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理不尽な夜②

グロ注意!

 セリア・リーレンは、リーレン公国の公女だった。


 両親と、年の離れた兄に溺愛され、セリアの世界の中心は自分だった。少々わがまますぎるきらいはあるものの、虹色の瞳を持つ特別な娘ということもあって、使用人からも愛されていた。


 この世に生まれるすべての人に、神は生まれながらの加護を与える。

与えられた加護は眼に宿り、一般的に青い瞳は水の、赤い瞳には火の精霊の力が宿るとされている。実際、魔法の適正は瞳の色に準じていることが多い。とはいえ、使える魔法は個人によって大きく異なり、魔力が多くてもかまどやランプの火力の調整のような生活魔法しか使えない者もいれば、少ない魔力を一撃必殺の技に込めて戦場で活躍する者もいる。

 魔法の適正と一口に言っても、属性、種類、威力と細かい分類がされている。ひとつの属性の魔法しか使えない者がほとんどの中で、ふたつ以上の属性に適性があるというのは奇跡のようなことで、歴史上もほとんど存在しなかった。


 そんな中、生まれながらにほぼすべての属性の加護を与えられ、虹色に輝く瞳を持つセリアは、特別な存在として三歳の時に神殿から聖女の称号を与えられた。


 セリアの髪は、生まれつき黒かったわけではない。元々は、父であるリーレン公譲りの白銀色だったそうだ。証拠に、生まれてすぐ描かれた肖像画の髪はやや癖のある白銀だ。成長に従って黒く染まっていったのは、闇の精霊の力が目から髪に移ったため。滅多にないことだが、史上初めてのことでもない。この珍しいエピソードもあって、幼い聖女セリアは無敵のお姫様だった。


 十二歳の時、セリアは乞われてシュタントの側妃となった。ミレーネ神聖帝国の皇帝は、血腥い噂の絶えない人物だった。父と三人の兄を毒殺し、母と姉を修道院に幽閉したと噂されていた。実際とは異なる噂を払拭するために、聖女の肩書きを持つ妻が必要だったらしい。最初は、セリアを正妃にという話だったのだが、年齢差を理由に側妃に降格させられた。


 シュタントからすれば、子供に子供を産ませるのはしのびなく、いずれ彼女を据える予定で正妃の座を空席にしておけば問題はないと思っていたのだが……リーレン公国側はそうは思わなかったらしい。抗議してきた彼の国をつぶしたのは、帝国に属する国々だった。


 北大陸一の大国であるミレーネ神聖帝国は、何代もかけて他国を併呑し、統一してきた歴史がある。リーレン公国もそのひとつで、彼の国で作られ、帝国に献上される絹織物は様々な国がのどから手が出るほど欲しがる一品だった。元々、綿花や絹織物を主な産業としていて、広大な国土を持つわりに食料自給率が低かったリーレン公国は、補給路を断ってしまえば簡単に陥落した。リーレン公とその親族は皆処刑され、残ったのは聖女であったセリアだけ。いかなる国も聖女には手を出せないという神殿法に則って、彼女だけは殺されることはなかった。だが、この時点で、セリアが側妃から正妃に繰り上がる可能性はついえた。


 聖女ではあるが、まだ幼く保護が必要だったセリアから側妃の位を取り上げなかったのは、ひとえにシュタントがセリアを妹のように感じていたからだ。そして、十分子が望める年になった今、彼女との婚姻無効を申し立てたのは、セリアが侍従のひとりと想いあっているという噂があったから。



 シュタントは、ただ、彼女の幸せを願っただけだったのに……。




「どうしてこうなった……」


 セリアの私室で、シュタントは呆然と立ち尽くした。この部屋のすべては、セリアの好みで揃えられていたはずだ。ひよこのような淡い黄色のカーテンも、座り心地の良い白いソファに置かれたピンクや水色、緑のクッションも全部淡色で。精霊使いだった彼女は、すべての属性の精霊に愛されていた。彼女もまた、彼らを愛していて、部屋の中は精霊たちの好む様々な色で溢れていた――はずだった。


