普通わかるでしょ、そのくらい ~半期に一度の書類
半期に一度、必ず回ってくる書類仕事がある。頻度だけ聞けば規則正しいはずなのに、その実態はどうにも曖昧だ。仮にA・B・C・Dとするが、その構成は一定ではない。前期はAにCが付随していたものが、今期はBにCが吸着していたりする。さらに遡れば、ABCDがそれぞれ独立した存在として提出を求められていた時期もある。
規則的に訪れるはずの業務が、ここまで不定形である理由はよくわからない。おそらく、この違和感は実際に作成を担当する者にしか共有されていないのだろう。上司達に本社へ書類の改善を要望してほしいと幾度か伝えてきたが、これについても上げられた気配は一向にない。周期の長さというのは、こういう齟齬を見事に覆い隠す。
そして今回も、その順番が回ってきた。
「どの範囲を作成すればいいのでしょうか」
念のため上司に確認する。確認しなければならない程度には、この書類は毎回姿を変える。
すると上司は、僅かに眉を寄せて言った。
「前も頼んだでしょ」
確かに、その通りである。前期も、その前も、その更に前も、私はこの書類を作成している。ただし、その中身については一度として同じだった記憶がないし、作成範囲もAとBのみの時もあれば、ABCD全て作成した時もある。
「作りました。ただ前期と同一の範囲でよろしいのでしょうか。念のため確認させてください」
「はいはい、前と同じでいいから。わざわざ聞かなくてもわかるでしょ」
軽い。驚くほど軽い返答だった。その軽さは、相手を軽く扱っている時のそれに近い。
確認という行為そのものが、上司の中で無駄な手順として処理されているようだった。
「了解しました。では前期と同一範囲で進めますね」
「はいはい、それで」
会話はそこで終わった。あまりに簡潔で、むしろこちらが何か余計な事をしているような錯覚すら覚える。
・・・そして、提出期限を過ぎた後。
「出来てないじゃない!」
上司の声だけは、随分と明瞭だった。
「前期と同じ範囲で作成しておりますが」
「いや、今回はそこじゃないでしょ。なんで全部やってないの?」
「『前期と同じで』との指示でしたので、その範囲で作成しました」
「普通わかるでしょ、そのくらい。流れで」
「流れ・・・」
思わず復唱してしまう。
流れ。
書類における流れとは、いったいどこに明文化されているのだろうか。空気を読め、という事か。書類仕事に読むべき空気が存在するなんて思えませんが?
「状況見ればわかるじゃない。いちいち言わなくても」
上司が誰に何の仕事を割り振っているかなんて、私には当然わかりません。
「申し訳ありません。現時点では、指示として受け取れる情報が『前期と同じ』のみでしたので」
「だからさ、そういうのを汲んで動くのも仕事でしょ。融通きかないわねっ」
なるほど、と内心でだけ頷く。
指示を出す側の曖昧さは柔軟さと呼ばれ、受け取る側の慎重さは融通が利かないと呼ばれるらしい。ここでもし、私の判断で作業範囲を広げていれば、今度は「余計な事をするな」「そんな指示出してない」と言われただろう。結局のところ、正解は常に事後的に定義される。
「承知いたしました。次回以降は流れも加味して判断します」
「そうして。毎回同じ事言わせないで」
毎回同じではないのだが、という言葉は飲み込む。ここで事実を述べた所で、役に立つとは思えない。せいぜい指摘が一つ増えるだけだ。
指示を出すのは上司であり、業務範囲を定める権限もまた上司にある。少なくとも建前上は。
しかし実際には、その輪郭はいつもどこか曖昧で、最終的な責任だけが、はっきりとこちらに押しつけられる。
半期に一度。忘れた頃にやってくるこの書類は、どうやら業務そのものというよりも、記憶と解釈のすり合わせによって成立しているらしい。
そして今日もまた、その見えない仕様書を前提に、私は作業をしている。
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