095 解析
矢を、つがえ直した。
ソールが戦槌を振りかぶった。
エルナが両手剣で、戦槌の柄を横から打った。
鈍い金属音が響いた。
ソールの戦槌が軌道を逸らされて、地面に叩きつけられた。
地面が揺れた。
「**おい、銀髪!! 邪魔だ!!**」
「**邪魔するのが仕事**」
エルナの両手剣が、戦槌の頭を上から踏みつけた。
ソールの右足が、軽く沈んだ。
力比べになった。
エルナの腕が震えた。
紫ランクでも、ソールの膂力には押し負ける。
——加勢する。
俺は矢を放った。
距離、四十歩。
標的、ソールの右肘。
指が離れた。
——空気を切り裂く音。
矢羽根が、肘の関節の内側に生えた。
「**ぐっ?!**」
ソールの右腕が、わずかに痺れた。
戦槌が、ぐらりと傾いた。
エルナが両手剣を戦槌の柄から離して、ソールの胴に横薙ぎを入れた。
刃が、鎧の隙間に走った。
ソールの腰から、血が垂れた。
「**……銀髪、お前、本気か?**」
「**最初から本気**」
エルナが両手剣を、肩に担ぎ直した。
ソールが後ろに、二歩引いた。
血が地面に、点々と落ちた。
——傷は、浅い。
俺の頭の中で、ソールの体力残量を軽く見積もった。街での戦闘でも、ソールはこれくらいの傷では止まらなかった。あの時より、今のほうがエルナのリーチが届いている。それは、ソールが街での戦闘の傲慢を、まだ捨てていないからだった。
「**おい、ヘルム!! お前、いつまで後ろで見てんだ!?**」
ソールが後ろに振り返って、怒鳴った。
——ヘルム。
俺の頭の中で、その名前が書き留められた。フードの男の名前。仲間か、相棒か、部下か。少なくとも、ソールは奴を、ヘルムと呼ぶ。
ヘルムが後ろから、声をかけた。
「**ご主人、出血量は許容範囲です**」
「**当然だ!**」
「**ですが、巫女と岩陰、注視を**」
「**お前、しつこいな!**」
「**……職務です**」
ヘルムが半歩、前に出てきた。
フードの中で、視線が岩陰の方に流れた。
ヘルムの腰の角笛が、軽く低い音を立てた。
「**ガラルホルン、解析、継続**」
(exec.analyze --target=shrine_maiden --depth=deep)
「**了解、ご主人。記録、保存、継続**」
(exec.record --mode=continuous --buffer=full)
ヘルムが腰の装具に、声をかけた。装具の方も、半人格の礼儀正しい声で、答えた。ガラルホルン、というのがその装具の名前らしい。ファーファみたいな相棒、というやつだろう。
ヘルムは戦闘していなかった。観察と解析だけ。これが、こいつの本職らしい。
——ヘルムの解析を、止めなきゃならない。
俺の頭の中で、戦術が更新された。
ヘルムが岩陰のユミルを解析し続ければ、敵側にユミルの本当の出力が知られる。これは、まずい。王宮の「巫女設定」で、こちらが意図的に作った誤認の幕が剥がれる。
「ルーク!」
「ん!」
「ヘルム、足、止めろ!」
「了解!」
ルークが長弓を、引き絞った。
矢が、ヘルムの足元の地面に突き刺さった。
ヘルムが足を、止めた。
「**ご主人、足元、警告射撃です**」
「**だな**」
「**……兄弟二人、長弓、確認**」
「**ガキ二人、上等じゃねえか**」
ソールが笑った。
ヘルムがフードの中で、軽く視線をルークの方に向けた。
「**……解析、対象を追加**」
(exec.analyze --target=archer_elder --depth=skill)
ヘルムの声が、低く続いた。
ガラルホルンが、軽く応じた。
「**了解、ご主人。長弓、解析、開始**」
(exec.scan --target=longbow --pattern=draw_release)
ヘルムが視線で、ルークを追った。
ルークが矢を、もう一本つがえた。
ヘルムがその動作を、フードの中で軽く目で追った。
——解析されてる。
ルークの動作の、肘の角度、矢の握り方、足の踏み込み。それらが、ヘルムの目の中でデータになっていく。
ルークが放った。
ヘルムが半身で、軽く躱した。
——解析、進む。
俺は息を、吐いた。
「ルーク、矢、無駄になる!」
「だな!」
「弓、引くだけにしろ!」
「了解!」
ルークが矢をつがえたまま、引かなかった。
