で、結局どうすればいいの? ~それ、私に聞くんだ
定期的に回ってくる仕事というものは、大抵誰のものでもない顔をして現れる。
今回もそうだった。
特別な準備がいるわけでもない。日数がかかるわけでもない。
だからこそ、誰の手にも取られず、机の端で静かに埃をかぶる。
誰も困っていないふりをしながら、全員で見て見ぬフリをする。
そういう種類の合意は、この職場では驚くほど成立しやすい。
そして、締切が見えてきた頃。
ようやくその仕事は、名前を与えられる。
「今回の担当だけど、(上司)と(私)さんと、Aさんでします」
上司は軽やかにそう言った。
あまりにも軽やかで、まるで今この瞬間に決まったかのような口ぶりだったが、おそらくそうなのだろう。深く考えるだけ野暮である。
私は特に疑問も持たず、淡々と準備に取りかかった。
こういう仕事は、誰がやるかより、いつ終わるかの方が重要だ。
ところが。
「ねえ、それ誰が担当なの?」
同僚のBさんが、不意に声をかけてきた。
少しだけ眉を寄せて、知らない事を確認するというより、自分は聞いていない側だと示すための顔で。
「私と上司と、Aさんですよ」
「え、それって正式に決まってるの?」
正式という言葉が出た時点で、もう半分は疑っている。
私は事実をそのまま返しただけだ。
だが、Bさんの表情は僅かに曇る。
「さっき上司から聞きましたよ」
「・・・そうなんだ。私、聞いてないな」
でしょうね。言いながら担当決めたって顔してましたもの、と思う。こちらとしては、それ以上説明する事もない。
そして同時に、それをわざわざ私に言う理由も、何となくわかってしまう。
責任というものは、はっきりさせないままの方が扱いやすい。誰かが聞いていないと言い出せば、それは誰も共有していなかった話にすり替わる。誰も知らなかった事にしておけば、誰の落ち度でもなくなるからだ。
けれど、その一瞬で妙な違和感が残る。
・・・あれ。
そういえば、あなた、上司と、よく一緒に昼食を取っていませんでしたか?
ほぼ毎日と言っていい頻度で。楽しげに、親しげに、会話を交わしながら。少なくとも、他人から見れば何でも話せる関係に見える程度には。
ならば、こういう話はそこで済んでいるものではないのだろうか。もし、したい仕事なのであれば先にメンバーに入れてほしいと伝える事も可能だろう。
「ねえ、あの件どうなってます?」
「今回、誰がやるんですか?」
「そういえば例のやつ、進んでます?」
その程度のやり取りなら、箸を止めるほどの事でもないはずだ。
むしろ、そういう場こそ、最も自然に交わされるものではないのか。
けれど現実には、そうはなっていない。
だから、つい考えてしまう。
・・・仕事の話は、しないのだろうか。
あるいは。
・・・仕事の話だけは、しないのだろうか。
更に言えば。
・・・仕事の話をするような信頼関係は、ないのだろうか。
信頼、という言葉は便利だ。
だが、どの領域において有効なのかは、案外曖昧である。雑談が続けば仲がいいと呼ばれ、業務が滞れば忙しかったで済まされる。
雑談には強いが、業務には弱い。
あるいはその逆。
もしくは、どちらにもふれないまま、ただ仲が良い雰囲気だけが維持されている可能性もある。
もしそうだとしたら、それはそれで見事なバランス感覚だ。実務に影響を与えない親しさ。言い換えれば、何の役にも立たない安心感。
「・・・で、結局どうすればいいの?」
Bさんは、少しだけ苛立ったように言う。
「こちらは3人で対応できると思います。もう準備は始めてますし」
「どこまでやってます?」
「ひと通りは。あとは確認くらいですね」
「ああ、そう・・・じゃあ、私は何をすればいいわけ?」
「必要なら声かけますよ。上司が」
会話はそこで終わった。
終わった、というより、これ以上広がらなかった。
その背中を見送りながら、私はふと考える。
何故、私に聞いたのだろう。
何故、直接上司に聞かなかったのだろう。
昼食を共にする距離にいながら、業務の確認はわざわざ遠回りをする。
その理由を、あえて言葉にするならば・・・きっと、それは聞ける関係と、聞いていい関係は、別物だからだ。
あるいは。
きちんと答えてくれる関係と、責任を引き受けてくれる関係もまた、別物なのかもしれない。だから、人は一番都合のいい相手を選ぶ。
答えてくれて、責任を伴わない場所を。
どちらにせよ、担当者は決まっている。
仕事も進んでいる。
問題は何ひとつない。
ただ少しだけ、この職場には責任より先に、空気の読み方が必要とされている。
それだけの事だ。
・・・ええ、本当に。
それだけの話。
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