理不尽な夜①
床に倒れ込んだ少女を、セリアは冷めた目で見下ろした。
「なにを偉そうに。わたくしに意見できるのは陛下だけだと何度言ったらわかるのよ!」
足下に転がるの少女はマリエンと言い、マーシェン辺境伯の末娘だ。青緑色の髪に、金茶色の瞳の、可愛らしい娘だ。対して、セリアは射干玉の黒髪に、キラキラと虹色に輝く瞳をしている。眦が吊り上がった目元は少々きつい印象を与えるが、左右対称と言っていいほど整った造作はどこか人形めいている。
だが、化粧で誤魔化してはいるが、頬に散ったそばかすは、「もう少しどうにかならないのか」と夫である皇帝にも言われたほど濃く目立つ。セリアにとって、マリエンのシミひとつない白磁の肌は嫉妬の対象だった。
「ですが、その色は……」
「うるさい!」
マリエンは正しい。いつも、そう。
今日だって、直系の皇族だけが身につけることを許された紫を勝手に取り入れたセリアに親切心から忠告してくれただけ。
良心的で優しい、性善説を地で行くような娘に、自分の醜さが浮き彫りになるような気がして、セリアの心はなおさらささくれ立つ。マリエンと一緒に入場することになったことすら不愉快なのに、皇帝がエスコートするのは側妃とはいえ妻である自分ではなくたかだか辺境伯の娘であるマリエンなのだ。
(ひとりっきりでどうしろって言うのよ)
皇帝とファーストダンスを踊れなければ、今日のセリアは壁の花確定だ。せっかく、自分の価値が認められはじめたところだというのに。
入場の順番を待つ間も、セリアのいら立ちは止まらなかった。皇帝がマリエンを庇ったせいで、いや増した気すらする。
「シュタント国王陛下、セリア妃殿下、マーシェン伯ご令嬢マリエン様ご入場でございます!」
張り上げた侍従の声に、会場がざわめく気配が伝わってくる。楽し気に顔をゆがめた皇帝――シュタントがマリエンの背中を押し、セリアはふたりの一歩後ろから入場した。
お定まりの挨拶の間、セリアはいつもと同じようにただ黙って立っていた。皇帝が立っているのに、側妃に過ぎない彼女が座っているなどあり得ないから。
「マリエン、こちらへ。ここで、ひとつ重大な発表がある」
話の最期に、シュタントは付け足した。壇の下に控えていた教皇が、重そうな腹を抱えて壇上へ上がる。マリエンを挟んで三人は一直線に並んだ。
「ミレーネ神聖帝国、および神殿は、マーシェン辺境伯が三女マリエンを聖女と認定し、私、シュタントの正妃とする。同時に、側妃セリアの聖女の地位剥奪と、婚姻を白紙とすることも併せて表明する」
決して大声を張り上げたわけではない。だが、静かなシュタントの声は、拡散の魔法で会場全体に届いてしまった。
「なん……ですって……?」
事前に相談も報告もなかったその内容に、セリアはよろめいた。シュタントはちらりとセリアに視線を向けたが、そのまま彼女を壇上に残し、マリエンと共に広間でダンスを始めた。ひとり残されたセリアは、信じられない気持ちで楽し気にステップを踏むふたりを見つめる。広間から届くひそやかな嘲笑が、セリアがそれまで築き上げてきたものすべてが音を立てて崩れ去ったことを知らしめた。
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