柔軟にやろうよ、そういうの ~本社からのひな型
年度末から年度始めにかけて、どの会社も何となく忙しくなると思う。理由はそれぞれあるのだろうが、実態としては何となく忙しいで大体説明がつく。
私の勤める会社も例外ではなく、見事にその何となくに飲み込まれている。
毎年、決まって舞い込んでくる仕事がある。前年度の実績と、次年度の計画表の作成。会社の基礎データとなる、大切な資料だ。
3月、本社からエクセルのひな型が送られてくる。
ここまではいい。問題は、そこから先だ。
まず、ほとんど同じ内容の表が、なぜか二つ届く。片方は項目がやや多く、もう片方は少しだけ簡略化されている。
似ているというより、ほぼ同じだが微妙に違うという、最も扱いに困る存在だ。
「これ、一つに纏めたらダメなんですかね」
ぼそっと言うと、隣の同僚が鼻で笑った。
「それができる会社なら、もうやってるよ」
身も蓋もないが、正論である。
更に厄介なのは、その似て非なる構造だ。
一方は、一つの数字に対してセルが一つ。迷いようのない、まっとうな作りだ。
だがもう一方は違う。同じ一つの数字を入れるだけなのに、何故かセルが四つ並んでいる。しかも、その四つは統一されているわけでもない。場所によっては、わざわざ結合されている。
つまり、簡単にコピペできない。この時点で、効率化という言葉は静かに息を引き取る。
「せめて形式くらい揃えてくれればいいのに」
「揃えたら仕事減っちゃうじゃん」
冗談の形をしているが、笑えない。
そして備考欄。
コメントを入力するための枠が、驚くほど小さい。必要な情報を全て入れようとすれば、文字は自然と密集し、印刷すれば判読性は著しく落ちる。
案の定、後から言われる。
「これ、ちょっと見づらいね」
上司の上司は、紙を軽く叩きながら言った。
「もう少しどうにかならない?」
「枠が小さいので、必要な情報を入れると、これ以上は・・・」
「じゃあ広げればいいでしょ」
簡単に言う。
「ひな型は本社指定なので、こちらで変更すると・・・」
「柔軟にやろうよ、そういうの」
柔軟、という言葉が、ここまで無責任に響く場面も珍しい。
ルールを守って怒られ、破っても怒られる。その両方を柔軟で片付けるのは、さすがに雑すぎる。
更に追い打ちをかけるのが、このひな型の気分屋っぷりだ。
入力していると、途中で勝手にフォントが変わる。
明朝体だったはずが、気づけばゴシック体。なぜか一部だけ太字。
統一感? そんなものは最初から存在しない。
意図は不明である。
「ここ、フォントバラバラだよね」
別の日、同じ書類を見た上司が言う。
「統一しといて」
「自動で変わるみたいでして・・・」
「直せばいいじゃない」
「ひな型の設定なので・・・」
「・・・前も同じ事言ってなかった?」
言いましたとも。ええ言いました。
しかも一度や二度ではない。自分でも驚くほど、繰り返し、同じ説明をしている記憶がある。
だが、そのたびに会話は初回のように扱われ、結果だけが何も変わらず積み重なっていく。
本社に上げてほしいと伝えた事もある。だが上がった気配はないし、ひな型が改善されて戻ってきた事もない。
当然、ひな型は変えるなと言われる。
それでいて、整っていないと指摘される。
つまり求められているのは、ルールは守れ、だが結果は完璧にしろという事。要するに、都合よく完璧にしろという事なのだろう。
できるか。
結局、今日も私は、整っていないひな型に、整った体裁を求められながら、数字を手打ちしている。
コピペできない表を前に、効率化だの生産性だのと話だけは一丁前に飛び交うこの職場で。
年度の境目とは、どうやら、こういう誰も責任を取らない非効率が何食わぬ顔で隣に座っている。
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