入所・入院・そして
如月達が見に行った高齢者介護施設は、見学の時点で入所申込書を記入するスタイルを取っているところだった。
「入所予定という訳ではない」と話したところ、見学の時点で書いてもらい、一旦それを見学者名簿として扱っておいて、実際に入所決定となった際に再記入の手間を減らすための処理だと回答をもらった。
ゆえに、紹介してくれた施設が既に自分達で見学を済ませていたのは、いい意味で強かった。
正直「良い意味」といって良いかどうかはわからないけど、何度も出向いて書類書く手間がないのはありがたかった。
あ、全ての施設がお世話になった施設と同じ方式を取っているかは判らないので「絶対そうなんだ」という考え方はしないでもらえれば、と思う。
低確率大当たりが起きたことで、予約から入所までは本当にスムーズに進み、退院した当月下旬には施設へ入所ができる手筈となった。
入居先には施設専属のケアマネジャーさんがつくことになっていて、テレビや小規模家財であれば持ち込んで良いとのことだったのだが「新しく買ってもらう」と本人が言い出したので、上叔母が数日かけて持ち込み品を全て購入。
兄妹諍いが起きたとは聞いているが、ここに書くことよりも後で出てくる諍いの方が酷いので書かないことにしておく。そもそも、諍いのスイッチは父ではなく、ほとんどが彼女なんだけど。
2週間ほど過ぎて、入居日当日。
上叔母と従弟は家財の運搬役・仕事の休みをとった父は祖父を乗せていく、という手筈で施設に向かうことになったのだが、ここで小さな問題発生。
金銭類の持ち込みは一切禁止となっている施設なのだが、どこに入れてあったのか、持ち込む予定の鞄というカバンの中に紙幣を多々入れていたのだ。
その額、およそ百万円弱。
施設側ケアマネさんの話によると、お金を持ち込もうと入居直前に鞄へ忍ばせる高齢者は珍しくないケースらしく。出発前の最後の確認として、カバンの中身チェックをしているのだそう。
そして祖父は例に漏れることなく隠し持って行こうとしたって話である。一体どこにあったんだか……。
そのお金はもちろん没収、金銭管理担当の上叔母に預けられた訳だけど、その時の祖父はすごい剣幕で「どうせお前らが好きに使うつもりなんだろ!」と口走ったそうだ。
一通りの癇癪が終わったのち施設へ送り届けたらしいが、その時はもう落ち着いていて、預ける際にもおとなしかったんだとか。
「それじゃ、あとはもう施設の方にお任せってことなんだ」
「いや、それがそういう訳でもなくて」
「というと?」
「二月末くらいに一時帰宅があるんだとさ。いっても、半日から長くて2日くらいらしいけど」
一体どういうこと、と口に出さなくとも顔に書いてあったらしく、父が重たそうに口を開く。
人間関係でも職場でも何でもそうだが、《相性》というものがある。
もちろん施設と利用者にもそれは存在するので、本来はショートステイなどを経た上で入居する形が多い。
如月家の場合は直接そのまま入所の流れになったので、近況確認的な意味で一度帰宅がある、ということだった。
「本人が持ち込みたい物を思い出したりして[取りに行きたい]とかもあるらしいから、最初のうちはそういうのもやるんだってよ」
「なるほどねぇ……」
「「面倒くせェなぁ……」」
間の取り方も何もほぼ完璧に被る父娘の言葉であった。
──────────
それから一ヶ月後。
「取り消しになるなんてこともあるのねぇ…」
「つーか、そんなことになってるたぁ思わなかったよな…」
2月下旬土曜日昼下がり。
本来であれば、父は一時帰宅の祖父を迎えに行っている時間のはずだったが、如月達と共に昼食を食べている。
理由は会話の流れでわかるやもしれないが、一時帰宅が取り消しになったからだ。
「認知症の症状が進んでるため、って驚きなんだが」
「介護認定の時にそんな話出ていましたっけ?」
「いーや全然。認知症の検査してないからってのもあっけど、家で受けたヤツじゃ、特にそんなこと言われてもなかったし」
旦那の質問に緩く首を振って返答する父。
