本物だったらババアだろう
ミレーネ神聖帝国は、今でこそ北大陸一の大国だが、始まりは光の加護を受けたひとりの乙女だと言われている。
五百年近く昔の大陸が混沌としていた時代のことだ。のちに始まりの聖女と呼ばれる彼女は類まれなる癒しの力で人々を救い、魔王と呼ばれた戦狂いの男を改心させた。その功績を神殿に認められ、新たに国を興したという。
ミレーネ神聖帝国に伝わる建国神話だ。
ミレーネ神聖帝国は精霊に愛された国と宣伝できるし、神殿は歴史ある帝国よりさらに古くからあり、始まりの聖女を認めた功績をアピールできる。実にご都合主義な物語。
だが、ミレーネ神聖帝国が力をつけ、属国が増えるにつれ、聖女は人々を癒し見守る者ではなく、政治的意味の強い存在となった。聖女がいるから帝国に手を出してはいけないと、人々の意識がすり替わってしまったからだ。
始まりの聖女に匹敵する能力を持ちながら、地位を剥奪され、国を混乱に陥れたセリア・リーレンは、いつのころからか帝国では始まりの悪女と呼ばれるようになった。
その悪女を好き好んで名乗る者がいるだろうか?ベンダーは不審に思いながらも、ひとまず少年をセリアと呼ぶことにした。
ベンダーの父が治めるグラッド領に入る関所に向かっていたのが幸いして、セリアはたいして不審がられず帝国に入国できた。ベンダーの素性と性格を知り抜いている辺境騎士たちは、面倒見のいい彼が子供を拾って同行させていることをさもありなんと考えたようだ。
名前を聞いた時は多少顔をひきつらせたが。
グラッド領で一緒に過ごすようになって、ベンダーが目を瞠ったのはセリアの演技力だ。ベンダー以外の耳目があるときの彼は、高慢で高飛車な公女様はなりを潜め、無邪気にベンダーにまとわりつく少年の顔をする。
かと思えば、少し影のある表情で「森に捨てられてたのをじーちゃんに拾われて、育ててもらったんだ。でも、じーちゃんが死んじゃって、どうにかして生きてかなきゃって頑張ってたら、ウサギの罠にひっかかっちゃって……ベンダー、様が通りがかってくれなかったら死んでたかも」と身の上話をして使用人やグラッド家の女性陣の心を鷲掴みにし、恩人であるベンダーの役に立ちたいと健気に訴えて、いつの間にか気難しい辺境騎士たちすら骨抜きにしていた。
「恐ろしいな、お前……」
「人心掌握は政治の基本でしてよ」
高笑いするセリアは、どうやったのか普通の人と変わらない体温と質感の肌を手に入れていた。不審に思ったベンダーに、セリアはこともなげに言った。
「魔法で人の肌に似た感触の手袋や靴下を作って、表面に貼り付けているだけよ」
常時そんな魔法を発動していれば、魔力の消費は大きいだろうに、セリアは倒れもせず当たり前のように生活している。化け物か。
「一体どこまで本当で、どこからが嘘なんだ」
茶をすすりなら胡乱な目を向ければ、セリアは「行儀が悪うございましてよ」と口先ばかり注意する。それに肩をすくめて返し、ベンダーは続きを促した。
「そうねぇ……おおむね本当のことしか申し上げておりませんわ」
カップをソーサーに戻して、セリアは小首をかしげるが、ベンダーはその答えでは満足しなかったようだ。「吐け。全部吐け。キリキリ吐け」と畳みかけられて、セリアはため息を吐いた。
「子供をそんな風に脅すなんて、野蛮でしてよ」
「子供じゃないだろ。セリア妃殿下は生きていれば今年三十の立派な年増だ」
「なんですって!?」
年増の一言に、セリアは過剰に反応した。魔物もびっくりの形相で、ベンダーにつかみかかろうとする。自分の胸ほどの身長しかない体を軽く躱して、ベンダーは「怒るなよ」とセリアの頭をぽんと撫でた。
「ほんとのこどだろ?」
「本当のことだから怒るんですわよ!」
セリアはムキになって両手を上げて、頭に乗せられたベンダーの手を跳ねのけようとする。が、ベンダーは楽し気に笑ってぎゅうぎゅうとセリアの頭を押さえつけた。
「はーなーせー!」
「嫌だね」
やれるもんなら外してみろと、ベンダーは子供のように暴れるセリアに体重をかけ続けた。
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