凶行の夜に①
背の低いセリアがこの光景を直接見なかったのは幸いだが、アマリリアは少し気分が悪そうだ。
「家に戻ろう」
青い顔をしたアマリリアに肩を貸して、ベンダーはセリアの手を引いた。背後では、セルクルが次の罪人の罪を読み上げている。聞こえてくる罪状は、スリや器物破損など。本来なら首を落とされるような罪ではないものばかりだ。
「この国は、おかしい……どこの国だって、蛮族だってあの程度の罪で公開処刑なんてしない」
どうにか家までたどり着き、居間にありったけのクッションを敷いて寝かせたアマリリアは、服を脱ぎもせずにおとなしくされるままになっている。ぽつりとつぶやいた声は涙にぬれていた。
「……少なくとも、俺の知るシュタント陛下は賢帝だった。変わったのは、たぶん、正妃を迎えてからだ」
そう、シュタントは為政者として優秀な男だった。
各地の領主に無暗に重税を課すことを禁じ、空いた穴を埋めるために属国からの上納金を取って国内の安定と反乱の芽を摘むことを同時に行って見せた。私腹を肥やしたい貴族たちをうまくいなし、適度に発散させるために年に何度もパーティーを開いて。けれどもそれを決して平民から追加で徴税することはなかった。
素晴らしい皇帝だったのだ。少なくとも、ベンダーの知る限りでは。
拳を握りしめるベンダーとアマリリアの前に茶を置いて、セリアはゆるゆると首を振った。
「昔から、皇帝は傀儡だった……って、じーちゃんから聞ぃた、よ?」
思わず漏れた言葉だったのだろう。口に出してからセリアはハッとして、慌てて取り繕った。
「傀儡って、だって、過剰な徴税を禁じたり、収穫期に人手を派遣したり、平民に寄り添った政策を取っていた陛下が、そんなわけ……」
「それは全部、リーレン公国が行っていた政策。『作物を育てるには、人が要る。でも、人は飢えれば動けない。人が動けなければ、作物を育てることはできない。だから、過剰な徴税を行ってはならない。それでも、仕事を持てない者は多い。一時だけでも仕事があれば、それを元手に努力する者もあるだろう。一時の仕事で才を花開かせる者もあるだろう。ならば、国庫から予算を組んで彼らを支援すべきだ。そうして、人が豊かになれば、国が豊かになる。豊かになれば、他国との貿易にも幅が出る。そうして世は回っていくものだ』というのが、リーレン公の教えだった」
「つまり、悪女セリアが皇帝陛下を操って善政を敷いていたと?」
「どうかな。公国のやり方がそのまま通用するわけではないし、いいことばかりではなかったと思う。でも、家族を、母国を取り上げた帝国に、リーレンのやり方を根付かせることができれば、知らぬ間に滅ぼした国のやり方に染まっていたと知ったら――皇帝は、貴族たちはどんな顔をするだろうか。そんなことばかりを考えてた」
それは、血を流させない復讐だった。湯気を立てるカップを両手で包み込むように持ち、遠い目をして語るセリアを見て、ベンダーは初めて、セリア・リーレンが帝国を恨んでいた可能性を考えた。
当時、シュタントの寵愛を得ようと必死になっているだけだと冷めた目で見ていた女は、実はベンダーが思うよりずっと思慮深く大きな存在だったのかもしれない。
「まるで、見てきたみたいに言うんだね」
ようやく気分が落ち着いて、アマリリアは体を起こした。急に体を動かしたせいでめまいがして、体勢を崩しかけたところをセリアが支える。間近に見た瞳が虹色にきらめいていることに気付いて、アマリリアは言葉を失った。
「セラ……?」
どれくらい見つめ合っていただろうか。不安そうなアマリリアに、セリアは静かに微笑む。
「僕は……」
セリアは一度口ごもり、うつむくとカップの縁を指先で軽くなぞった。やや経ってから少年は、覚悟を決めたように顔を上げた。
「僕は、ただのセラだよ。錬金術師オルタの養い子で、悪女の魔臓を移植されただけの、ただのセラ」
アマリリアが驚愕する。ベンダーもまさか、セリアがここで彼女に話すと思っていなかった。
歯を食いしばり、笑みを浮かべ続けるセリアの体から、じわりと魔力が漏れ始める。じわじわと霧のように広がるそれは、ベンダーとアマリリスの体にまとわりつき、力を奪う。
先に弛緩しきったベンダーが床に倒れ、その後セリアはアマリリアの体をクッションに横たえた。
「ごめんね、赤ちゃんに影響はないようにしたから」
意識を失ったアマリリアの頬をひと撫でして、セリアはベンダーに向き直る。彼の荷物から剣を取り上げ、セリアは「今までありがとう」とかろうじて意識を保っているベンダーの耳にささやいて出て行った。
帰宅した直後に剣帯ごと外して立てかけてあったベンダー愛用の両刃の剣は、セリアには大きすぎて逆に振り回されていたはずなのに。
「そんなものを持ってどこへ行くんだ」「危ないから戻ってこい」問いかける言葉も、引き留める言葉も、弛緩したのどからは出てこない。手を伸ばそうとしても、指先を痙攣させるのが精いっぱい。どうにか見上げた瞳は、在りし日のセリア・リーレンと同じ色をしていた。
「……っ」
なんと言おうとしたのか、なにが言いたかったのか。自分でもわからないまま、ベンダーは意識を手放した。
お読みいただきありがとうございます。
誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。