この日の少し前、施設側から父に一時帰宅ができなくなった連絡が来たそうなのだが、その理由は【著しい認知症進行傾向が見られたため】ということだった。
施設入居後に認知症進行が加速してしまう事象自体は、珍しい話ではない。
まして祖父の場合、最初から《認知症罹患者である》と申し出ていた訳ではない…というか、後から認知症が判明したため、介護士さん達も通常のケアを行なっていたに過ぎない。
進行を緩やかにすることを目的としている【グループホーム】に入居していてそれが起きたというなら、話は違ってくるだろうが、そうではないし。
これを読んで「いやいやいや、認知症の症状なんてわかるだろ普通?!」と思う方もいらっしゃるかも知れない。
「母方祖母が認知症だ」と途中で書いているから尚更に。
これは当事者だから言えるのだが、ずっと同居していると意外と気付けないのだ。
母方祖母の認知症─《アルツハイマー》だとわかったのは、2桁年数前に出先から「自宅へ帰れなくなった」と祖母から叔母へ連絡が入ったから。
迎えに行ってみたら、そこは本人が行き慣れた場所だったため、後日調べてもらって判明しただけのコト。
つまり、判りやすい行動異常だったから気付けた、という話であるだけ。
比べて祖父の場合、若い時からずっと身勝手に振る舞ってきていて、自分の思う通りにならなければ強く言うのが当たり前。
晩年もあまり変わらない行動だったから、異常かどうかが如月達には解らなかった。
施設側から言われた行動は「ベッドの上で跳ね、何事かを怒鳴る」だったらしい。
彼の自室だった和室にはベッド置いて無かったし、自分が体調悪いときは、聞こえるように怒鳴るのは割と昔から通常運転。
……まぁ飛び跳ねるって行動は、自分達が知る限りでは見ても聞いてもないので、違う環境に入った事で一気に進行したと考えるのが妥当だろう。
(家にいるときから認知症だった、と仮定したら辻褄合うことは幾つかあるなぁ……)
父からざっくりとした説明を聞きながら、おかわりを求めるチビらぎの口に短く切ったうどんを運ぶ。よう食べるなぁ、良いことだ。
「あの時はそうだったんじゃないか」と疑いのある行動は、チビらぎを宿して間もなかった2022年後半から有った。
でもそれは、認知症判明が故のこじ付けではないか、とも思えるので当時は口にしなかったが。
ただ、疑う行動を取っていた時の目は、白みが強くて虚ろだった。
小学生の頃、曾祖父が突然戦時中のような事を言い出した時の目と同じ。
(……でも、らぎさんに手を上げたことは、許さない)
──────────
それからしばらくして。
施設で誤嚥を起こした祖父は、施設契約先病院で入院していたらしいが、その後悪化。
預かり入院をしてくれた病院へ移送されて再入院となった。
施設入居時に《今後は基本的に上叔母の管理》としていたので、洗濯物の引取などもなく。
時々、上叔母からの愚痴兼近況報告が父の電話から聞こえてきてはいたが、それ以外は特に何事もなく日常が過ぎていく。
時は皐月に移り、暑くもまだ爽やかさが残る初夏。
歩くのが楽しくなったチビらぎを連れて沢山出掛けて遊び、仕事に忙殺されたりしながら時間は過ぎる。
─ 5月23日
部屋の蒸し暑さに目が覚めて、ガーゼケットを蹴りながら起きる。
携帯を見れば表示は【02:00】。よりによって丑三つ時。
足元でマットレスからはみ出て眠るチビらぎの寝位置を直して、娘の向こう側に寝る旦那を見ると、やっぱり暑いのか唸っている。
グダグダごろごろしつつ、どうしたものかと思っている内、部屋の扉を叩く音。
眠りが浅かったらしい旦那が起き、「はい」と返事をする。
「ごめんね、夜中に」
あら珍しい、母だ。
足音で起こしたかしら、申し訳ねえ。
「暑くて起きてたから大丈夫」
「どうかしたんですか?」
「お爺ちゃんが亡くなったって。俺は病院行くから起こして伝えとけって、お父さんから」
そう。冒頭の話になるのだ。
祖母と祖父の発症例はかなり極端ですが、個人それぞれで違う症状や行動が出る、と言う点では判りやすいかな、と思います。
一概に判断基準は定められない、というのが解って頂けたら幸い。




