経費使い過ぎ ~コーヒー
私が現在勤めている会社には、お客様用と兼用のセルフコーヒー&お茶コーナーがある。
社員も自由に飲んでよい、という、ささやかな福利厚生。
少し前、若手社員から静かに声をかけられました。
「最近、コーヒーやお茶を買って来られていないのですか?」
「以前は私が買っていましたが、経費の使い過ぎとの事で。現在はBさんが担当のはずですよ」
「・・・そうですか」
彼女は何か言いたげに、しかしそれ以上は言わずに離れていきました。
この会社に対して思う事は、正直なところ一つや二つでは足りません。
けれど、その入口になったのは、実に些細で、しかし忘れがたい「コーヒー」の記憶です。
入社して間もない頃、「社員も自由に飲んでいいですよ」と言われ、私は素直に心を躍らせました。お客様と同じものを飲んでもいい。しかも無料で自由に飲んでいい。本当に嬉しかったです。
意気揚々とコーナーに向かい、瓶入りのインスタントコーヒーの蓋を開け、スプーンを差し入れた瞬間。
・・・カチッ。
見事なまでに、固まっていました。瓶の半分ほどが、ひと塊に。
あの衝撃は、今でも忘れられません。正直、ああいう状態のコーヒーを人生で初めて見ました。
そして同時に浮かんだのは、あまり考えたくない想像でした。
「まさか、これを削ってお客様に・・・?」
お茶も似たようなものでした。
立派な缶に入ってはいますが、いつ開封されたのか、もはや誰にもわからない。時間の概念から解き放たれているご様子。
私は即座に処分しました。衛生観念と良心が、相談するまでもなく一致した結果でございます。相談というより、ほぼ事後報告で当時の上司に言いました。
個包装の導入の提案・・・という名の、半ば脅し、くらいの勢いだったかと思います。
「私が買ってきてもよろしいでしょうか。個包装の方が衛生的だと思います」
面倒になったのでしょう、上司はあっさりと許可しました。
その日の帰り道、私は実に上機嫌で買い出しをしました。
残業代が出ない事など、この際どうでもよく。
無糖コーヒーにカフェオレ。モカブレンド。紅茶オレ
緑茶、ほうじ茶、玄米茶、カフェインレス。
紅茶はアールグレイにフレーバーティ。
更にココアに、レモネードに、こぶ茶、葛湯まで。
翌日、それらをカウンターに並べたときの高揚感といったら。
いつもと違う香りに誘われて、普段は飲まない人達も「せっかくだから」と一杯手に取る。
選べるというだけで、人はこうも嬉しそうになるものかと、少しだけ感動すら覚えました。
ある日、お客様にお茶をお出ししようとした際、コーヒーもお茶も見事に空になっていた事があります。
通常であれば、そこで困る場面だけれど、私は何故か乗り切れる気でいました。
「本日の、私のおすすめはダージリンでございます。N社とL社の二種類をご用意しておりますが、いかがなさいますか? よろしければ、飲み比べなども・・・」
半分くらいは勢いで言いました。やや芝居がかった調子もよかったのでしょう。お客様は笑ってくれました。紅茶を同時に二杯お出ししましたよ。
後日、同じ口調を真似る後輩社員の姿を見た際には、さすがに腹筋が危険状態になりましたが。
・・・そんな日々も、長くは続きませんでした。
上司が交代し、新たな一言が下されます。
「経費、使い過ぎ」
正しい。多分、数字としては完全に正しい。
個包装の少量ずつは割高だし、削減対象としてはわかりやすい。合理的な判断である事は重々わかります。
では現在、どうなっているか。
確かに、コーヒーもお茶も紅茶もある。
しかも全て、きちんと個包装。そこは改善された。
ただし種類は一種類ずつ、大容量。
選択肢は減った。
お客様用としては何の問題もない。むしろ無難で管理しやすい。
けれど社員は飲まなくなった。あからさまに減った。
飲めるかどうかじゃない。飲みたいかどうかは、別問題。
経費削減としては大成功である。
だが、経費削減とは、単に数字を減らす事ではなく、何を残し、何を削るのかという事を決める事ではなかったのか。そして大体の場合、真っ先に削られるのは、こういうあってもなくても困らないが、あると少し楽しいものだ。楽しさは優先順位としては低いのだ。
せめて、と思う。大容量でもいいから、幾つか種類が混じったものを買えないものかと。
・・・とはいえ、その「せめて」が通るのであれば、
そもそもコーヒーが化石化することもなかったのでしょうけれど。
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