表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/204

095 解析


矢を、つがえ直した。


ソールが戦槌を振りかぶった。

エルナが両手剣で、戦槌の柄を横から打った。

鈍い金属音が響いた。

ソールの戦槌が軌道を逸らされて、地面に叩きつけられた。

地面が揺れた。


「**おい、銀髪!! 邪魔だ!!**」

「**邪魔するのが仕事**」


エルナの両手剣が、戦槌の頭を上から踏みつけた。


ソールの右足が、軽く沈んだ。

力比べになった。

エルナの腕が震えた。

紫ランクでも、ソールの膂力には押し負ける。


——加勢する。


俺は矢を放った。


距離、四十歩。

標的、ソールの右肘。


指が離れた。


——空気を切り裂く音。


矢羽根が、肘の関節の内側に生えた。


「**ぐっ?!**」


ソールの右腕が、わずかに痺れた。

戦槌が、ぐらりと傾いた。

エルナが両手剣を戦槌の柄から離して、ソールの胴に横薙ぎを入れた。


刃が、鎧の隙間に走った。

ソールの腰から、血が垂れた。


「**……銀髪、お前、本気か?**」

「**最初から本気**」


エルナが両手剣を、肩に担ぎ直した。


ソールが後ろに、二歩引いた。

血が地面に、点々と落ちた。


——傷は、浅い。


俺の頭の中で、ソールの体力残量を軽く見積もった。街での戦闘でも、ソールはこれくらいの傷では止まらなかった。あの時より、今のほうがエルナのリーチが届いている。それは、ソールが街での戦闘の傲慢を、まだ捨てていないからだった。


「**おい、ヘルム!! お前、いつまで後ろで見てんだ!?**」


ソールが後ろに振り返って、怒鳴った。


——ヘルム。


俺の頭の中で、その名前が書き留められた。フードの男の名前。仲間か、相棒か、部下か。少なくとも、ソールは奴を、ヘルムと呼ぶ。


ヘルムが後ろから、声をかけた。


「**ご主人、出血量は許容範囲です**」

「**当然だ!**」

「**ですが、巫女と岩陰、注視を**」

「**お前、しつこいな!**」

「**……職務です**」


ヘルムが半歩、前に出てきた。


フードの中で、視線が岩陰の方に流れた。

ヘルムの腰の角笛が、軽く低い音を立てた。


「**ガラルホルン、解析、継続**」


(exec.analyze --target=shrine_maiden --depth=deep)


「**了解、ご主人。記録、保存、継続**」


(exec.record --mode=continuous --buffer=full)


ヘルムが腰の装具に、声をかけた。装具の方も、半人格の礼儀正しい声で、答えた。ガラルホルン、というのがその装具の名前らしい。ファーファみたいな相棒、というやつだろう。


ヘルムは戦闘していなかった。観察と解析だけ。これが、こいつの本職らしい。


——ヘルムの解析を、止めなきゃならない。


俺の頭の中で、戦術が更新された。


ヘルムが岩陰のユミルを解析し続ければ、敵側にユミルの本当の出力が知られる。これは、まずい。王宮の「巫女設定」で、こちらが意図的に作った誤認の幕が剥がれる。


「ルーク!」

「ん!」

「ヘルム、足、止めろ!」

「了解!」


ルークが長弓を、引き絞った。


矢が、ヘルムの足元の地面に突き刺さった。


ヘルムが足を、止めた。


「**ご主人、足元、警告射撃です**」

「**だな**」

「**……兄弟二人、長弓、確認**」

「**ガキ二人、上等じゃねえか**」


ソールが笑った。


ヘルムがフードの中で、軽く視線をルークの方に向けた。


「**……解析、対象を追加**」


(exec.analyze --target=archer_elder --depth=skill)


ヘルムの声が、低く続いた。

ガラルホルンが、軽く応じた。


「**了解、ご主人。長弓、解析、開始**」


(exec.scan --target=longbow --pattern=draw_release)


