売れば売るほど、俺たちの20金ソルドの『本物』は、その希少性と絶対的な価値を証明し続けることになるんだ。客はバカじゃない。『安い理由』と『高い理由』、その落差にこそ物語を感じるのさ」
俺は、設計図の中の「光」のパーツを指差した。
「彼らが安売りの泥沼で足を引っ張り合っている間に、俺たちは次の次元へ行く。……光を売るんじゃない。『真実を見るための時間』を売るんだ。……爺さん、材料はマルクスに闇で流させる。あいつはもう、俺たちの『沈黙』に依存して、引き返せない場所にいるからな」




