奇矯なる食事風景
「こんなに急いで出立しなくとも、もう少しゆっくりしていけば……」
「悪いな、兄さん。次の仕事が入ったらしいんだ。まあ、しばらくは国内にいるし、今後はちょくちょく顔出すようにするから」
憮然とするラクサに、すっかり旅支度を整えたベンダーは苦笑いで告げた。ずり落ちかけていた色眼鏡の位置を整え、頭半分高い兄を見上げる。離れていた十五年の間に、ラクサは随分と過保護になったらしい。隣では、同じく旅支度を整えたセリアが、困った顔でリリンに撫でまわされている。
「ねえ、どうしてもセラを連れて行ってしまうの?あなたの危ない仕事に巻き込まれたらこの子が可哀想。ね、セラ、うちに残りましょう?」
それは困る。
本人曰く、セリアの体は成長も老化も止まっている。ひとつところに長く留まれば、いずれ正体がバレて、迫害される可能性が高くなる。それに、騎士たちに混じって鍛錬するのも、使用人のように働くのも、一時なら楽しくとも、ずっとでは生粋のお姫様には辛いだろう。
「奥様、ありがとうございます。でも、僕、ベンダー様と一緒がいいです。この後、帝都を案内してくれるって約束してくれたんですよ!」
「あら、そう……良かったわねぇ。でも、辛くなったらすぐ戻ってくるのよ。ベンダーなんてほっといたって大丈夫なんだから。いいわね?」
「はぁい」
渋るグラッド家の面々をどうにか納得させて、セリアとベンダーは帝都へと旅立った。
途中、いくつかの依頼を受けていく予定で、おおよそ半年程度の期間で旅程を組んでいるらしい。馬車を使っても二月近くかかるグラッド領から帝都までの道のりを、徒歩と乗合馬車を使って、しかも寄り道しながら行こうというのだから、半年というのは妥当なところだろうと、当初セリアも思っていた。
いざ旅が始まってみると、ベンダーは街道沿いの大きな宿場町の仕事を選んで受けていた。時々、街道から外れた村での依頼を受けては、セリアを残して数日宿を留守にする。野宿の経験もあるからと何度か進言してみたが、ベンダーは頑として譲らなかった。
そうして、快適に守られた旅も四ヶ月目を迎えたある日、ベンダーはポツリとセリアに尋ねた。
「アルフォンスを覚えているか?」
まるで雛鳥のように、口元に運ばれた食事に口を開けたところだった。セリアはとりあえず目の前の肉を口の中に収めることを優先する。もぐもぐ、ごくん。肉を飲み込んで、今度はお茶を所望する。隣に座ったベンダーがセリアの口元でおっかなびっくりカップを傾けた。
昨夜から泊っている宿屋の部屋だからいいが、食堂でやったら奇異の目で見られること間違いなしの光景だ。
セリアもベンダーも、耳目を集めるのはできればごめん被りたいと思っているので、宿の主人に無理を言って食事を部屋に運んでもらった。
どうしてそんなことになったかと言えば、今朝からセリアの腕が上がらないのだ。体を大きくねじれば動かすことは可能だが、胸や肩の筋肉を酷使するうえ、机の上に乗せることすら一苦労。とても食事をすることなどできやしない。
寿命だ、とセリアは言った。実は、グラッド領にいる時から遠からず手足が壊れるだろう予感はあったという。新しい手足は一月半ほど前に作り終えていたのだが、今まで交換せずに来たのはベンダーのせいだと責められた。
セリアが手足を交換するとき、まず紐を操っている魔法と、体から外れてしまわないよう固定しているふたつの魔法も止める。それからよいしょっと今ついているものを外して、新しいものをはめ込む。
その後、再び魔法をかけるのだが、魔法が安定して手足が馴染むまでは動けないので、鍵もかからない宿屋の部屋でやるわけにはいかない。なのにベンダーは、セリアが何度言っても危険だと街道を外れた場所に連れて行ってくれなかった。外した手足だって、荷物になるからその場で燃やしてしまいたいのに。
こうなって初めてセリアの主張の本当の意味を理解したベンダーは、明日にでも近くの森に連れて行ってくれるという。ついでに、今日一日責任を持って世話をしてくれるそうだ。
「もちろん、覚えていてよ」
口を湿らせて、ほっと息を吐いたセリアは眉間に皺を寄せて頷く。
アルフォンスは、セリア・リーレンに使える中でも古参の侍従だった。敬愛とは違う、熱のこもった瞳で主人を見るアルフォンスに恐怖と嫌悪を感じ、何度遠ざけてしまおうと思ったことか。実行できなかったのは、アルフォンス自身が彼を遠ざける計画をいち早く嗅ぎつけ、潰してきたからだった。
一度など、深夜の寝室に入り込まれて魔法をまとわせたナイフを首に突き付けられた。首を絞められながら仰ぎ見た彼は、泣きながら「あなたの傍を離れたくない」と訴えられた。泣きたいのはこっちだ。
「あの男、まさかまだ帝都にいるというのではないでしょうね?」
鉢合わせはごめんだと眉間の皺を深くするセリアに、ベンダーの方が驚いた様子で「恋仲じゃなかったのか」と目を見開いた。
「誰と誰が恋仲ですって?冗談は顔だけにしてくださいな」
「いや、ほんとにそういう噂だったんだよ。明け方に妃殿下の部屋から出てくるアルフォンスを見たって侍女が何人もいたんだ」
ベンダーの言葉に難しい顔をしたセリアは、ややしてから「あの男ならやりかねない」と吐き捨てた。
「アルフォンスは、確かにわたくしに執着していたわ。寝室に潜り込まれたことも一度や二度ではないし……何度も遠ざけようとしたけれど、その度に手を回して話を潰して。だからわたくし、あの部屋はほとんど使わなかったのよ」
ではどこで寝ていたのかと問えば、厩舎や厨房のかまどの傍や、夏は庭園の東屋で一晩明かしたこともあるという。
それならいつ使っていたのか。
問えば、大規模なパーティーなどで他国の客人が多数城に留まっている日だけだったと返ってきた。得てしてそういう日は人手が足りないから、アルフォンスもセリア・リーレンに構っている暇などなかったこともあって、安心して眠れたそうだ。
「つまり、アルフォンスは誰もいない部屋からさも逢引き帰りのように出てきて妃殿下の不貞の噂をバラまいたわけか。だが、そんなことをしても当の本人が逃げ回ってたんじゃあ恋仲になんてなりようもないだろうに。一体なんだってそんな無意味なことしたんだ?」
自分の知る話と随分違うとベンダーは片眉を上げつつ眉間に皺を寄せるという、器用な表情で驚きを示した。
「わたくしが知るわけがないでしょう」
フン、と鼻を鳴らしてそっぽを向くセリアがまだなにか隠している気がして、ベンダーは注意深く少年を見つめる。だが、冷めた目からはなにひとつうかがい知ることはできなかった。
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