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スバリー森林の少年②

 十五年前、皇帝シュタントがマーシェン辺境伯家のマリエンを正妃とする発表された夜、セリア・リーレンは死んだ。


 当時、主席騎士になりたてだったベンダーはマリエンの警備をしていた。近い未来正妃になることが決まっているご令嬢を守るのが、主から与えられた自分の使命だと信じて、不寝番に立候補したのだ。


 だから、知らなかった。


 当時の騎士団長と侍女頭が結託して、セリア・リーレンから護衛の騎士も、侍女も取り上げていたことを。彼らにしてみれば、ささやかな意趣返しのつもりだったのだろう。


 セリア・リーレンは元公女だけあって気位が高く、自分だけでなく部下にも完璧を求める気質だった。その横暴とも思える態度で一部から煙たがられていたことは、普段シュタントに貼りついているベンダーですら知っていた。


 それでも、彼女が翌朝には死体で見つかるなんて、誰が想像しただろう?少なくともベンダーはしなかった。


 唯一セリア・リーレンが心を許していたという侍従のアルフォンスは、騎士が外されたことに気付いて部屋の外で待機しようとしたらしい。彼だけが、聖女でなくなった彼女に迫るだろう危険について正確に把握していたのだ。

 ところが、重い礼服から警護のため動きやすい格好に着替え、武器を手にした彼は、部屋にあった水差しの水を飲んだ後の記憶がないと言った。水差しの水に睡眠薬が混入されていたことは、同じく水を飲んだ後の記憶がないという同室の侍従の証言からも明らかだ。


 ベンダーが更迭されたのは、騎士団長に責任を押し付けられた結果だった。確かに、あの日の城内の警備の配置を決めたのはベンダーだが、警備を外したのは騎士団長だった。だが、ショックのあまり正常な判断力を失っていた皇帝は、騎士団長に言いくるめられるままベンダーだけを処罰した。今考えても酷い話だ。


 ベンダーはグラッド辺境伯家の次男だ。


 兄は当時から、父が率いる辺境騎士団に所属していた。パーティーに出席する両親に代わって領地を預かっていた兄が、あの場にいなかったことは僥倖としか言いようがない。生真面目で融通の利かない兄がいたらば、ベンダーの処分について皇帝に噛みついていたかもしれない。そうなれば、親族郎党首と胴がサヨナラだ。


 ベンダーが辺境騎士団に入らず城付きの騎士になったのは、将来グラッド領に戻った時のためだ。 騎士爵を得て箔をつけたかったのだ。

 主席騎士にまで上り詰めたのは単に負けず嫌いの結果である。同輩に負けるのが嫌で鍛錬を積むうち、いつの間にかなっていた、というのが正直なところだ。だが、彼は負けず嫌いなだけではなく、実家で培った戦の技術と人員配置の的確さは頭ひとつ抜きん出ていて、皇帝をしても「次の騎士団長はベンダーが有力だな」と、言わしめるほどだった。


 自身の地位を脅かすベンダーがよほど気に入らなかったのだろう。騎士団長に目をつけられていたことは分かっていた。分かっていながら自衛を怠ったのは、ベンダーの責だ。


 だからベンダーは騎士団を辞した後国を出た。初めの数年は大陸をあちこち見て回り、その後は海を越えて別の大陸で見分を広めた。ミレーネ神聖帝国にない珍しい戦法も積極的に学んで、あの頃より格段に実力をつけたつもりだ。


 今回、家族に呼び戻されたのは姪の結婚式に参列するためだが、もしかしたら今なら、かつての失敗を取り返して、騎士として返り咲くこともできるかもしれない。そんな打算もあって、ベンダーは国境付近まで戻ってきていたのだ。


「それで、セリア殿下は、なにを望まれるのですか?」


 とうに日は暮れて、関所は閉まった。明日の朝にならなければ開かない門の前で、同じく間に合わなかった旅人たちと同じように焚火を囲んで。パチパチと爆ぜる火を弄りまわしながらベンダーはセリアに問いかけた。


「そうね……泥棒猫を引きずり下ろすことかしら」 

「は!?」


 白湯を啜って、まるで食事のメニューでもリクエストするかのような気軽さで。セリア少年は言い切った。


「ちょ、今の帝国の状況を知ってるだろ!?」

「ええ、一応」


 現在、ミレーネ神聖帝国の状態は十全ではない。どころか、いつ神殿や属国に寝首を掻かれてもおかしくはない。


 セリア・リーレンの死の衝撃が薄れ、マリエンが正妃として立って二年ほど後だ。それまで国全体を覆っていた結界が突如として消えた。マリエンの助力でどうにか首都だけは結界を張り直すことに成功したらしいが、守りを失った首都以外の地域の荒廃は激しい。


 今、ミレーネ神聖帝国が国としてあるのは、何代も前から属国に帝国法に従うことを義務付けてきたからだ。聖女を見誤った皇帝シュタントの権威は失墜し、国政すら人任せになっていると聞く。


 そんな状態で聖女を引きずりおろせばどうなるか。


「そんなことをすれば、帝国は立ち行かなくなる」

「だから?」


 知ったことではないとセリア少年は嘯く。


「どうせなら、徹底的に壊してしまえばいいじゃない」


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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