ジャクソン家は普通じゃない①
ベンダーの元同僚はジャクソンと言って、現在の主席騎士だという。細身だが魔力が多く、魔法を剣にまとわせた戦い方をすることで知られている。ベンダーとは同期で、ベンダーが騎士団を辞する前は、十人程度をまとめる班長を任されていた。
「あの男、まだ騎士団にいたのね」
マリエンに傾倒し、彼女に辛く当たるセリアを睨みつけていた不愉快な男。思い切り嫌な顔をするセリアの頭を、ベンダーはゆっくり撫でる。
「あれで、敵以外には気のいい男なんだ」
「面倒見がいいのは知っているけれど……」
城でセリアに与えられていた部屋は、風向きで演習場の声が聞こえてくることがあった。
ジャクソンは厳しい訓練に音を上げる新人を叱咤し、訓練後は泣き言に真剣に耳を傾けて。確かな信頼関係で部下をまとめ上げていたことは知っている。ただ、セリアが彼に認められなかっただけだ。
「怖いよ。いつ殺されるかってずっと怖かったんだ」
きゅっとベンダーの服の裾を握って、セリアは俯いた。見下ろすつむじが、いつもより元気がないような気がして、ベンダーは困る。こういう時、どんな反応をするのが正解なのか。
いつからかセリアは貴族らしい言葉遣いをすることが減った。時々交じるスラングは、下町の子供が使うそれだ。セラフィズの知識なのか、オルタが教えたのか。
「グラッドにいた時みたいにしてりゃバレないだろうさ」
「そうだね……」
言葉だけは納得したようなものだったが、そういうことじゃないんだけど、と言ったようにベンダーには聞こえた。
「よお、そいつがセラか!」
「……はじめまして」
自宅前で待っていたジャクソンの態度は、セリアが危惧していたようなものではなかった。ジャクソンは記憶にあるより年を取って皺は増えていたが、セリアに向けた態度は、昔部下に向けていたような頼れる兄貴分のそれだった。恐怖からセリアはベンダーの陰に隠れる。
「あれ、嫌われたか?」
「人見知りしてるんだろ。お前デカいからな」
「お前にだけは言われたかないな」
短い金髪をくしゃりとやって、ジャクソンは理不尽なことを言うベンダーの肩を叩いた。確かに、ベンダーにだけは言われたくないだろう。ジャクソンの体は、騎士としてまんべんなく鍛えられてはいるものの、厚みはベンダーの方がはるかにある。鍛錬と実践の差だろうか。
「グラッド領に、金髪の騎士様はいなかったから」
もそもそと言い訳すると、ベンダーとジャクソンはきょとんとして顔を見合わせた。
「そうなのか?」
「いなくはないが、ひとりふたりじゃないか?セラが見なかったってことは兄貴に剃られたんだろうな」
初耳だ。
屈強な騎士たちの中に数人頭がつるつるの人がいたのは、もしかしなくてもラクサの仕業だったのだろう。
どこまでも生真面目な次期辺境伯殿は、規律違反の罰として数ケ月間の剃髪を命じている。中には癖になってしまいそのままスキンヘッドでい続けるものもいるというから恐ろしい。
「それにしてもお前、金髪が嫌いだったのか?」
体をひねって顔を覗き込もうとするベンダーに、いやいやするようにセリアは首を横に振る。
嫌いなのではない。怖いのだ。
長くオルタとふたり、スバリー森林の奥で息をひそめて暮らしていたセリアが、ひとりになった原因が、どこかの国の金髪の騎士だった。
ある日、セリアはオルタに頼まれて薬草を採りに出かけた。解熱剤の原料になる薬草は、珍しいものではないが根っこごと採るために地面を掘らなければならない。腰の悪いオルタには辛い作業だったので、いつもセリアが採取していた。
まるで、セリアがいない隙を狙ったようにやってきた騎士は、無言でオルタを切り殺し、家に火をつけた。
セリアは騒ぐ精霊たちの目を通して、凶行を目の当たりにしたという。風の魔法で届けられたオルタの最期の言葉は、「戻るな、逃げろ」だった。その時すでに家の傍まで戻っていたセリアの目に映ったのは、燃え盛る家とそれを満足げに見つめる金髪の騎士だった。
セリア自身気付いていなかったが、どうやらセリアにとってオルタの死は強いトラウマになっていたらしい。目の前のジャクソンが犯人ではないことは分かっているが、セリア・リーレンの記憶と相俟ってとても恐ろしい存在に感じる。
「じーちゃん、殺したの、金髪の騎士、だった」
どうにかこうにかそれだけ伝えると、ベンダーの服を強く掴んで、大きな背中に顔をうずめる。
「まじかよ……聞いてないぞ」
「参ったな。騎士団のやつらはほとんど独身寮にいるし、既婚者で部屋が余ってんのなんてうちくらいなのに」
ベンダーは途方に暮れ、ジャクソンは二階建ての自宅を見上げて唸った。
夫婦だけで暮らすには少し広い家は、将来子供が増えることを見越して建てたらしい。結婚が遅かったから金銭的に余裕があったことも幸いして、下手な宿屋より設備も整っているそうだ。
セリアは何度か深呼吸して声を出した。
「だいじょうぶ、です。ビックリしただけ。ごめんなさい、ジャクソンさん。自分で思ってたより、じーちゃんのこと根に持ってたみたい」
別に彼らを困らせるつもりではなかったのだ。ただ、セリア自身も自分の反応が予想外で、少し混乱してしまった。ベンダーの服を掴んだまま、セリアが青い顔で笑いかけると、ベンダーもジャクソンも痛まし気な顔をした。
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