ヘルムが視線で、ルークを追った。


ルークが矢を、もう一本つがえた。

ヘルムがその動作を、フードの中で軽く目で追った。


——解析されてる。


ルークの動作の、肘の角度、矢の握り方、足の踏み込み。それらが、ヘルムの目の中でデータになっていく。


ルークが放った。


ヘルムが半身で、軽く躱した。


——解析、進む。


俺は息を、吐いた。


「ルーク、矢、無駄になる!」

「だな!」

「弓、引くだけにしろ!」

「了解!」


ルークが矢をつがえたまま、引かなかった。

ヘルムが、ルークの動作の解析対象を失った。


「**……対象固定、解析停止**」

「**ふん、賢いな、ガキ**」

「**……兄弟、判断的確**」


ヘルムがルークから、視線を外した。


そして、もう一度岩陰の方を見た。


——ユミルに、戻った。


俺は矢を、つがえ直した。


「ルーク、ヘルム、無視で」

「うん」

「俺、ユミルの方、行く」

「了解」


俺は岩陰の方に、走った。

途中で、矢を一本ヘルムの足元に撃った。

ヘルムがまた、足を止めた。


俺は岩陰の入口で、ミラとシオンの間に立った。


「ミラ、シオン」

「うん」

「ヘルムが、ユミルを、解析してる」

「分かる」

「止めたい」


ミラが短剣を、握り直した。

シオンが杖の先に、魔力を集めた。


「ファーファ」

「**ニャ?**」

「お前、伏せろ」

「**伏せてるニャ**」

「もっと、深く」

「**……了解ニャ**」


ファーファがユミルの胸の上で、平たく伏せた。

ファーファの背中のわずかな魔力の漏れが、岩陰の影に紛れた。


——隠し切る。


俺はユミルの、横顔を見た。

ユミルの目が、薄く開いていた。

口が、軽く動いた。


「**……リン様**」

「ん」

「**……ヘルム、解析眼**」

「分かってる」

「**……長く、見せると、まずい**」

「だよな」

「**……隠す、必要**」


ユミルの声は、薄かった。

でも、判断の方向は明確だった。


「お前、隠せるか」

「**……出力、絞ります**」

「絞れる?」

「**……絞ります、極限まで**」

「分かった」

「**……でも**」

「ん」

「**……粘られると、面倒、です**」


ユミルが軽く、目を伏せた。


「**……解析を抜けないと、向こうも引き下がれません**」

「だな」

「**……ヘルム、報告、する**」

「分かる」


俺は息を、吐いた。


ヘルムの解析が空振りで終わっても、奴は「分からなかった」を報告する。それは、それで敵側に、警戒の種を撒くことになる。これは、もう避けられない。


「ユミル」

「**……はい**」

「ヘルムは、生かして、帰す?」

「**……判断、難しい**」

「殺すか」

「**……できるなら**」

「やる」

「**……でも、お願い**」

「ん」

「**……ブレス、使わないで**」


ユミルが目を、軽く開けた。

真っ直ぐに、俺を見ていた。


「ここ、遺跡の、近く?」

「**……はい**」

「ブレス、駄目」

「**……はい**」

「お前、撃てない」

「**……撃ちません**」

「俺たちで、なんとかする」

「**……はい**」


ユミルが、薄く頷いた。


俺は立ち上がって、岩陰の入口に戻った。


戦闘は続いていた。

エルナとソールが、剣戟を繰り返していた。

ルークは長弓を構えたまま、ヘルムの動きを視線で追っていた。


「シオン」

「はい」

「あんた、神聖魔法、ヘルムに、効くか」

「種類によります」

「効く可能性、ある奴」

「光属性なら」

「使えるか」

「使えます。ですが」

「ですが?」

「私の杖、消耗、激しい」

「いいよ、使え」


