運航日誌は正確に書きますよ~パイロット設定
今回は仕事内容フェイクのため、「私」は「操縦士」設定です。
世の中には、2人一組で行わなければならない仕事というものが、幾つもある。
最初から法律で2人以上と定められているものもあれば、業界ごとの制度や規程を突き合わせていくと、結果として1人では業務を行えないものもある。
理由はさまざまだ。
安全を確保するため。1人では気づけないミスや抜けを防ぐため。不正を早期に発見するため。そして、特定の1人にしか分からない仕事を作らないため・・・いわゆる、業務の属人化を防ぐためでもある。
つまり、2人でやるというのは、単純に人手を2倍使って楽になるわけではない。
2人一組という仕組みには、それなりの意味がある。・・・少なくとも、私はそう理解していた。
私が勤めている会社にも、そのような仕事がある。
まさか、「副操縦士は別便に乗るから」という、たった一言で、その2人目を簡単に消そうとする人が出てくるとは思わなかった。
今回の「私」は操縦士だ。
どの業界でもそうだが、業界外からは見えないルールは幾つもある。
その一つが、コックピット内の乗務員数だ。基本的に、コックピットには常に2人以上の乗務員がいなければならない。
機長がちょっとトイレに行ってきますと席を立つ場合でさえ、必要に応じて客室乗務員が一時的にコックピットへ入る事さえある。ハイジャックなどのテロ対策や操縦士の体調急変時に対応できるように。それくらい、コックピットを1人きりにしないという事は重要なのだ。ただ、この制度もおかしな写真を撮った人達がいたために、本当に大丈夫かと世間に問われた事もある。
仕事なので、口頭で気をつけましょうね等という、学校の生活指導のような話ではない。
運航日誌もある。
誰が、いつ、どの便に乗ったのか。規定どおりの体制で運航したのか。必要な記録はきちんと残され、行政の定期監査の際にも確認される。
業界関係者なら、知っていて当然の話だ。
つまり、「今日は人手が足りないから、まあ一人でよろしく」で済むような話ではない。正直、ものすごく頑張れば最近の飛行機は1人で操縦できない事もない。
だが、安全に関わる。
記録に残る。
監査で確認される。
そして何より、人の命がかかっている。
・・・ところが。
世の中には、この程度の当然すら、都合が悪くなると簡単に飛び越えてくる人がいる。
その日の運航は、私は羽田から福岡。福岡から羽田へ戻る。
そこから別の機体へ乗り換え、羽田から札幌。そして最後に、札幌から羽田へ戻る。そういう日だった。
福岡往復は同じ副操縦士だった。札幌便にも、当然、そのまま同じ副操縦士が乗る予定になっている。予定どおりなら、何も問題はない。
ところが、最後の札幌―羽田便を前にして、上司がやって来た。
嫌な予感というものは、こういう時だけ的中する。
「ちょっと変更になったから」
「はい?」
「人手が足りないから。最後の札幌から羽田は、副操縦士は乗らない事になった」
・・・。
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
いや、言葉は理解できた。
理解できたからこそ、脳が受け入れる事を拒否した。
「札幌まで一緒だった副操縦士は?」
「別の便に乗る」
「・・・じゃあ、誰が副操縦士として乗るんですか?」
上司は、まるで今日の夕食の話でもするような顔で答えた。
「いや、誰もいない」
誰もいない。
副操縦士が。
いない??
私は上司の顔を見た。
次に、頭を見た。
そして心の中で思った。
・・・頭に藁でも詰まってます?
勿論、言わなかった。
社会人なので、一応。
ただ、どうしても確認しておかなければならない事がある。
「・・・運航日誌は、正確に書きますよ」
上司の表情が止まった。
「え?」
「運航日誌です。副操縦士が乗っていないなら、乗っていないと書きます」
当たり前である。
むしろ、なぜこんな当たり前のことをわざわざ口にしなければならないのか。
・・・人手が足りなかったので、記録だけ合わせておきました、とでも言えばいいのか。
世の中では、それを改竄と言います。
そんな便利な帳尻合わせが許されるなら、監査なんて必要ない。
規程だっていらない。安全管理もいらない。何か問題が起きた時に、その日は人手不足だったので、と言えば全部許される事になる。
だったら最初から、規程など作らなければいい。
「いや・・・まあ・・・」
上司は口ごもった。
その横で、話を聞いていた副操縦士が、なんとも微妙な顔をしている。
困ったような。
気まずそうな。
そして、ほんの少しだけ、また余計な事を言ってくれたな、とでも言いたそうな顔で。
多分、こういうところなのだろう。私が嫌われる理由は。
「決まりだから守りましょう。規定です。法律です」
「記録は正確に残しましょう。あとで監査が入った時、知らなかったは通用しません」
「安全に関わる事なので確認しましょう。多分大丈夫は、一番信用してはいけない言葉です」
そんな、当たり前すぎる事を当たり前に言う。
空気を読まない。融通が利かない。面倒くさい。組織の中では、そういう人間は嫌われる。
