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6/15

ありがとうございました ~出張

 ドラマや小説の中に出てくる出張は妙に楽しく思える。

 少なくとも田舎育ちの私にはそう見える。


 新幹線に乗って、駅弁を食べて、駅前のビジネスホテルに泊まる。仕事が終われば、知らない街の夜を少しだけ歩き、地元の居酒屋で名物を食べる。

 勿論業務なのだろうが、こちらから見れば半分くらいは旅行である。だから出張と聞くと、私はついそんな都会的な映像を思い浮かべる。



 だが、地方勤務の出張というものは、概ねそういうものではない。


 まず、隣県へ行くにも交通の便が悪い。

 仮に電車で辿り着けたとしても、そこから更にバスへ乗り換える。

 そして、そのバス停から徒歩三十分。あるいは駅からタクシーで一時間・・・そんな話は別に珍しくもない。

 時間はかかる。


 そもそも電車もバスも本数が少ない。一本逃せば次は、しばらく後、である。


 結果として何が起きるか。

 当然のように、自家用車が召喚される。


 本社には社用車があるのかもしれない。

 だが、地方支社にそんな文明の利器はない。

 こちらは己の車で戦場へ向かう。


 勿論、「レンタカー代を出しますね」などという優雅な提案を受けた事はない。あまりに自然に自家用車が前提となっているため、もはや会社側も『個人の所有物を業務利用している』という認識自体が薄いのだと思う。


 もっとも、一人で行く分にはまだ良い。

 好きな音楽を大音量で流し、信号待ちでは適当に鼻歌など歌う。

 食事時間には、少し早かろうが遅かろうが、その時の気分でサービスエリアに寄れる。


「このサービスエリア、前にテレビで見た気がする」

「名物が有名だったような・・・まあ、せっかくだし食べてみるか」


 誰に気を遣うでもなく、そんなひとり言を言いながら車を降りる。一人の出張には、一人なりの気楽さがある。

 そういう小さな楽しみくらいはある。



 問題は、誰かと一緒に行く場合である。


 車内には常に職場が乗っている。

 鼻歌は消える。

 音楽の選曲にも妙な配慮が発生する。

 昼休憩も、だいたいこのくらいの時間で、と空気を読む必要がある。


「まだお昼には少し早いですね」

「でも、この先あまり店がないみたいですよ」

「じゃあ、ここで済ませましょうか」


 自由は、高速道路の料金所あたりで降ろしてきた。



 そして、更に厄介なのが金の話である。


 出張旅費というものは、一般的には交通費や宿泊費、そして出張手当などを含めた『業務に必要な実費と負担』に対して支払われるものだと私は認識している。

 だが、地方の車出張においては、その理屈が時々驚くほど雑になる。


 こちらは自家用車を出し、ガソリンを減らし、走行距離を増やし、高速道路を運転し、事故リスクまで背負っている。当然、タイヤも減る。オイルも劣化する。車の価値も静かに減っていく。

 一方で、助手席に座っていただけの人間も、到着後に同じ顔をして出張旅費を受け取る。


 しかも、帰りが遅くなった場合は更に面倒である。

 こちらが気を遣って、同乗者の家の近くまで送る事さえある。例えそれが、自分の帰路とは全く逆方向だったとしてもだ。


 まだ最終バスに十分間に合う時間であっても、暗いですし、大変でしょうし、という断りづらい種類の空気が自然発生する。


 勿論、誰かに強制された訳ではない。

 ただ地方には、送らないと薄情、送れば気が利く、という実に曖昧で便利な善意の文化が根強く存在しているのである。


 結果として、こちらだけが静かに時間とガソリンを減らしていく。

 一回ごとの遠回りは大した距離ではない。だが、そういう少しだけが積み重なる頃には、善意だけでは回収できない程度の負担になっている。


 ちりも積もれば山となるとは、よく言ったものだと思う。

 地方の職場では、そのちりだけが、なぜか毎回同じ人間の車に積もっていくのである。



 そして車を降りる時だけ、やたらと礼儀正しい。


「ありがとうございました」

「助かりました」

「運転お疲れ様です」

 実に美しい日本語である。

 感謝の言葉としては満点である。


 ただ、その「ありがとうございました」では、ガソリンタンクを満たしてくれない。「助かりました」でタイヤ交換はできないし。「お疲れ様です」でオイル交換代も払えない。


 不思議な話だと思う。


 何故か運転している側だけが、自家用車という私物を業務に提供しながら、善意と協力の名の元に処理されていくのである。会社側も慣れ切っているのだろう。誰も疑問に思わない。


 しかも、宿泊など滅多にない。

 つまり、こちらの出張旅費の大半は実質的に交通費だ。


 にも関わらず、車を出した人間も、助手席でスマホを眺め、時々うとうとしていた人間も、最終的には同じ金額になる。


 どうやらこの会社では、数時間アクセルを踏み続ける労力と、助手席で「眠くなりますねえ」と言う労力は等価らしい。

 現代社会は、随分と平等にできている。


 そのうち、運転してもらった側、乗っていた側の、素人の運転による精神的負担に対する手当まで支給されるかもしれないなと思う。



読んでくださってありがとうございます(*_ _)

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― 新着の感想 ―
 時司 龍さん、こんにちは。 「時司の愚痴日誌 ありがとうございました ~出張」拝読致しました。  地方へ出張。テレビドラマや小説では、なんか楽しそう。  しかし、実態は?  交通の便、問題。…
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