悪女セリアは二度死んだ
山ほど積み上がった書類の一部を横にどけて、フェルナンドはため息を吐いた。
「そろそろ休憩にしてください」
「だが、まだ……」
「今日までに決済が必要なものは終わりました。寝食を削って倒れた情けない男とセリア様に報告されたくないのでしたら、おとなしく休憩してください」
放っておくといつまでも働き続けようとするシュタントの前に紅茶を置いて、セリアが好きだったクッキーを添える。おとなしくそれを口に運んだシュタントは、ぐっと体を伸ばした。
秋晴れの空は高く、わずかに開いた窓の外から、紅葉を始めた木々の葉擦れの音がかすかに届く。あの悪夢のような一夜から季節がひとつ進んだだけだというのに、随分と前の出来事のような気がした。
この短期間に、ミレーネ神聖帝国は、大きく変わった。マリエンが死んだことで国を守っていた結界は完全に消滅した。神殿は、新しい聖女を躍起になって探しているという。
シュタントは善後策として、魔物を討伐するための兵を騎士と傭兵から選び、混合兵団を作った。団長はもちろんベンダーだ。ジャクソンも主席騎士を辞して、兵団に加わった。出産と子育てが落ち着いたら、アマリリアも参加するそうだ。
セリア・リーレンの死の真相と、彼女の魔臓を移植されたセラフィズ少年の話は国中に広められ、移植手術に大きな副作用があることもまた知られるようになった。オルタとセリアの残した論文が見つかったことで、魔石病の治療法はこれから大きく変わっていくだろう。
シュタントは今後、聖女に頼らぬ国づくりをしていくと宣言し、属国たちと改めて友好関係を築くための準備を始めたばかり。皇子の教師も入れ替えた。今後は国を治めることの意味を、シュタント自身の背中で教えていかなくてはならない。
ようやく自分の足で歩き出したかのように見える人形は、今は精力的に活動しているけれど。このペースで進もうとすれば遠からずエネルギーを使い果たすだろう。
無理やり休憩を取らせたシュタントの前から決済済みの書類をどかして、フェルナンドはほくそ笑んだ。
あの日、フェルナンドはなにが起ころうとも、城内がどれだけ騒がしくなろうとも自室にこもり知らぬ存ぜぬを押し通した。セリアは自決し、アルフォンスも共犯者として今度こそ処刑された。元々そういう役割分担だったのだ。
セリアがマリエンを殺し、フェルナンドがシュタントを操る。
これは、セリアの立てた帝国の再建計画だった。
魔石病における魔臓の移植手術は副作用が大きい。上手く定着したように見えても、一時的にでも魔力の供給を断たれた体は、やがて健康な魔臓から供給される強い魔力に侵される。
時間をかけて、末端から生きながら腐っていく苦痛は想像を絶し、最後は骨すら残らない。
そこまで病状が進行してしまえば、老化を遅らせる魔法などなんの役にも立ちはしない。むしろ、苦しむ時間が延びるだけだ。セラフィズの体は、もう限界が近かったのだ。
そうなる前に死ぬ計画を、セリアは立てた。
セリア・リーレンを殺した罪悪感と、セラフィズが彼女に体を明け渡してしまったことを恨む気持ちとで板挟みになっていたフェルナンドは、彼女に巻き込まれる形で計画に参加した。
ベンダーを巻き込むよう提案したのはフェルナンドだが、まさかセリアが最後の最後で彼を巻き込むことを躊躇したのは想定外だった。
シュタントには民を思う心と皇子を。
フェルナンドには弟の体を。
民には未来を。
それぞれ残して、セリアは死んだ。
始まりの悪女と呼ばれた最後の聖女は、踏みにじられた一度目の死を乗り越えて、二度目の人生の幕を自ら引いたのだ。
人は、二度死ぬという。体が朽ちた時と、人から忘れられた時と。もしもその話が本当ならば、二度肉体を失った代わりに名誉を回復した始まりの悪女に、三度目の死が訪れるのは随分と先のことに違いない。なにせ、セリア・リーレンの数奇な人生は物語として出版されることが決まっているのだから。
セリアの死に様と、不釣り合いに穏やかだった表情を思い出して、フェルナンドは心の中で祈る。せめて、神の庭で彼女と弟が幸福であるように、と。
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