ヘルムが、ルークの動作の解析対象を失った。
「**……対象固定、解析停止**」
「**ふん、賢いな、ガキ**」
「**……兄弟、判断的確**」
ヘルムがルークから、視線を外した。
そして、もう一度岩陰の方を見た。
——ユミルに、戻った。
俺は矢を、つがえ直した。
「ルーク、ヘルム、無視で」
「うん」
「俺、ユミルの方、行く」
「了解」
俺は岩陰の方に、走った。
途中で、矢を一本ヘルムの足元に撃った。
ヘルムがまた、足を止めた。
俺は岩陰の入口で、ミラとシオンの間に立った。
「ミラ、シオン」
「うん」
「ヘルムが、ユミルを、解析してる」
「分かる」
「止めたい」
ミラが短剣を、握り直した。
シオンが杖の先に、魔力を集めた。
「ファーファ」
「**ニャ?**」
「お前、伏せろ」
「**伏せてるニャ**」
「もっと、深く」
「**……了解ニャ**」
ファーファがユミルの胸の上で、平たく伏せた。
ファーファの背中のわずかな魔力の漏れが、岩陰の影に紛れた。
——隠し切る。
俺はユミルの、横顔を見た。
ユミルの目が、薄く開いていた。
口が、軽く動いた。
「**……リン様**」
「ん」
「**……ヘルム、解析眼**」
「分かってる」
「**……長く、見せると、まずい**」
「だよな」
「**……隠す、必要**」
ユミルの声は、薄かった。
でも、判断の方向は明確だった。
「お前、隠せるか」
「**……出力、絞ります**」
「絞れる?」
「**……絞ります、極限まで**」
「分かった」
「**……でも**」
「ん」
「**……粘られると、面倒、です**」
ユミルが軽く、目を伏せた。
「**……解析を抜けないと、向こうも引き下がれません**」
「だな」
「**……ヘルム、報告、する**」
「分かる」
俺は息を、吐いた。
ヘルムの解析が空振りで終わっても、奴は「分からなかった」を報告する。それは、それで敵側に、警戒の種を撒くことになる。これは、もう避けられない。
「ユミル」
「**……はい**」
「ヘルムは、生かして、帰す?」
「**……判断、難しい**」
「殺すか」
「**……できるなら**」
「やる」
「**……でも、お願い**」
「ん」
「**……ブレス、使わないで**」
ユミルが目を、軽く開けた。
真っ直ぐに、俺を見ていた。
「ここ、遺跡の、近く?」
「**……はい**」
「ブレス、駄目」
「**……はい**」
「お前、撃てない」
「**……撃ちません**」
「俺たちで、なんとかする」
「**……はい**」
ユミルが、薄く頷いた。
俺は立ち上がって、岩陰の入口に戻った。
戦闘は続いていた。
エルナとソールが、剣戟を繰り返していた。
ルークは長弓を構えたまま、ヘルムの動きを視線で追っていた。
「シオン」
「はい」
「あんた、神聖魔法、ヘルムに、効くか」
「種類によります」
「効く可能性、ある奴」
「光属性なら」
「使えるか」
「使えます。ですが」
「ですが?」
「私の杖、消耗、激しい」
「いいよ、使え」
シオンが頷いた。
杖の先に魔力が集まり、白い光が芯を持った。
俺は矢を、つがえた。
「シオン、合図したら」
「了解です」
「ミラ」
「うん」
「お前、影で、ヘルムの、後ろに、回れるか」
「やってみる」
「無理するな」
「了解」
ミラが短剣を、逆手に持ち直した。低い姿勢で、岩陰から滑り出た。岩の影、丘の窪み、それらを繋いで、ヘルムの背後に回る。
情報屋の影歩き。
これも、ミラが王都で磨いてきた癖だった。
——三方向、囲む。
俺の頭の中で、戦術が組み上がった。
俺、正面から矢。
シオンの神聖魔法、左から。
ミラの短剣、後ろから。
ヘルムはフードの中で、視線をこちらに戻した。
「**……ご主人、対象が戦術変更**」
「**おう?**」
「**……三方向、包囲の構えです**」
「**ガキども、本気だな!**」
「**……お気をつけを**」
ヘルムがフードの中で、軽く肩をすくめた。
——既に、解析されてる。
俺の頭の中で、警報が鳴った。
ヘルムはこっちの戦術を、組み上がる前から解析していた。三方向の包囲は、すでにヘルムの中でデータになっていた。これが、解析チートの本領だった。
「シオン、合図!」
「了解です」
「ミラ、突っ込め!」
「了解!」
俺は矢を、放った。
距離、五十歩。
標的、ヘルムの肩。
——空気を切り裂く音。
