3章 31話 1節 パノイラフの丘
パノイラフの丘に到着したタクは、一番手でバスを降りた。
タクの後ろにティープが続く。
「タクは、パノイラフは初めてじゃないよな?」
「うん。初めてカンに来た時に案内された。
当時はまだ建物の数は少なかったけど、
クラウの街が一望できるいい場所だたって記憶があるよ。」
パノイラフは丘の上に建てられた町で、
近郊にあるカン最大の街クラウを見下ろす事ができた。
タクはバスが登ってきた坂道のほうを振り返る。
そうすると、当時と同じように
眼下にクラウの街を一望できた。
ビル・ビル・ビルが立ち並ぶ大都会。
その中心に違和感を感じる中世と呼ばれる時代の
城という名の構造物も見える。
ビルの中にあって、それは異彩を放っていた。
カンを支配していた前の貴族の趣味で作られた建造物であったが、
今は、皇帝ウルスの仮の王宮として機能している。
クラウの街並みに見惚れていると、
タクを呼ぶ懐かしい声が聞こえた。
「タク兄ちゃーーん!」
「フレーゼ!」
タクは懐かしい声に一瞬頬が歪んだが、直ぐに神妙な顔つきになる。
「久しぶりだな。
少し大きくなったか?」
タクは言ったが、フレーゼと会うのは1年ぶりである。
だがフレーゼは7歳であり、6歳から7歳への成長速度は早い。
実際、フレーゼの身長は伸びていた。
「タク兄ちゃんも、軍人さんぽくなったんじゃない?
見違えちゃった。」
同世代の女の子に比べてフレーゼは大人びた少女である。
感性も鋭い。
だからこそ、タクの表情は重い。
「あ・・・・・・・その・・・・・・。
母さんの事、すまなかった。
守れなかった。
俺の力量が足りなかったばっかりに・・・・・・。」
パラドラムの子どもたちにとって、
カレンディーナは母親代わりの女性であり、
彼女に一番懐いていたのがフレーゼだった。
失意の気持ちは、恐らくタクよりも深いはずだった。
しかし、フレーゼは笑顔を見せる。
「お母さんはタク兄ちゃんを守ったんだよ。
当たり前じゃない。
お母さんだよ?
私たちが尊敬してるお母さんなら、
きっとそうするって事をやったんだよ。
お母さんらしいじゃない。
私たちを守ってくれた。
お母さんだもん。」
フレーゼの言葉に、タクはハッとする。
タクはカレンディーナが、自分たちを裏切った!と考えていた。
いつまでも、パラドラムの子どもたちを見守る立場にありながら、
タクの命を救うために、自らの命を犠牲にした母を
裏切りだと感じていた。
言ってしまえば、タクの命なんか見捨ててでも、
母は、フレーゼや残ったパラドラムの同胞たちのために
生き残るべきだと考えていたのだ。
だがフレーゼは、母は当然の事をしたのだと言う。
フレーゼの言葉は、タクの脳裏に響いた。
そう・・・・・・母は、やっぱり母だったのだ。
タクを見捨てるような母ではなく、
タクが知っているカレンディーナは、
まさに自らの命を賭して、
タクを救うのが自然な女性だった。
割り切れそうで、割り切れない感情が
タクを覆う。
この時、自分がどのような表情をしていたか?は
タク自身にはわからない。
フレーゼも何も言わなかった。
二人の会話を聞いていたセリアは
隣に居たゲイリにぼそっと呟く。
「うちにラージンっているでしょ?
政治改革を任せてるんだけど、
彼が、フレーゼを広報に使いたいって言ってたのよ。
なるほどね。って感じかしら。
あの子、愛嬌もあるし可愛らしいし、頭も回る。
それで、戦争の被害者って言うんでしたら、
プロパガンダに最適って事ですわね。」
セリアの言葉を聞いて、ゲイリは頭をかいた。
「カレンディーナ大将が生きていれば、
そんな事は絶対にさせないと思うけど。
許可は出したんですか?」
「まさか!
子どもをプロパガンダに使うなんて、
私の美意識に反しますわ。」
セリアはキッパリ言い切った。
しかし、当のセリアは子どもの頃から
芸能界に子役としてデビューし、王家の、
強いては「無色王子」と揶揄されていたウルスの印象を
高めるために活動していたと言う実績がある。
だが、それは自ら望んだ事だった。
大人に利用されていたのではない。
だが皮肉な事に、400年後の未来において、
この場に居る誰よりも知名度が最も高いのは
このフレーゼである。
勉学に励む子どもたちの授業に出てくる歴史の偉人の名と言えば
この時代では二人だけ、ウルスとフレーゼだけであった。
その事は、この場にいる誰も知らない事ではあったが・・・・・・。
ゲイリはセリアの回答に満足すると、話題を変えた。
「しかし、警備の兵の数が多いように思えますね?
まさか、ウルスがここまで来ているとか?
ああ、あり得るな。
あいつの事だから。」
「マークサスから、連絡は取り合ってないのでしょう?
カンへの帰還も直前になって報告したのですから、
兄ならば、真っ先に事情を聞きたがって当然ですわね。
来ていると思いますわよ。」
セリアはクスクスと笑って答えた。
ゲイリとセリアは、クールン人の移送の問題もあり、
この地に同行したのだが、
それならば尚更、ウルスもこの地に出向くであろうとの予想である。
帝国の皇帝が、そんな気軽に外に出向くのは困ったものである。
宮殿でドンと座って、部下の報告を待つのが正しいのだろう。
だが、彼の性格を知っている妹のセリアは
ウルスが大人しく宮殿で報告を待つような男だと思っていないし、
そんな兄ならば、皇帝の座に座っていないだろう。と思っている。
彼は自ら動き、そしてその座を奪い返した男なのだから。
「噂をすれば・・・・・・。
私たちの皇帝陛下は、玉座に鎮座するに能わず。」
セリアは少し離れた位置で、警備をしている兵たちの群れに
視線を流しながら言った。
そのタイミングで一人の黄金の髪の毛の男が
群れの中央で存在感を示している。
そこに居るのは、皇帝ウルス。
その人であった。




