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セラフィズの生い立ち

 セラフィズの育った家庭は、子供ふたりの稼ぎでどうにか食べていける程度の環境だった。


 祖父の代までは貴族だったらしいが、なにがしかの理由で没落し、セラフィズは生まれてすぐから平民以下の生活を送っていた。かつての栄華を追い求める両親と違い、セラフィズと兄は現状に満足していた。


 もちろん、たまにはご馳走だって食べたいし、新しい服や靴が欲しくなる時もある。当時のセラフィズにとって一番の贅沢は、稼いだ金をコツコツ貯めて買うチーズパンだった。


 セラフィズが倒れたのは、十歳の誕生日。


 セラフィズにとって、誕生日は一年で一番特別な日だった。


 無関心な両親に代わって、近所の人が「おめでとう」と声をかけてくれる。いつもチーズパンを買うパン屋のおかみさんは、少しだけ分厚くパンを切ってくれるし、野菜売りのお姉さんが売れ残りの果物をくれる。大工のおじさんが手慰みに作ったおもちゃをくれたこともある。


 もちろん、兄も祝ってくれる。兄は少ないお金をやりくりして、毎年お肉を食べさせてくれた。小さな屋台の一番安い焼き鳥一本だったけれど、大好きな兄が毎年自分のために用意してくれる、その一本は、セラフィズにとってこの上ないご馳走だった。


 今年も同じだと、疑ってもいなかったのは誰もが同じだ。


 突然、高熱が何日も続いた。同時に、うずくようなみぞおちの痛みを感じて、それは押さえると悲鳴を上げるほどだった。

 熱冷ましの薬湯も、痛み止めの薬草も全く効かず、セラフィズは生死の境をさまよった。ようよう兄がツケで診てくれる医者を引っ張ってきたとき、セラフィズの魔臓はもうほとんど役割を果たさない状態だった。


 それから兄は、死に物狂いで働いた。弟を捨てようと目論む両親を逆に捨て、ミレーネ神聖帝国に渡った。


 いくつもの仕事を掛け持ちして、何年もかけてようやく、帝国の神殿医の診察を受けられる状況を作り出した。


 ところが、世界一と名高い神殿医たちをもってしても、魔石病は治せない。


 どうにもならない現実に打ちひしがれる兄に、「周囲に内緒で治療をしてやろう」と神殿医のひとりが囁いたのだ。自分ならセラフィズを治療できる。そのために必要なのは、たくさんの精霊に愛される新鮮な魔臓だ……と。


「そりゃ、まるきり妃殿下の……」

「ええ。兄はわたくしを殺し、魔臓を得て、その足でくだんの神殿医の元へ向かったわ。そうして、わたくしの魔臓はセラフィズに移植された」


 つまり、今こうして話しているセリアは、セリア・リーレンの魔臓に宿っていた記憶や人格の欠片ということか。


 ところが、セリア・リーレンの魔力に、セラフィズの体の方が負けてしまった。長年、蜘蛛の糸のように細々と巡らすだけだった魔力回路に、いきなり大量の魔力が流れた結果、拒絶反応を起こした手足は腐り落ちた。


 兄をそそのかした神殿医は、生きながら腐っていく体に恐れをなして、動けないセラフィズを神殿から離れた場所に捨てたのだ。兄にはどのように言い訳したのかは知らないが、きっと言いくるめられてしまったのだろう。


 ゴミにまみれて転がるセラフィズを拾ってくれたのは、たまたま通りかかった錬金術師の老人、オルタだった。稀代の錬金術師と呼ばれていた彼に拾われたのは、本当に運が良かったとしか言いようがない。


 オルタは事情を聴き、すぐさまセラフィズに老化を遅らせる魔法をかけた。元々、魔石病の影響でセラフィズの成長は止まっていた。必要ないと言うセラフィズに、オルタは丁寧に説明してくれた。

オルタの生まれたマクラーデン王国は医術の進んだ国で、一部の病に対し、老化を遅らせる魔法をかけることがある。体の代謝をゆっくりにして、病気の進行そのものを遅らせるそうだ。この方法は魔石病にも有効で、主に移植を待つ子供に行うのだとか。


 そのうえで手足を切って断端を作る手術と、魔法で本物の手足と同様に動かせる義肢を与え、将来のことを考えてセラフィズ自身にも作り方を覚えさせた。


 オルタと暮らすうち、セラフィズとセリア・リーレンの意識や記憶は共有され、ひとつの体にふたつの心を持ついびつな存在が出来上がった。けれど、セラフィズは表に出ることはほとんどなく、魂の回復のために眠っていることが多いらしい。


 オルタに教わったのだが、魔石病は体のみでなく魂にまで影響を及ぼす。セリア・リーレンの意思が強いことも関係しているだろうが、セラフィズが眠っているのはそれだけ魂が傷ついている証なのだとか。


「それで、セラフィズの兄ってのは一体誰なんだ?」


 荒唐無稽な話に「信じられない」という言葉をどうにか飲み込んで、ベンダーは尋ねた。

 セリアは珍しく迷うように視線をさまよわせ、やがて燃える炎をじっと見つめた。パチッと音をたてて巻きが爆ぜる。セリアの瞳に映る炎がゆらゆら揺れた。寒くもないのに震える唇は、長く迷っていたが、やがて迷いを振り切ってその名を口に出した。


「兄の名前は……イルデフォンソ、といったわ」


 ベンダーの脳裏に、ひとりの男の顔が浮かんだ。


 シュレット王国は、マクラーデン王国と隣り合っており、この二国は特殊な言語体系を持っている。帝国とこの二国では、同じ綴りでも名前の呼び方が随分と変わるのだ。

 セリアはセラ、ベンダーはバルドゥスというように。錬金術師オルタは、故国ではアルタスと読むそうだ。


 イルデフォンソは……帝国では、アルフォンスとなる。



お読みいただきありがとうございます。

誤字脱字などありましたら教えていただけると喜びます。

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