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グラッド家の兄弟

 庭先からじゃれ合うふたりの声が聞こえて、グラッド辺境伯夫妻は顔を見合わせてティーカップを置いた。


 ハルト辺境伯が、長男のラクサと今後の警備の方針について打ち合わせをしていたところに、リリン夫人がやって来て休憩に誘ったのだ。メイドがすっかり冷めた紅茶を片付け、新しいものを用意した直後のことだった。

 ソファから腰を上げた三人は、窓際に並び、楽しげに笑いあうベンダーとセリアを眺めた。


「おやまあ」

「あら、まるで兄弟みたいね」

「ベンダーがあんな風にはしゃぐのを見たのは初めてだな……」


 ハルトの言葉に、リリンはゆったり頷く。どこか寂しそうなラクサの声に、夫妻は苦笑した。


 ベンダーは四人兄弟の三番目で、兄、姉、妹がいる。


 長男のラクサは祖父に似て、屈強で生真面目な男だ。勤勉さは彼の長所であるが、同時に短所でもあった。


 ラクサは、自分になにかあった時のためにと幼い頃からベンダーに厳しく接した。誰に似たのかとんでもない負けず嫌いと根性で、ベンダー自身が躍起になって食らいついていたから夫妻が兄弟の関係に口を出したことはない。だが、内心では姉妹との対応の差にベンダーが傷ついてやしないかと常々心配していた。


 特に、主席騎士を辞してからのベンダーは、ハルトやリリンの言葉以上にラクサの言葉に耳を貸せない状態が続いていたから、心配は膨らむばかりだった。


『悔やむだけなら子供でもできる。貴様が考えるべきは今後の身の振り方だ』


 領地に戻ってきたばかりのベンダーは、酷く憔悴していた。


 帰郷すると聞いた時から、時間が必要なのだと、決してベンダーを責めてはいけないと、ハルトもリリンも噛んで含めるようにラクサに言い聞かせていた。それでも、何日も部屋に閉じこもるベンダーをラクサは部屋から引き摺り出して告げたのだ。


 それは、確かにベンダーを案じての言葉だった。


 ラクサは厳しいが、情がないわけではない。弟の様子を一番に気にかけているのもまた彼だった。


 普段なら、言い返してきただろう。ラクサ自身、反論を狙っていなかったとは言わない。

 だが、兄の言葉に、ベンダーは瞳を揺らして黙り込んだ。


 そして次の日、ベンダーは書置き一枚を残して姿を消した。


 かろうじて、領内のギルドで傭兵として登録をしていったことがわかり、一番ほっとしたのはラクサだっただろう。武者修行を終えて、弟は今まで以上に強くなって帰ってくる。ラクサは胸を張って言っていた。が、まさか十年以上、一度も戻ってこないとは。


 やきもきしながら、ベンダーを待ち続けることしかできない日々を終わらせたのは、ラクサの娘だった。


 ラクサには娘がふたりいて、長女のラーラは十八になる。そろそろ婿を取らねばならないと考えていたところだった。


 実は辺境騎士団に所属するメトロとの結婚を考えていると打ち明けられ、ラクサは一晩中男泣きに泣いた。三日後、泣き腫らした目で結婚はいいが、式はどうするのかと尋ねたラクサに、ラーラはいの一番に「ベンダーを呼びたい」とねだったのだ。


「ベンダー叔父様はメトロの憧れなんですって。私はほとんどお会いしたことがないけど、ぜひ、お呼びしたいの」


(呼ぶのはいいが、どこにいるかもわからないのに……)


 ぼやいたラクサに、リリンはバサリと扇のように大量の手紙を広げて上品に笑った。


「隣国で盗賊を討伐する依頼があったから、近くにいるらしいわよ?」


 ラクサは驚き、目を丸くした。ベンダーから手紙が来ていたなんて初耳だ。どうして教えてくれなかったのかと叫びそうになるのをどうにかこらえて、「呼び戻してください!」と母に頭を下げたのだった。


 こうしてどうにか呼び戻したベンダーは、ひとりの少年を連れていた。森で拾ったらしい。

悪女と同じセリアという名前の彼は、礼儀正しく、健気で、かわいかった。ベンダーとじゃれているかと思ったら、騎士たちに剣の手ほどきを受け、使用人の手伝いをして。一日中くるくると動き回っている。一度、「同じ名前でも、随分と違うものだな」と呟いたら、困った顔をさせてしまった。

以来、セリアがラクサに積極的に近づいてくることはなくなったので、恐らく傷つけてしまったのだろう。


 こと対人関係において、ラクサは本当にうまくない。ある程度ラクサの人となりを分かっている辺境騎士たちとですら、ささやかな軋轢は多い。人当たりのいいベンダーがいてくれれば、きっともっとスムーズにいくのにとついつい考えてしまう。


 ラクサ自身が乗り越えなければならない課題であるというのに、どうして頼りたいなどと言えようか。


 悩むラクサに、「お前も年を取ったということさ」と言ったのは父だ。自分の限界を知って、できないことをできる人に振り分けていくことも大切だと、人生の先輩としてアドバイスしてくれた。ハルトの隣で、リリンも穏やかに微笑みながら頷いている。


「そういうものさ」

「そう……でしょうか」


 今ひとつ納得できないまま、ラクサはセリアを抱き上げて笑うベンダーへ視線を移した。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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