考えすぎらしい~貴方なら食べますか?
お中元の季節である。
日本の美しい贈答文化・・・等と言えば聞こえはいいが、弊社では少し違う。
支店長がお中元を配る。そして後日、お返しという名目で、支店長をはじめとした上役へ贈るお中元代を、社員は強制的に集金される。つまり、もらった側がお金を出して贈り返す仕組みである。
昭和はもうとっくに終わったはずだが、どうやら一部では元号が更新されていないらしい。平社員としては、ありがたいような、ありがたくないような、なんとも反応に困る恒例行事である。
今年のお中元は某有名老舗店のお饅頭だった。
派遣社員の方にも配るため、まず派遣さんの分だけが届き、社員の分は後日という段取りだった。
ところが、配る日に2人ほど休みだった。支店長は事前に勤務日を上司に確認済みだったはずだ。私の目の前で確認していたので、間違いない。
上司曰く、
「明日来るから、そのまま置いておけばいい」
私は一応口を挟んだ。
「念のため、冷蔵庫に入れておいた方が・・・」
返ってきた言葉は実にシンプルだった。
「考えすぎ」
そうか。考えすぎか。
お饅頭は名前を書いた付箋だけ貼られ、お茶コーナーの片隅へ置かれた。勿論、お茶コーナーに空調などない。六月末とは思えない暑さが続き、ニュースでは連日の猛暑を伝えていたと思っていたのは、私だけだったろうか。
そして7月1日。その派遣さんは、出勤しない日だった。
お饅頭は、さらに一日。
常温という名の、真夏日の気温で。
夕方まで見守られる事になる。
そして業務終了間際、上司はごく自然な口調で言った。
「(私)さん、持って帰って」
続けてこうである。
「社員の分が届いた時に、その派遣さんへ渡すから。」
・・・え?
持って帰るの、私なんですか?? 貴方が持って帰れば五秒で終わる話では?
喉まで出かかったその一言を、社会人として飲み込む。飲み込めるものは飲み込む。
一平社員がそうそう文句ばかり言えない。飲み込めないものだけが、こうして文章になる。
結局、その派遣さん2人に渡される予定だった2人分のお饅頭は、私とアルバイトの子へ渡された。
食品ロス対策と言えば聞こえはいい。だが、その役目を担う人間を、なぜ毎回こちら側から選ぶのかは永遠の謎である。
そもそも今回の原因は、派遣さんの出勤日を取り違えた事だ。
もし本当に渡したいのであれば、「こちらの確認ミスでした」と一言伝え、改めて用意すれば済む話ではないだろうか。
それなのに、いつの間にか「余ったから食べて」「次はその時に渡せばいい」という話へすり替わっていく。こうして、本来なら誰かが負うはずだった手間も責任も、気づけば一番断りにくい立場の人間へ流れ着く。
弊社では、それを「自然な流れ」と呼ぶらしい。
今、その某有名老舗店のお饅頭は私のパソコンの横に置かれている。
高級品なのは分かる。
きっと美味しいのだろう。
だが、二日間、真夏日を記録したお茶コーナーで人生を過ごしたお饅頭を前にすると、人間の想像力は妙に豊かになる。
食べるべきか。
食べざるべきか。
もし明日、「腹痛で休みます」と会社へ連絡したら、原因は誰にも証明できない。勿論、お饅頭が原因だとは言わない。
ただ、二日間常温で放置された食品を、「持って帰って」の一言だけで他人に渡せる職場である。
その自信がどこから来るのかは、一度研究してみたい。
結局、このお饅頭は福利厚生なのか。それとも、耐久試験なのか。
もし私が食べて何事もなければ、「ほら、大丈夫だったでしょう」と言われるだろう。
もし腹を壊したら、「たまたま体調が悪かったんじゃない?」で終わるだろう。
責任というものは、不思議なくらい都合のいい方向へ流れていく。
だから私は、今もお饅頭を眺めている。
食べる勇気もない。
捨てる勇気もない。
そして、心のどこかで思っている。
これ、お返し代まで払って手に入れた試練なんだよな。
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