シオンが頷いた。

杖の先に魔力が集まり、白い光が芯を持った。


俺は矢を、つがえた。


「シオン、合図したら」

「了解です」

「ミラ」

「うん」

「お前、影で、ヘルムの、後ろに、回れるか」

「やってみる」

「無理するな」

「了解」


ミラが短剣を、逆手に持ち直した。低い姿勢で、岩陰から滑り出た。岩の影、丘の窪み、それらを繋いで、ヘルムの背後に回る。

情報屋の影歩き。

これも、ミラが王都で磨いてきた癖だった。


——三方向、囲む。


俺の頭の中で、戦術が組み上がった。


俺、正面から矢。

シオンの神聖魔法、左から。

ミラの短剣、後ろから。


ヘルムはフードの中で、視線をこちらに戻した。


「**……ご主人、対象が戦術変更**」

「**おう?**」

「**……三方向、包囲の構えです**」

「**ガキども、本気だな!**」

「**……お気をつけを**」


ヘルムがフードの中で、軽く肩をすくめた。


——既に、解析されてる。


俺の頭の中で、警報が鳴った。


ヘルムはこっちの戦術を、組み上がる前から解析していた。三方向の包囲は、すでにヘルムの中でデータになっていた。これが、解析チートの本領だった。


「シオン、合図!」

「了解です」

「ミラ、突っ込め!」

「了解!」


俺は矢を、放った。


距離、五十歩。

標的、ヘルムの肩。


——空気を切り裂く音。


矢が、ヘルムの右肩を狙った。


ヘルムがフードの中で、半身を軽く引いた。

矢が、フードの肩布を掠めた。


「**……予測、的中**」

「**当然だな!**」


ヘルムが躱した。


シオンの杖の先から、白い光が走った。


光の矢が、ヘルムの胴を狙った。


ヘルムがフードの中で、首を軽く傾げた。

光の矢が、ヘルムの胴の半歩横を抜けた。


「**……神聖魔法、軌道、予測済**」


ヘルムが、躱した。


ミラがヘルムの後ろに、回り込んでいた。

短剣の刃を逆手から、ヘルムの背に走らせた。


ヘルムが半身を、軽く回した。

ミラの短剣が、ヘルムの脇腹の布を掠めた。


「**……後方、短剣、確認**」

「**……職人です**」


ヘルムがミラの方に、軽く視線を向けた。

それから、ミラの短剣の軌道をフードの中で追った。


「**……ご主人、短剣の軌道、上下、確定**」

「**だな!**」


ヘルムがミラの短剣を、二発目で肘で軽く弾いた。


ミラが、半歩引いた。


「あ、こいつ、強い」

「**……礼儀には、礼儀で**」

「ふん」


ミラが短剣を、構え直した。


——三方向、全部、躱された。


俺は矢を、つがえ直した。

息を、軽く吐いた。


ヘルムの解析は、戦闘に入る前から始まっていた。

俺たちの動作の癖、武器の角度、踏み込みの深さ。

それらが、ヘルムの目の中でデータになっている。


——hoge、撃つしかないか。


俺の頭の中で、その判断が形を取り始めた。


ヘルムの解析は、合理の極みだった。

合理を合理で超えるのは、難しい。

合理を超えるのは——奇跡。


俺は矢筒から、矢を一本抜いた。

普通の矢。

鏃も、普通。


頭の中で、コマンドラインを組み立てた。


(exec.arrow_ignite --power=small --trajectory=hoge --frequency=hoge)


俺は矢を、つがえた。


「hoge、矢」


——


ヘルムがフードの中で、軽く首を傾げた。


「**……?**」

「**……ご主人、対象が新規の技**」

「**おう?**」

「**解析、開始**」


(exec.analyze --target=incoming_arrow --depth=physics)