矢が、ヘルムの右肩を狙った。
ヘルムがフードの中で、半身を軽く引いた。
矢が、フードの肩布を掠めた。
「**……予測、的中**」
「**当然だな!**」
ヘルムが躱した。
シオンの杖の先から、白い光が走った。
光の矢が、ヘルムの胴を狙った。
ヘルムがフードの中で、首を軽く傾げた。
光の矢が、ヘルムの胴の半歩横を抜けた。
「**……神聖魔法、軌道、予測済**」
ヘルムが、躱した。
ミラがヘルムの後ろに、回り込んでいた。
短剣の刃を逆手から、ヘルムの背に走らせた。
ヘルムが半身を、軽く回した。
ミラの短剣が、ヘルムの脇腹の布を掠めた。
「**……後方、短剣、確認**」
「**……職人です**」
ヘルムがミラの方に、軽く視線を向けた。
それから、ミラの短剣の軌道をフードの中で追った。
「**……ご主人、短剣の軌道、上下、確定**」
「**だな!**」
ヘルムがミラの短剣を、二発目で肘で軽く弾いた。
ミラが、半歩引いた。
「あ、こいつ、強い」
「**……礼儀には、礼儀で**」
「ふん」
ミラが短剣を、構え直した。
——三方向、全部、躱された。
俺は矢を、つがえ直した。
息を、軽く吐いた。
ヘルムの解析は、戦闘に入る前から始まっていた。
俺たちの動作の癖、武器の角度、踏み込みの深さ。
それらが、ヘルムの目の中でデータになっている。
——hoge、撃つしかないか。
俺の頭の中で、その判断が形を取り始めた。
ヘルムの解析は、合理の極みだった。
合理を合理で超えるのは、難しい。
合理を超えるのは——奇跡。
俺は矢筒から、矢を一本抜いた。
普通の矢。
鏃も、普通。
頭の中で、コマンドラインを組み立てた。
(exec.arrow_ignite --power=small --trajectory=hoge --frequency=hoge)
俺は矢を、つがえた。
「hoge、矢」
——
ヘルムがフードの中で、軽く首を傾げた。
「**……?**」
「**……ご主人、対象が新規の技**」
「**おう?**」
「**解析、開始**」
(exec.analyze --target=incoming_arrow --depth=physics)
ヘルムの視線が、俺の矢に集中した。
俺は放った。
矢が空気を、震わせた。
震えが、空気の中で増幅された。
矢羽根が、視認できない速度で揺れた。
矢が宙を、飛んだ。
キィィーーンと、耳の奥に刺さる甲高い音が、空気を貫いた。
ヘルムが半身で、軽く躱した。
矢が、ヘルムの肩の半歩横を抜けた。
ヘルムが振り返って、矢の軌跡を追った。
矢が、岩に突き刺さった。
岩が、振動で削られた。
細かい粉が、矢の周囲に舞い上がった。
「**……ご主人**」
「**おう?**」
「**……解析、不能**」
——
——ERROR: 構造、解析、不能
——ERROR: 仕様外、検出
——
——ERROR: 仕様外、検出
——
「**は?**」
「**……構造、解析、不能**」
「**んだそりゃ?**」
ヘルムが岩に刺さった矢を、フードの中の視線でしばらく見つめた。
それから、低く続けた。
「**……これ**」
「**おう**」
「**……バグじゃねえか!**」
ヘルムの声が初めて、フードの中で、わずかに上ずった。
ガラルホルンが、低く応じた。
「**……ご主人、解析エラーです**」
「**……エラーの種類は**」
「**……仕様外、と出ました**」
「**……仕様外**」
「**……はい**」
ヘルムが軽く、息を吐いた。
それから、岩に刺さった矢をもう一度見た。
「**……ご主人**」
「**ん?**」
「**……これ、仕様外です**」
「**仕様、外**」
「**……世界の外側の、現象です**」
「**は?**」
ソールが、エルナとの剣戟の合間に振り返った。
「**おい、ヘルム!! お前、何言ってんだ?!**」
「**……ご主人、後ほど報告します**」
「**今、言え!**」
「**……戦闘優先で**」
「**ちっ**」
ソールが戦槌を、振った。
エルナが、半身で躱した。
剣戟が続いた。
ヘルムのフードの中の視線が、岩に刺さった矢から俺の方に流れた。
「**……ご主人、対象は**」
「**は?**」
「**……兄弟の長弓兄、解析可能**」
「**おう?**」
「**……弟、解析不能**」
