3章 30話 5節
星暦1003年 12月26日
惑星カンの軌道上にある宇宙港ホールンに到着した巡洋艦ブレイズは
寄港後、改修・検査のためにドックに入る事になり、
艦内にいた約700人の乗員は、全員がカンに下船する事となった。
西暦1004年を迎える節目でもあり、
彼らは年越しを惑星カンで行う事になる。
ホールンで惑星上陸用のシャトルに乗り換えたタクは、
ティープとハルカに挟まれた席に着いた。
窓際はハルカに譲ってある。
宇宙旅行の経験のほぼないハルカに
惑星突入の光景を見せるためである。
ハルカは陽気な感じで、シャトルに備え付けられ窓の外を見た。
「惑星の大気圏に突入するのに
窓から外の景色が見えるんだ!」
「カンは完全解析が終わった惑星だからな。
このシャトルは惑星カンの上陸用に設計された特殊シャトルで
カンであれば摩擦係数が少ないコースを通る事で
こいつなら窓から外の景色が見れる。
結構、貴重な体験だぞ。ハルカ。」
答えたのはティープである。
宇宙と惑星の行き来は、様々な方法が確立されているが、
なんだかんだ大気圏突入用のシャトルでの惑星降下が
一番安全で、コストも安かった。
例えば軌道エレベータがある惑星も少なくないが、
大気圏脱出用に、登りにしか使えず、
地表に戻る時はシャトルで戻るという惑星も多い。
特に、大気密度や大気の分布、重力場の偏り、気象予測などの
完全解析が終わった惑星では、適切なスピードで
適切なコースを通るのであれば、
地上を飛行する航空機の旅よりも安全であるという
研究成果も出ている。
カンがスノートール帝国の帝都に選ばれた理由の一つでもあった。
ハルカは窓の外に見える大きな球体をまじまじと見つめる。
これから行くカンの姿である。
陸地だけの岩石惑星であったため、地形の表情が
ハルカの心をワクワクさせていた。
「カンって、地下に海があるんだよね?」
「海ではなく、水な。
あと、地下には大量の水があるが、
地表にも湧き出ている場所は沢山あるぞ。
湖になっているところもあれば、湿地帯のような場所もある。
生命を誕生させることは叶わなかった星だが、
生命が生存するには最適の場所だ。」
ティープは答えたが、もちろん人の手が加わって
テラフォーミングされた結果ではある。
しかし、地下と地上を水が循環する環境で
気候の変動も少なく、大地も多い。
生命の受け入れ先としては、パーフェクトな物件だと言えた。
「いわゆるパラダイスアースだよね。」
ハルカの目が輝く。
人類は・・・・・・少なくとも琥珀銀河の人類は
地球という人類発祥の地以外で生まれた
地球外生命体と呼ばれる生命体を発見はしていたが、
知的生命体と言えるほどの生命体とは出会っていない。
ここで言う知的生命体とは、
思考や感情がある生命体であり、人類以外の生物も含む。
あくまで単純な電気信号などで活動す生命体は
いくつかの星で観測されていたが、
進化の過程が止まっているのだ。
生命が誕生し、進化するためには
生命にとって過酷な環境である必要がある。
だが、過酷すぎる環境では生命は誕生しない。
逆に、安定した環境でも生命は誕生しないのだった。
惑星カンは、安定した環境であり、
生命が誕生するほどの星ではなかったが、
成熟した生命体が生存するには
とても適した惑星だったのである。
そういう星をパラダイスアースと呼ぶ。
もちろん、完全に安定した環境は
惑星内で循環というシステムが一切ないため、
生命が住むに適さない。
カンのような程度に循環がある星は、
琥珀銀河全体を見ても希少な存在だった。
だが、この時代においては、パラダイスアースの
価値はそこまで高くなかった。
琥珀銀河は広く、まだまだ未開拓の惑星は多かったし、
安定した惑星であるカンには、
人類の文明に有用なレアメタルなどの資源があまりないからである。
繁華街のない落ち着いた住宅地。といった感じであろうか。
近くに繁華街でもあれば人気のエリアになるのだろうが、
住宅地が永遠に広がるだけでは魅力はないものである。
このようにそれまで注目されていなかったパラダイスアースに
首都星を移転した皇帝ウルスの慧眼の鋭さは特筆すべきである。
安定した環境に行政機関を置くメリットは大きい。
パラダイスアースが再評価されるキッカケとなり、
この時代以降、パラダイスアースの価値は急上昇する。
未開拓地の開発から、既存の惑星の再開発へと
時代がシフトしていた事にもマッチしていた。
もちろん、ハルカが言いたかった事はこう言う事ではない。
単純に知識をひけらかしたかっただけだった。
ティープは軽く笑顔になる。
「そうだ。
人が住むには適した惑星だ。
クールン人もここに住むことになっている。
そりゃ、完全に自由な生活ってのは
今は厳しいが、天気や気候の変動もなく、
暮らしやすい、いい場所だぞ。」
ティープはクールン人の仲間たちが安心して
暮らせる場所であることを強調した。
まぁ、何処に住もうともロアーソンの研究所や
隔離されたマークサスの孤島のような場所よりは
いい場所であるのは間違いなかった。
ハルカはもう一度、窓の外に見える惑星カンを見た。
「皆、気に入るといいなぁ。」
ハルカの言葉に、タクも笑顔で応えた。
「気に入るさ!
俺の家族たちも住んでる。」
タクは言った。
タクの家族とは、パラドラムの子どもたちと言われる
皇帝ウルスに保護された孤児たちの事だった。
母親的存在であったカレンディーナの死により、
孤児たちの養子縁組が加速し
今は40名ほどに減ったとタクは聞いていたが、
それでも家族たちが住んでいる場所だった。
タクもハルカの頭の後ろから、窓の外を覗き込む。
惑星カンは、二人を迎え入れるかの如く、
その雄大な姿を二人の目に映し出していたのだった。




