閑話①
床に倒れ込んだ少女を、マリエンは冷めた目で見下ろした。
「あなたたちって、ほんと無能。何度言えば覚えるのかしら。私に意見できる人間なんていないの。私が気まぐれに何人か殺したって、なんの罰もないの。ああ、安心して?あなたとあなたの家族の死体は、ちゃーんと細切れにして家畜のえさにしてあげるから」
にっこり。口角を上げて笑みを作るが、金茶の瞳は冷たく冷え切っている。
侍女として働き始めたばかりの少女は、今日初めてマリエンの前に出た。そして、一房髪がほつれているのを見て、思わず声をかけてしまったのだ。
「も、もうしわけ……」
「なぁに?聞こえなーい」
「ひぎっ」
這いつくばって謝る少女の背を容赦なく踏みつけ、マリエンは嗤った。そこに、かつての聖女の面影はない。
優しく人々を見守り、忠告する存在であったはずのマリエンは、いつの頃からか気まぐれで残虐な本性を隠さなくなった。
無造作に体重をかけられる背骨がきしむ音を聞きながら、少女はひたすら許しを請うた。
同じ頃、マリエンの部屋から響き渡った悲鳴に、シュタントはビクッと体を震わせた。少し遅れて、甲高い笑い声が耳に届く。
「またか……」
「そのようですね……」
シュタントに新しい書類を手渡しながら、補佐官フェルナンドがため息をつく。また、という言葉通り、正妃マリエンの暴挙は今に始まったことではない。これまで何人も、マリエンの気まぐれで害され、殺されてきた。本来いさめる立場にあるシュタントだが、マリエンが彼の言葉に耳を傾けることはない。
十五年前、私情でセリアの聖女の地位を剥奪した皇帝は、精霊に見放された。これを好機と属国だったいくつもの国が謀反を企てたが、そのすべてが新たに聖女となったマリエンによって未然に収められた。
わずか二年ほどの間にシュタントは傀儡の皇帝となり、ミレーネ神聖帝国の実質の主人はマリエンとなった。なってしまった。
セリア・リーレンは育ちが故の傲慢さや、プライドを傷つけられたことによる直情的な反応をしてあちこちで顰蹙を買っていたが、彼女が可愛らしく思えるほど、マリエンの本性は陰惨だった。その性質は息子にも引き継がれ、今年十になる彼は母親と一緒になって城の者を嬲って楽しんでいる。
「この国は、このまま腐ってしまうのだろうな……」
目を通した書類をフェルナンドに戻し、シュタントは背もたれに体を預けた。天を仰いで、悔悟の涙をこぼす。
(自業自得だ)
もう何度も見た光景に、フェルナンドはそっと目を反らして退室した。
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