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普通じゃない普通の幸せ

 深夜、どうにものどが渇いて、ベンダーは体を起こした。隣のベッドではセリアがすやすやと眠っている。できるだけ音をたてないよう、そっとベッドを抜け出し階段を下りる。居間には、ろうそくの灯りがともっていた。


「起きてたのか。水もらうぞ」

「お好きに」


 ベンダーたちが客室に引っ込んだ後、夫婦は晩酌をしていたらしい。ラグにあぐらをかいたジャクソンの膝枕で寝息をたてるアマリリアをちらっと見て、ベンダーは水瓶の水をコップに汲んだ。一気に飲み干して、ほっと息を吐く。その背に、ジャクソンは潜めた声をかけた。


「坊やはちゃんと眠れてる?」

「ああ、ぐっすりだ。助かったよ。お前が道化を演じてくれて」

「お安い御用。金髪が怖いと言われた時はどうしようかと思ったけど、別に俺が怖いわけじゃないんなら警戒はとけるかな……と」


(お前はお前で怖いらしいけどなぁ)


心の声は面に出さず、ベンダーは口元だけで小さく笑った。別の意味で警戒されたことも口には出さないでいてやる。


「それにしても、女房のその恰好どうにかしろよ」


 なにしろ隠さなきゃいけないところが全部出ているのだ。いくらアマリリアが女性的でないとしても、性別を知ってしまえば目のやり場に困る。


「これでも今日は、客がいるから着込んでるんだよ。普段は外に出る時以外は腹巻一枚だ」


 着込んでそれかとベンダーは頭を抱えた。どう考えても着込むものが間違っているし、隠さなきゃいけない大事な場所は他にある。

 ジャクソンはイタズラっ子のような、宝物を見つめるような目を妻に向け、柔らかな赤毛を指で梳いた。


「ボルドの妊婦は、家の中じゃ腹巻一枚で過ごすのが伝統なんだと」

「知らなかったな」


 妊娠しているのか。そして、わかっていながらお前は長時間膝の上に座っていたのか。


 ベンダーは毛虫でも見るような目をジャクソンに向け、それからあまりにかわいそうなアマリリアに同情の目を向けた。


 ベンダーは長い旅の中でボルド公国にいたこともあるが、ボルドの民は閉鎖的で警戒心が強く、よそ者を歓迎しない。居心地の悪さに、わずかの期間滞在しただけでボルト公国を離れた。もう十年以上前の話だ。


「一応、無理やり連れてきた自覚はあるからな。アマリリアがそうしたいと言うなら、生活全部をボルド流にしたっていい」


 ジャクソンの言葉に反応するように、アマリリアがうっすら目を開けた。寝ぼけているらしい彼女は、髪を撫でるジャクソンの手に頬を擦り付け、再び眠りの世界に落ちる。その様子を見て、夫婦として過ごすうち、アマリリアにもジャクソンに対する情が生まれていたことをベンダーは知った。


 長く過ごせば、最初は無関心だった相手にも情は湧く。それが、のどに刺さった魚の小骨のように、心に小さな傷を残していた相手ならなおさら。


 セリアを止めるべきか否か。いっそ全部なかったことにして放り出してしまおうか。いいや、それだけはするまい。


 さまざまな葛藤が、泡のように浮かんでは消える。


 先程見たセリアの寝顔は穏やかで、とても復讐をもくろんでいるようには見えなかった。ざわつく気持ちを抑え込み、ベンダーはせめて一時でも、セリアを心から楽しませようと祭の間の計画をジャクソンと相談するのだった。


お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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