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凶行の夜に②

 勝手口から外に出ると、ふたりの男がセリアを待っていた。ひとりは腕を組んで立ち、もうひとりは跪いている。


「そう、ずっと監視してたのね」

「もうじわげありヴぁせん、ぜりあさま」


 跪く男が、聞き取りにくく、舌足らずな口調で謝罪する。対して、立っている男は肩をすくめ、反省の色はない。


「ひとりですか。ベンダー・グラッドを巻き込むのはやめたので?」

「だって、失敗したらあなたはわたくしの首を落とす気でしょう?」

「……そんなことにならないためにベンダー・グラッドを巻き込むよう進言したのではないですか」

「せりあさま、わたくしめに、おまかせを」

「お前は少し黙っていなさい。どうしてこれを連れてきたのです?」


 丁子色の髪と黒に近い青い瞳を持つ男は、かつての侍従アルフォンスだ。


 ベンダーの殺害依頼を出した時に帝都付近にいるとは聞いていたが、まさか彼がアルフォンスを連れてくるとは思わなかった。たったひとり、協力者だと思っていた男に問うと、彼は虫けらを見るような目でアルフォンスを見て「盾代わりにはなるでしょう」と冷たく言い放った。彼の目は、風の加護を示す銀に近い灰色だ。


「くどいようですが、私が手伝えるのは城への侵入までです。その後は別行動ですから、あなたがベンダー・グラッドを連れてこない可能性を考えてこれを連れていくことにしました」

「酷い人ね」


 男がアルフォンスに向けるのと寸分たがわぬ表情で、セリアは彼をなじる。なじられた男の方は、笑いを噛み殺す。彼もまた、丁子色の髪をしていた。


「今さらでしょう。さあ、行きますよ姫君。今なら明後日のパーティーのための食材の搬入に紛れることができる」

「ええ、行きましょうか。イルデフォンソ卿」


 差し出された手に手を重ね、セリアは淑女がするようにイルデフォンソのエスコートに身を任せた。


 元々、イルデフォンソには、弟がふたりいた。七つ年下のセラフィズと、双子の弟エルナンディスと。


 シュレット王国では、双子は神の使いとされていた。曰く、最初に生まれた子はその両親の本物の子供であり、次に生まれた子は神の使いとしてやがて天に帰るのだと。双子が生まれた場合、上の子だけを残して下の子は神殿に預けるのが慣例だ。イルデフォンソとエルナンディスも、慣例通り生まれてすぐに引き離された。


 両親からなにも聞かされずに育ったイルデフォンソがエルナンディスと再会したのは、母がセラフィズを妊娠した時だった。

 つわりが酷く寝付いてしまった母の健康祈願に、イルデフォンソは足しげく神殿に通っていた。ある日、イルデフォンソは顔なじみの神官によってエルナンディスと引き合わされたのだ。優秀な神官見習いに育ったエルナンディスは、もうすぐ帝国の神殿で更なる修業を積むことになるからと。


 彼の気づかいは双子にとってはありがた迷惑でしかなかったけれど、ふたりはよく似た顔に困惑を浮かべて神官に礼を言ったことを覚えている。


 それだけだった。それきりになるはずだった。


 しばらくして、帝国へ行く途中、山賊に襲われエルナンディスは死んだ。死体はなかったという。


 その後すぐに祖父が亡くなり、転げ落ちるように家が没落して、生活するだけで精いっぱいになったこともあって、イルデフォンソはエルナンディスという弟の存在すら記憶から抜け落ちてしまった。


 思い出したのは、魔石病にかかったセラフィズを連れて、帝国へ向かっていた時だった。そういえば、エルナンディスはこの辺りで山賊に襲われたのだったか。そう思ったが、それだけだった。


 何度も死にそうになるセラフィズを抱えてなんとか帝国へ渡ったが、言葉もろくにしゃべれないイルデフォンソがつける職はほとんどなかった。彼は日払いの仕事をいくつも掛け持ち、合間に言葉を覚えた。計算は元から得意だったから、帝国の言葉を覚えてしまえば優秀な孤児の出来上がりだ。

 病気の弟を抱えているということも、善行が好きな貴族の自尊心をくすぐった一因だろう。とある公爵夫人の目に留まった彼は、公爵家の後見を受けて皇帝の補佐官になった。


 死んだはずのエルナンディスとの再会は、補佐官の面接を受けた後だった。帰りの案内をするように申し付けられた彼は、同僚からアルフォンスと呼ばれていた。苦労したのか随分面差しが変わっていて、一見してふたりが似ていることに気付く者はいなかった。しかし、かつて対峙した時と同じ、困惑に満ちた表情をイルデフォンソが見間違うはずもない。


 エルナンディス、と呼びそうになった兄をギッと睨みつけるアルフォンスを見て、イルデフォンソは唐突に理解した。


 アルフォンスは、イルデフォンソを憎んでいた。帝国へ向かう旅の途中、本当に山賊に襲われたのか、はたまたそのように装ったのか。今となっては分からないが、彼は生き延び、名を変えて皇帝の膝元に潜り込んでいた。もしかしたら、生家が没落したことを知っていて、妬み羨んでいたイルデフォンソよりもずっといい暮らしをしていると、内心得意に思っていたかもしれない。

 けれど、時を経てイルデフォンソはアルフォンスの前に現れた。公爵家の後見を得て、補佐官候補として。


(そっちがその気なら、こっちもお前の人生を奪ってやる)


 イルデフォンソの名前を先に奪ったのはアルフォンスの方だ。遠慮してやる気も義理もない。


 採用されてすぐ、イルデフォンソは皇帝に帝国風の名前を名乗りたいと伝え、さりげなくエルナンディスのことを伝えてみた。皇帝はイルデフォンソにたいそう同情し、エルナンディスの帝国読みを名乗る許可を出してくれた。


 こうして、イルデフォンソは新しい名前と身分を手に入れた。そう、フェルナンドという名と、弟が逆立ちしても手に入れることのできない、皇帝の補佐官という確固たる地位を。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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