何故なら、誰かが適当に済ませようとしているところに、「それ、記録に残りますよ」と水を差すからだ。誰かが、「まあ大丈夫でしょう」と言ったところに、「大丈夫かどうかではなく、規定上どうなっていますか」と返すからだ。
そして何より厄介なのが、「それで本当に大丈夫ですか?」と確認してしまうところだ。
嫌われるに決まっている。
みんな、責任の所在なんて曖昧なままにしておきたいのだから。何もなければ、誰からも何も言われないで済む。
けれど、こちらは、命を預かっている。
多分大丈夫・・・と、飛行機を飛ばすわけにはいかない。誰かが何とかしてくれるでしょう・・・で、済ませるわけにもいかない。
そして、こういう無茶な判断をしたところで、実際にその場にいるのは私達だ。
何か起きれば、現場にいる人間が対応する。
乗客と向き合うのも現場。
説明するのも現場。
混乱の中で判断するのも現場。
場合によっては、命の責任を背負うのも現場だ。
では、その「人手が足りないから」という素晴らしい判断をした上司はどうするのか。
コックピットにいるのか。
操縦桿を握っているのか。
乗客の安全を背負っているのか。
・・・いない。安全な場所から、「人手が足りないから」と言っているだけである。
更に何か事が起きた時、頭を下げる場に出てくる可能性もないだろう。出てくるのはもっと上の上司達だ。
人手不足。この言葉をつければ、無理も無茶も、何故か仕方ない事に見えてしまう。
予算がない。
人がいない。
時間がない。
だから仕方ない。
だから現場で何とかして。
だからルールも、少しくらいなら。
・・・ふざけるな。
人手不足は、法律や規程を無効にする魔法の言葉ではない。
人手不足なのは、仕事に給与が見合ってないからだ。試しに給与を今の1.5倍にしてみろ。何人かは求人に興味を持ってくれるはずだ。
そこまで出せない。予算がない。ごちゃごちゃいうなら、仕事内容を減らしたらいいではないか。今いる人員で出来る範囲で稼働するしかないだろう。
給与も増やさない
仕事も減らさない。
それを無理ゲーと世の中の人達は言うんですよ
そして出発直前。
札幌―羽田間の副操縦士は、当然のように手配されていた。
・・・そりゃ、そうでしょう。
むしろ、最初からそうしろである。
ところが、その事実を見た上司は、なぜか私に嫌そうな顔を向けてきた。
・・・なんで?
副操縦士がいる。
規定どおり。
安全上も問題なし。
それで何が不満なのだろう。
まるで私が、副操縦士を手配してくださいという「無理難題」を押しつけた張本人であるかのような顔である。
違う。
私は何も要求していない。
ただ、乗っていないなら、乗っていないと記録しますと言っただけだ。
それだけである。
むしろ直前にちゃんと手配されたという事は、先の上司の判断が間違っていたと、自分で示しているではないか。
なのに、なぜ私が嫌な顔をされるのか。
もしかすると、私が間違っているのだろうか。
「人手が足りないから、副操縦士なしで飛ばしましょう」と言われたら、「はい、分かりました」と笑顔で答える。
「運航日誌には、まあ適当に書いておいて」と言われたら、「承知しました」と黙って従う。
そういう人間が、「協調性がある」「話が早い」「仕事ができる」と評価される世界なのだろうか。
だとしたら、結構な事である。
私は、そんな優秀な組織人にはなれない。
なりたくもない。
飛行機は、「やっぱり副操縦士、必要でしたね」では済まない。
事故が起きてから、「本当は規定を知っていました」と言っても遅い。「人手が足りなかったんです」と言っても遅い。「上司に言われたんです」と言っても遅い。
もし何かあれば、「仕方なかったですよね」で済ませてくれない。
だから私は、嫌われてもいい。
面倒くさいと思われてもいい。
空気が読めないと言われてもいい。
少なくとも、運航日誌には事実を書く。
人がいなかったなら、いなかった。
乗っていなかったなら、乗っていなかった。
規定から外れていたなら、その事実を残す。
それだけだ。
記録というのは、都合の悪い時だけ有耶無耶に書いていいものではない。安全規程も、「今日は忙しかったので」という理由で書き換えられるものではない。
それを守れないなら、最初から「安全最優先」などというお綺麗な看板を掲げなければいい。
そして、もし、「そんな事をいちいち言うから嫌われるんだよ」と言われるのなら。
はい。
そうでしょうね。
でも私は、嫌われる事より、「何かあった時に、あの時おかしいと思っていたのに黙っていました」と言う方が、何倍も嫌だ。
だから、言う。
記録する。
確認する。
嫌な顔をされても、する。
誰かの機嫌を守るために、安全を犠牲にするつもりはない。
ましてや、「人手不足だから」なんていう、便利な言い訳のために。
・・・安全規程を守る人間が面倒なのではない。
安全規程を、「人手不足だから」の一言で飛び越えようとする人間の方が、よほど面倒だ。
そして最後に。
勿論、これは口には出さない。
出さないけれど。
あえて心の中で、もう一度だけ言わせてもらう。
・・・頭に藁でも詰まってます?
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