「**……不能?**」
「**……仕様外を扱う、存在です**」
ヘルムの声が、低く続いた。
「**……これ、奇跡と呼ぶ**」
ヘルムの視線が、俺に向けられた。
フードの中で、目がほんの少しだけ見えた。
冷たい、灰色の目。
「**……ご主人、報告します**」
「**おう**」
「**……対象兄弟、危険度を上方修正**」
「**……マジか**」
「**……特に、弟**」
「**……ガキ、お前、何者だ?**」
ソールが俺の方を、軽く振り返った。
俺は矢を、もう一本つがえた。
「俺は、凡人」
「**凡人?!**」
「凡人だ」
「**ガキ、舐めてんのか!**」
「舐めてない」
「**んだよ、それ**」
俺は矢を、放った。
普通の矢。
hogeじゃない。
距離、五十歩。
標的、ソールの額。
——空気を切り裂く音。
矢が、ソールの額の半歩横を抜けた。
ソールが首を、軽く傾けた。
「**ガキ、お前、当てる気あんのか?**」
「ある」
「**外したぞ?**」
「次は、当てる」
「**お前、外したやつがまだ言うか**」
ソールが笑った。
俺は矢を、つがえ直した。
ヘルムが後ろで、低く続けた。
「**……ご主人**」
「**は?**」
「**……これは、長期戦が不利です**」
「**は?!**」
「**……解析不能の相手**」
「**お前、解析、得意じゃねえのか?!**」
「**……得意です**」
「**だったら、解析しろ!**」
「**……不能です**」
「**お前、矛盾してんぞ!**」
「**……矛盾ではありません。バグです**」
ヘルムがフードの中で、軽く肩をすくめた。
ソールが戦槌を、振り上げた。
エルナの両手剣が、戦槌の柄をまた横から打った。
剣戟が、続いた。
夜明けの白い光が、地平線の上に広がり始めていた。
——時間切れ、が、来てる。
俺の頭の中で、戦闘の長さが警報を鳴らし始めていた。
ユミルが岩陰で、半日動けない。
夜明け前に、片をつけたい。
でも、ヘルムは解析を続けている。
そして、ソールはエルナと、剣戟を繰り返している。
——hoge矢、効いた。
——でも、決定打、には、ならない。
俺の頭の中で、戦況が整理された。
岩陰のユミルが、薄く目を開けたまま、こちらを見ていた。
——出るしか、ないか。
俺の頭の中で、その言葉が形を取り始めた。
出ないと、終わらない。
ユミルが、出るしかない。
でも、ブレスは撃てない。
遺跡の近く。
——ブレス、無し、で。
俺の頭の中で、その条件が書き出された。
ブレス無しで、ヘルムを止める。
ユミルの別の技で。
それは——ファイアウォール、リダイレクト、scan、refactor。
そして、もう一つ。
俺の頭の中に、ユミルの言葉が戻ってきた。
——「**……スレイプニル**」
ユミルが最後の手段として、これを再現していた。
転移装置。
緊急用、消耗激しい。
——もう一回、使う、か?
俺の頭の中で、それが選択肢として形を取った。
スレイプニルで、ヘルムを動かす。
どこか、遠くに。
本人が、何が起きたか分からないうちに。
——でも、ユミル、もう、消耗してる。
俺は岩陰の、ユミルの方を振り返った。
ユミルの目が、薄くこちらを見ていた。
そして、口が軽く動いた。
「**……リン様**」
「ん」
「**……スレイプニル、まだ、動かせます**」
ユミルの声が、薄く聞こえた。
俺は息を、止めた。
ユミルがこちらの戦術の流れを、岩陰から聞いて判断していた。
半日動けない、と言っていた。
でも、ユミルはもう一発いける、と言った。
「ユミル、無理、すんな」
「**……できます**」
「お前、半日、動けない、って」
「**……動けない、まま、動かせます**」
「マジか」
「**……事実、です**」
「お前、余裕、あったのかよ」
「**……ありません**」
「ないのかよ」
「**……でも、動かせます**」
ユミルの声は、相変わらず薄かった。
俺は息を、吐いた。
「分かった」
「**……合図、お願い**」
「合図」
「**……リン様の、合図で稼働させます**」
「了解」
俺は立ち上がって、岩陰の入口に戻った。
——ヘルム、転移、で、終わらせる。
俺の頭の中で、戦術が最終形になった。
夜明け前の空が、地平線の上で、わずかに橙色を帯びていた。
-----095 了




