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幸福の日

 朝日が昇る前に起きだしたセリアは、軋む木偶の腕を見て、今日のために用意された礼服へと視線を移した。明るいグレーの三つ揃えは、グラッド家に来てから誂えたものだ。セリアが、ラーラの結婚式に参列するために用意された、特別な服。


 ああでもない、こうでもないと自分の支度以上に真剣に悩んでいたラーラを思い出して、セリアはくすりと笑みをこぼした。だが、この服に袖を通すのはもう少し後だ。結婚式は昼からだから、それまでに汚してしまってはいけない。


 セリアは普段着にしている簡素なシャツに手を伸ばそうとして、その重さに眉を寄せた。まだしばらくは使えるが、そろそろ手足をつけ替えなければいけない時期だ。

 セリアの手足は、木でできている。内部が空洞になっていて、中に通した紐を魔法で調節することで動かしている。できるだけ人間に近い動きができるよう、関節代わりの球をはめ込んで、その表面を遠位のパーツが滑る形で動く構造になっていた。


 丸い関節をいくつも削り出すために、大量の木材が必要だ。特に指は小さい関節がいくつも必要で、早めに作り始めないと先に今の腕が壊れてしまう。だが、今のミレーネ神聖帝国に、セリアの魔法に耐えうる木材があるかどうか。


 それはともかくとして、早く着替えて演習場へ行かなければ。生真面目な騎士たちがもう何人か鍛錬をしているだろう。彼らに混じって、基本的な型を教えてもらうのが最近のセリアの日課だ。剣だったり、槍だったり、体術だったり内容は様々だが、だいたい、昼頃まで誰かがついていて教えてくれる。鍛錬が終わったら水浴びをして、礼服に着替えて、それから……。


 今日の予定を思うと自然と口角が上がり、知らず幼い頃よく聞いた歌を口ずさんでいた。ふと、鏡に映った自分の顔を見て、セリアはぽかんとした。こんな幼い、満たされた表情は、公女であった時から浮かべたことがない。じんわりと温かくなったみぞおちの辺りをそっと押さえて、セリアは誰かに語り掛けるように呟いた。


「楽しいね」


 セリアの言葉に答えるように、また少しみぞおちが温かくなった。普段は返ってこない返事が返って来たようで、セリアはまた嬉しくなって笑みこぼれる。


 与えられた部屋の扉を開けると、せわしなく廊下を走り回るメイドたちが口々に「おはよう」とあいさつをくれる。それに「おはようございます」と笑顔で返しながら、セリアは辺境騎士たちが鍛錬する演習場へ向かった。


 便宜上演習場と呼ばれているそこは、グラッド邸の中庭だ。有事の際には要塞の役割を果たすグラッド邸は、客人から見えるところ以外は庭木がなく、土がむき出しになっている。

四六時中誰かが訓練をしている演習場に、同僚と肩を叩き合うひとりの男を見つけて、セリアは話しかけた。


「おはようございます、皆さん!メトロさん、今日はお式なのに朝から鍛錬ですか?」

「おう、セラか。お前までからかってくれるなよ。鍛錬でもしてないと緊張でどうにかなりそうなんだ」

「あは。朝からメイドさんたち走り回ってましたから、ラーラ様、きっとビックリするくらい綺麗ですよ」

「おいおい、セラ。それじゃあ普段が不美人みたいじゃないか」


 からかってくれるなと言われたばかりだというのに、意地の悪い笑顔でメトロの腹をつついたセリアの背中を勢いよく叩いて、別の騎士が上げ足を取る。セリアは目を丸くして、慌てて胸の前で両手を振った。


「違いますよ!普段も綺麗だけど、今日はいっとう綺麗なんです!だって、花嫁さんなんですから!」

「ははっ、ラーラ様には言わないでいてやるよ」


 今日は、ベンダーがグラッド領に戻ってきた理由であるラーラの結婚式だ。楽しい一日が始まる予感に、セリアは心から笑った。


 セラ、というのは、セリアのマクラーゲン語での読み方だ。セリアが自分のことをそう呼んでほしいと言い出したとき、グラッド領の人々はあからさまにほっとした顔をした。「育ててくれたじーちゃんが、マクラーゲン王国の人で、僕のことセラって呼んでたんです」と少し陰りのある微笑みを浮かべれば、セリアを追及する者は誰もいなかった。


 唯一、変な顔をしたのはベンダーだが、どうせこれも嘘だと思っているのだろう。どうやらベンダーは、以前セリアが言った「おおむね本当のことしか言っていない」というのを疑っているらしい。一部黙っていることはあるが、セリアは本当に嘘はついていないというのに。


 ラクサにエスコートされて、ラーラは粛々と祭壇までの道を進む。


 結婚式の時だけ使われる儀式の間は、他に比べて華やかな造りだ。ステンドグラスを通したたっぷりの陽光が、ラーラのまとう純白のドレスを染め上げた。

 神官が歌うようにお定まりの文言を述べ、ラーラとメトロは微笑み合って結婚宣誓書にサインをする。


 幸福いっぱいの花嫁と、緊張しながらも彼女を慈しむ新郎と。

 

 柔らかな光が降りそそぐ中で、ふたりは幸福に満ち足りた顔をしていた。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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