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値札なき商会  作者: 熾火
不死鳥の産声

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21/33

第20話:毒を喰らわば、その「差」を売れ

帝都の表通りでは、一種の狂乱が起きていた。

 『金歯の歯車』ギルドが放った、三型ヒーターの廉価版。その名も『黄金のぬくもり』。1銀ソルドという破壊的な価格設定は、瞬く間に中産階級から下層市民までの財布をこじ開けた。


スラムの工房。窓の外から聞こえてくる「安売り」の喧騒を、ヴァーンは絶望的な表情で睨みつけていた。


「……見ろよ、レン。あっちの通りでも、こっちの通りでも、あのギルドの『偽物』が飛ぶように売れてやがる。俺たちが20金もふっかけてる間に、あいつらは世界を塗りつぶしちまった。もう、誰も俺たちの高い『炉』なんて見向きもしねえ……」


「いいや、爺さん。人々は今、『失望』の種をせっせと買っているだけだ」


俺は、マルクスが闇ルートで運び込んできた『黄金のぬくもり』を一台、解体していた。

 中身は酷いものだ。コストを削るために魔力の制御が甘く、既存の三型よりもさらに不快な高周波を立てている。ただ、金メッキの装飾だけが、これ見よがしに輝いている。


「彼らは1銀ソルドで、俺たちの『静寂の炉』と同じ価値が手に入ると錯覚している。……だが、今夜、それを自分の部屋で動かした瞬間、彼らは気づくはずだ。そこにあるのは静寂ではなく、金メッキの施された『騒音』だということに」


俺は、バラバラになった偽物のパーツをゴミ箱へ放り捨てた。


「マーケティングには、『アンカー』という概念がある。……『値札なき商会』の20金という価格が、市場における『最高峰』の錨になった。偽物が安く、そして粗悪であればあるほど、客の心には『本物なら、どれほど素晴らしい静寂が手に入っただろうか』という、消えない渇望が刻まれる」


毒を喰らわせる。その不快感こそが、俺たちの次の商品を輝かせるための「背景」になる。


「さあ、爺さん。嘆いている暇はない。……その『偽物の光』に耐えられなくなった連中に突きつける、究極の眼を完成させるぞ」


三日後。北地区の『値札なき商会』のサロン。

 そこには、街に溢れる「安っぽい喧騒」に辟易としていた、帝都大学の老教授や、厳格な法官たちが集まっていた。


「……主様。街はあのギルドの騒々しい宣伝で満ちております。……ここだけは、まだ『静寂』が保たれているようで安心しましたが」


訪れた老教授が、疲れ切った目で言った。


「教授。……耳が静かになれば、次は『眼』が疲れることに気づかれませんか?」


俺は、サロンの中央に設置された、新たなプロダクトの覆いを外した。

 それは、古の『行灯』が持つ象徴的な秩序を再解釈し、黄金比に基づく幾何学的な様式美で構築された、漆黒の卓上灯。

 無垢の木材を極限まで薄く削り出し、継ぎ目一つない職人技で組まれたその姿は、光を灯さずとも一つの彫刻のような完成度を誇っている。

 名前は、『不死鳥の眼(フェネクス・アイ)』。


俺がスイッチに触れる。

 

 ――瞬間。

 部屋が、光に「満たされた」。

 

 それは、これまでの魔導ランプのような「照らしている」という不自然な主張ではない。まるで、そこだけが昼下がりの静かな書斎になったかのような、淀みのない、純粋な光の塊。

 一切のまばたきもなく、高周波のノイズも皆無。


「……なんだ、これは。……文字が、浮き上がって見える」


老教授が、手元の古文書に目を落とし、震える声を出した。


「光の粒子を、爺さんの整流技術で完璧に整えました。……これは、ただの灯りではありません。貴方の思索の『邪魔』を取り除き、真実だけを映し出すための装置です」


俺は教授の目を見据えて、価格を告げた。


「15金ソルドです。……安い偽物の光で眼を潰すか、この光で一生の知恵を得るか。……選ぶのは貴方です」


教授は、1銀ソルドのヒーターには一瞥もくれなかった男だ。

 だが彼は、この15金の卓上灯を前に、震える手でサインをした。


「……安いものだ。私の残りの人生で、これほど『澄んだ時間』を売ってくれる者は、他にいないのだから」


三流はモノを売り、二流は機能を売る。

 そして一流は、「失われていた純度」を売る。


『金歯の歯車』ギルドが安売りで市場を汚せば汚すほど、人々の『値札なき商会』への渇望は高まっていく。

 不死鳥の眼は、偽りの光に溢れた帝都の中で、最も鋭く、そして神聖な光を放ち始めていた。

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