 カーテンは引きちぎられ、半分床に落ちていた。


 クッションは切り裂かれ、中にたっぷり詰め込まれていた水鳥の羽が部屋中に飛び散り。


 闇の精霊は濃い色を好むからと選んだ黒い上掛けは慌てて跳ねのけられたように乱れている。


 枕元に置かれていたぬいぐるみたちは、誕生日に家族がくれたと大事にしていたもの。リーレン公国が消えた後は、シュタントが毎年自ら選んで贈っていた。大切にされていたそれらが、投げ捨てられたように床に転がっている。


 そのすべてに、点々と赤黒い染みがついている。


 柔らかい茶色の絨毯は黒く染まり、その中心に艶を失くした黒髪が広がっている。開かれた目はすでに光を失い、彼女がすでにこと切れていることを知らしめた。彼女の傍には、黒に近い青の瞳を見開いて、零れ落ちる涙をぬぐいもせず座り込む侍従の姿があった。



 変わり果てた……という言葉も生ぬるい。



 あちこちに切りつけられた痕の残る遺体は、戦場で凄惨な遺体を見慣れた兵士が思わず目を背けるほどだった。


 首の太い血管を切りつけられて失血死したのだろうというのが医師の見立てで、顔や手の傷は抵抗の痕跡だそうだ。胸から腹にかけて切り裂かれ、内臓を探られたあとがあるのは、セリアと同じ精霊使いによれば体内にある魔臓――魔力を作り貯める役割の臓器を奪われたのだろうとのことだった。

精霊使いの魔臓は、精霊の加護が強い。特にセリアはいくつもの加護を同時に受けていた。もしも手に入るのなら、国ひとつ以上の価値がある。全魔法使い垂涎の品だ。


「あなたの、せいだ……」


 泣きながら、侍従がシュタントを睨む。ゆらりと立ち上がった彼はすぐさまシュタントの護衛に取り押さえられたが、憎しみのこもった目と、言葉は誰にも抑えることができなかった。


「あなたのっ、皇帝の庇護を失ったから!聖女の地位を取り上げたから!だからセリア様は殺されたんだッ!」


 護衛から逃れようと藻掻いて、侍従はなおも言葉を続ける。血を吐くような叫びは、そのまま氷の刃に変わりシュタントへと向かってきた。


「どうして警備を外した!侍女を外した!誰かいてくれたら……せめて、人がいる部屋にもっと近ければ、セリア様は助かったかもしれないのに!」

「やめなさい、アルフォンス!不敬ですよ!」


 咄嗟に、補佐官のフェルナンドが魔力で風を操りシュタントを庇うが、うまく精霊に力を借りられず、渦巻く風の盾は数度の攻撃でもろくも崩れた。ハッとして、フェルナンドは周囲を見回す。


(風の精霊が助力を拒んだ?)


 フェルナンドの魔力だけでは、威力も適性も生活魔法に毛が生えた程度のものしか扱えない。それでも有事の際には最低限身を守れるよう、精霊の力を借りた防御は学んでいた。だが、まるきり力を貸してくれないなんてことは、今まで一度もなかったのに。


「何故……」

「フェルナンド?」


 よくよく目を凝らせば、アルフォンスの傍に何体もの精霊が、彼と同じ表情でシュタントを睨みつけていた。彼らは人の言葉を解すが、話せない。それでも、本来力を貸すはずのない属性の精霊たちすらアルフォンスに味方している。加護に従い、フェルナンドに力を貸してくれるはずの風の精霊すら。


(終わった……)


 シュタントが、ではない。ミレーネ神聖帝国が。皇帝シュタントは精霊に見放された。国外に漏れれば、今まで属国として従ってきた連中は喜んで掌を返すだろう。いや、その前に内乱が起きるかもしれない。


「陛下……」


 シュタントと同じ考えに至り、フェルナンドが青い顔で主を呼ぶ。血の気の下がった頭を振って、シュタントはなんとか口を開いた。


「アルフォンスを、拘束せよ」


 彼に鎮静剤を処方すること、セリアの遺体をできるだけ綺麗な状態に復元し、丁寧に葬ることを命じて、シュタントは彼女の部屋を後にした。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字など教えていただければ喜びます。

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