私が持ってきた台車ですか?
仕事というものは不思議だ。
何か問題が起きると、原因を調べる前に、まず誰かを生贄にして責任を押しつける文化がある。
今回、私は自社イベントのステージ進行担当だった。
タイムテーブルを作成し、照明や音響業者と打ち合わせを行い、出演者が予定どおり動けるよう全体を管理する仕事である。
相手あっての仕事なので、前日は待ち時間も少しある。
そこで私は、ブース設営を担当していた上司の元へ向かった。
「何かお手伝いする事ありますか?」
自分の仕事ではない。それでも、少しでも現場が回ればと思った。
すると返ってきたのは、ひと言。
「荷物運ぶから、台車を持ってきて」
私は備品置き場へ行き、台車を持ってきた。
「ここに置いておきますね」
そう伝えると、
「もう行っていいわよ」
その一言で任務終了。
私は自分の担当業務へ戻り、翌日の本番では朝からステージに張りついた。
イベント中、ブース側で何が起きていたのかは知らない。
知る術もない。
何しろ、私はステージを止めない事が仕事なのだから。
そしてイベント終了後。
上司は私を見るなり言った。
「イベントが終わってから確認したんだけど、ブースの裏手から台車が一台見つかった。それで、イベント中に台車が足りなかったんだけど」
「え、私が持ってきた台車ですか?」
「備品はきちんと戻しておいて」
一瞬、意味が分からなかった。
台車を持ってくるよう指示したのは上司である。
私は指示どおり台車を運び、「ここへ置きます」と声も掛けた。
「もう行っていい」と言われ、その場を離れた。
つまり、台車は上司の管理下に置かれたはずだ。
そこから先の運用も、返却も、当然その担当現場の話である。
私はイベント当日、一日中ステージ進行だ。
「台車が足りない」「どこかに起きっぱなしになっていない?」「誰か知らない?」という情報すら入ってこない。
それでも、終わってみれば私の責任らしい。
便利な仕組みだ。
誰かが雑に仕事をしても、責任だけは最後に一番抵抗しなさそうな人間へさらっと押しつけられる。
責任とは、実際に管理した人間のものではなく、都合よく巻き込める人間にだけ発生するらしい。
ずいぶん洗練された無責任運用である。
もしこの理屈が通るなら、私は今後、コピー機の横を通っただけで紙詰まりの責任を負い、会議室の前を歩いただけで、会議資料の不備まで説明しなければならないのだろう。まあ実際、横を通ったタイミングで紙詰まりを起こしたコピー機をうまく作動させられないと、直すのを押しつけられた事は何度かある。
仕事には「報・連・相」が大事だと言われる。
その通りだと思う。
ただ、その前に必要なのは、「昨日、自分が誰に何を指示したのか」を思い出す能力ではないだろうか。
それさえあれば、少なくとも台車は、私のせいにはならなかったはずであるし、イベント終了後に台車がブース裏手から見つかるなんて事もなかったはずだ。
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