ヘルムの視線が、俺の矢に集中した。


俺は放った。


矢が空気を、震わせた。

震えが、空気の中で増幅された。


矢羽根が、視認できない速度で揺れた。

矢が宙を、飛んだ。

キィィーーンと、耳の奥に刺さる甲高い音が、空気を貫いた。


ヘルムが半身で、軽く躱した。

矢が、ヘルムの肩の半歩横を抜けた。


ヘルムが振り返って、矢の軌跡を追った。

矢が、岩に突き刺さった。

岩が、振動で削られた。

細かい粉が、矢の周囲に舞い上がった。


「**……ご主人**」

「**おう?**」

「**……解析、不能**」


——

——ERROR: 構造、解析、不能

——ERROR: 仕様外、検出

——

——ERROR: 仕様外、検出

——


「**は?**」

「**……構造、解析、不能**」

「**んだそりゃ?**」


ヘルムが岩に刺さった矢を、フードの中の視線でしばらく見つめた。


それから、低く続けた。


「**……これ**」

「**おう**」

「**……バグじゃねえか!**」


ヘルムの声が初めて、フードの中で、わずかに上ずった。


ガラルホルンが、低く応じた。


「**……ご主人、解析エラーです**」

「**……エラーの種類は**」

「**……仕様外、と出ました**」

「**……仕様外**」

「**……はい**」


ヘルムが軽く、息を吐いた。

それから、岩に刺さった矢をもう一度見た。


「**……ご主人**」

「**ん?**」

「**……これ、仕様外です**」

「**仕様、外**」

「**……世界の外側の、現象です**」

「**は?**」


ソールが、エルナとの剣戟の合間に振り返った。


「**おい、ヘルム!! お前、何言ってんだ?!**」

「**……ご主人、後ほど報告します**」

「**今、言え!**」

「**……戦闘優先で**」

「**ちっ**」


ソールが戦槌を、振った。

エルナが、半身で躱した。

剣戟が続いた。


ヘルムのフードの中の視線が、岩に刺さった矢から俺の方に流れた。


「**……ご主人、対象は**」

「**は?**」

「**……兄弟の長弓兄、解析可能**」

「**おう?**」

「**……弟、解析不能**」

「**……不能?**」

「**……仕様外を扱う、存在です**」


ヘルムの声が、低く続いた。


「**……これ、奇跡と呼ぶ**」


ヘルムの視線が、俺に向けられた。

フードの中で、目がほんの少しだけ見えた。

冷たい、灰色の目。


「**……ご主人、報告します**」

「**おう**」

「**……対象兄弟、危険度を上方修正**」

「**……マジか**」

「**……特に、弟**」

「**……ガキ、お前、何者だ?**」


ソールが俺の方を、軽く振り返った。


俺は矢を、もう一本つがえた。


「俺は、凡人」

「**凡人?!**」

「凡人だ」

「**ガキ、舐めてんのか!**」

「舐めてない」

「**んだよ、それ**」


俺は矢を、放った。

普通の矢。

hogeじゃない。


距離、五十歩。

標的、ソールの額。


——空気を切り裂く音。


矢が、ソールの額の半歩横を抜けた。

ソールが首を、軽く傾けた。


「**ガキ、お前、当てる気あんのか?**」

「ある」

「**外したぞ?**」

「次は、当てる」

「**お前、外したやつがまだ言うか**」


ソールが笑った。


俺は矢を、つがえ直した。


ヘルムが後ろで、低く続けた。


「**……ご主人**」

「**は?**」

「**……これは、長期戦が不利です**」

「**は?!**」

「**……解析不能の相手**」

「**お前、解析、得意じゃねえのか?!**」

「**……得意です**」

「**だったら、解析しろ!**」

「**……不能です**」

「**お前、矛盾してんぞ!**」

「**……矛盾ではありません。バグです**」


ヘルムがフードの中で、軽く肩をすくめた。


ソールが戦槌を、振り上げた。

エルナの両手剣が、戦槌の柄をまた横から打った。


剣戟が、続いた。

夜明けの白い光が、地平線の上に広がり始めていた。


——時間切れ、が、来てる。


俺の頭の中で、戦闘の長さが警報を鳴らし始めていた。


ユミルが岩陰で、半日動けない。

夜明け前に、片をつけたい。

でも、ヘルムは解析を続けている。

そして、ソールはエルナと、剣戟を繰り返している。


——hoge矢、効いた。

——でも、決定打、には、ならない。


俺の頭の中で、戦況が整理された。


岩陰のユミルが、薄く目を開けたまま、こちらを見ていた。


——出るしか、ないか。


俺の頭の中で、その言葉が形を取り始めた。

出ないと、終わらない。

ユミルが、出るしかない。


でも、ブレスは撃てない。

遺跡の近く。


——ブレス、無し、で。


俺の頭の中で、その条件が書き出された。


ブレス無しで、ヘルムを止める。

ユミルの別の技で。

それは——ファイアウォール、リダイレクト、scan、refactor。


そして、もう一つ。


俺の頭の中に、ユミルの言葉が戻ってきた。


——「**……スレイプニル**」


ユミルが最後の手段として、これを再現していた。

転移装置。

緊急用、消耗激しい。


——もう一回、使う、か?


俺の頭の中で、それが選択肢として形を取った。


スレイプニルで、ヘルムを動かす。

どこか、遠くに。

本人が、何が起きたか分からないうちに。


——でも、ユミル、もう、消耗してる。


俺は岩陰の、ユミルの方を振り返った。


ユミルの目が、薄くこちらを見ていた。

そして、口が軽く動いた。


「**……リン様**」

「ん」

「**……スレイプニル、まだ、動かせます**」


ユミルの声が、薄く聞こえた。


俺は息を、止めた。


ユミルがこちらの戦術の流れを、岩陰から聞いて判断していた。

半日動けない、と言っていた。

でも、ユミルはもう一発いける、と言った。


「ユミル、無理、すんな」

「**……できます**」

「お前、半日、動けない、って」

「**……動けない、まま、動かせます**」

「マジか」

「**……事実、です**」

「お前、余裕、あったのかよ」

「**……ありません**」

「ないのかよ」

「**……でも、動かせます**」


ユミルの声は、相変わらず薄かった。


俺は息を、吐いた。


「分かった」

「**……合図、お願い**」

「合図」

「**……リン様の、合図で稼働させます**」

「了解」


俺は立ち上がって、岩陰の入口に戻った。


——ヘルム、転移、で、終わらせる。


俺の頭の中で、戦術が最終形になった。


夜明け前の空が、地平線の上で、わずかに橙色を帯びていた。


-----095 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