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凶行の夜に⑦

 マリエンの部屋の前には、ハルピンの死体が転がっていた。血の気のない顔からも、廊下に飛び散るおびただしい量の血からも、彼が絶命していることは明らかだ。


 首に一太刀。他に外傷はない。


 相当腕のたつ相手だと、ベンダーとジャクソンは顔を見合わせ、頷き合った。


 ジャクソンは剣を、ベンダーはセリアに奪われた長剣の代わりに金属鞭をそれぞれ構えて、開きっぱなしの扉に向かう。


「ああ、そんな顔をなさらないで。恨んでないとは申しませんが、あなたとご子息には生きていていただかないと。だって、お人形さんがいなければ、人形劇はできないでしょう?」


 耳に届いた声に、ベンダーはハッとした。セリアだ。


 少年は赤黒い塊を踏みつけ、そこにベンダーの長剣を突き立てている。無表情なだけに、頬に飛んだ赤い飛沫が生々しい。少し離れて、丁子色の髪の男がシュタントを拘束していた。


「陛下!ご無事ですか、妃殿下は!?」


 ジャクソンが声を張り上げた。シュタントを奪還するために、一瞬でも隙が欲しかったに違いない。けれど、ジャクソンの思惑に反して、セリアも、シュタントを拘束している男もなんの反応も示さなかった。セリアはシュタントから目を反らしもせずに、塊から引き抜いた剣をまた突き立てる。


 ぐじゅり。粘着質な水音が、セリアの足下から聞こえた。


 なんの感情もうかがえないセリアの目が一瞬だけベンダーを捉える。大きく目を見開いて、少年は心底呆れた顔をした。右手は剣を握ったまま、添えていた左手を持ち上げてそっと頬に当てる。


「ベンダーったら、どうやって起きたの?後遺症の残らないギリギリの強さの魔法から自力で帰ってくるなんて、化け物のすることよ」


 言いながら、セリアは闇の精霊を呼び寄せ、眠りの魔法を編み始めた。そこに風の精霊が子守歌のメロディーを乗せ、大地の精霊がゆりかごの振動を付け足す。ダメ押しに本来相容れないはずの火の精霊と水の精霊が協力して、対象が心地よい温度へと自動調整する機能をつけて、完成。

 セリアでなければ、きっと途中で魔力切れを起こして倒れてしまうだろう。なにより、あれだけの精霊の力を借りられる精霊使いなんて世界中探しても他にいない。


(なんだよ、あれ!?)


 とんでもない魔法をかけられていたという事実に、今さらながらベンダーはぞっとした。これはなんとしてでもセリアを捕獲して、アマリリアの魔法を解かせなければ。


 不意に、完成していた眠りの魔法が霧散した。


 細かい粒子となったそれは、蛇のように空中を走り、シュタントとベンダーを避けてアルフォンスとジャクソンを眠りの国へいざなう。力を失い倒れたふたりに、ベンダーとシュタントは困惑した。


 原因と結果が結びつかなかったからではない。どうしてふたりだけに魔法をかけたのか理解できなかったからだ。


「ベンダー、お前はそこで見てなさい」


 セリアの声に反応するように、ベンダーの動きが止まった。どれだけ動かそうとしてもまるで体が動かない。注意して見ると、先程までセリアの傍にいたはずの闇の精霊が、四肢に絡みついている。

 どうやっているのかわからないが、背後から回ってきた腕?に口も塞がれる。


「皇帝陛下、あなたは、間違えたのです。間違いは正さなければなりません」

「セリア……ああ、私は、なにを間違えた」


(この期に及んでそんなことを……!)


 広大な帝国を治め、そこに属するいくつもの国をまとめ上げている男が漏らす情けない言葉に、ベンダーは動かせない腕に力を込めた。


「なにもかもを。マリエンは確かに光の加護を受けていますが、帝国中を守る結界を張るには、魔力が足りませんでした。わたくしを下ろして御しやすいマリエンを聖女にしたがった者の言葉に、あなたは耳を貸してはいけなかったのです。それに、わたくし別にアルフォンスと恋仲ではなかったのよ。そんなことを気にする前に、あなたは民の利益を考えなければいけなかったの。ずっとそうお伝えしていたではありませんか。滅私奉公をしろとは言いませんが、自分の贅沢より、家族より、民を想い、国を考えてくださいませと」


 シュタントは口うるさい乳母を前にした幼子のように、嫌そうな顔をした。きっと、生前のセリア・リーレンはこうして何度も楽な方へと逃げ出そうとする皇帝を諭してきたのだろう。見る者に自然とそう思わせる光景だった。


「それは……だが、私は……セリア、私を助けてくれ」


 シュタントの腕が、セリアの華奢な体にすがる。掴まれた左腕が肩から外れ、鈍い音をたてて床に転がった。


「――ッ!?」

「な……なん……」


 平然としているのはセリアのみだ。シュタントは腰を抜かしてセリアを見つめるばかり。ベンダーだって、精霊に口をふさがれていなければ叫んでいただろう。セリアの唇から「ああ……」と声に似た吐息が漏れる。


「そろそろ、騎士たちが来ますね。ベンダー、安心なさって。闇の精霊に力を借りた魔法は、日が昇れば全て解けますから」


 その瞬間、ベンダーは自身の中になにかが入り込んだように感じた。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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