090 報告と呼び出し
午後。
霜花亭の食堂に、皆がまだ残っていた。
昼食を終えて、お茶を飲んでいた。
シオンがぽつりと言った。
「**……皆さん**」
「**ん**」
「**塔と王宮、報告しないといけません**」
「**だな**」
「**でも、何をどこまで報告するか**」
「**……整理、必要です**」
エルナが頷いた。
「**だな、それ決めないと**」
「**シオン、お前、報告書書く立場だもんな**」
「**……はい**」
シオンが頷いた。
「**ユミルさん**」
「**はい**」
「**……どこまで、開示できますか**」
ユミルが止まった。
それから、お茶を飲んだ。
考えていた。
リントが横で、それを見ていた。
——お前、決めろ。
——お前の、判断。
——俺、信頼、する。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの隣でお茶を飲んでいた。
ユミルがぽつりと言った。
「**……古の、技術**」
「**古の、技術**」
「**他の、世界の、技術、です**」
「**……」
シオンがぱちぱちと、瞬きした。
「**他の、世界**」
「**はい**」
「**この世界とは、別の**」
「**世界**」
「**ある、と思ってください**」
「**……」
シオンが頭を抱えた。
それから、ぽつりと言った。
「**……ユミルさん**」
「**はい**」
「**それ、信じるしかないですね**」
「**……はい**」
「**根拠、説明できますか**」
「**……今は、できません**」
「**いつか、できますか**」
「**……いつか、します**」
「**……」
シオンが頷いた。
「**……承知しました**」
シオンがお茶を飲んだ。
それから、ぽつりと言った。
「**……信じます**」
「**……ありがとうございます**」
ユミルが頭を下げた。
リントが横で、それを見ていた。
——シオン、お前、いい、奴だな。
——証拠、なくても、信じる**って、簡単じゃない**。
——……ありがとう、な。
リントは口に出さなかった。
ただ、シオンに軽く頷いた。
シオンがそれを見て、ふっと笑った。
※
エルナがぽつりと言った。
「**じゃあ、整理しよう**」
「**だな**」
「**何を、報告する**」
「**何を、伏せる**」
ユミルが頷いた。
「**……開示できる、ことです**」
「**ん**」
「**敵組織、複数います**」
「**他の世界の技術、悪用しています**」
「**ソール、敵の一人**」
「**自称、十二柱**」
「**仲間いる、と言っていた**」
「**転送装置、使う**」
「**スレイプニル、という名前**」
「**……それくらい、です**」
エルナが頷いた。
「**それで、十分説明できる**」
「**……はい**」
ユミルが続けた。
「**伏せる、こと**」
「**ん**」
「**私、の、出自**」
「**ファーファ、の、本当の、姿**」
「**ハーネス、の、本来の、意味**」
「**敵が、私、の、何を、悪用、しているか**」
「**……それ、伏せます**」
シオンが頷いた。
「**……承知しました**」
「**そう、報告します**」
ユミルが頷いた。
「**……お手数、お掛けします**」
「**いえ**」
シオンがお茶を飲んだ。
それから、ぽつりと言った。
「**……ユミルさん**」
「**はい**」
「**伏せる理由、聞いていいですか**」
ユミルが止まった。
それから、ぽつりと言った。
「**……開示すると**」
「**ん**」
「**皆様、危険になります**」
「**……」
「**敵、開示先狙います**」
「**シオンも、塔も、王宮も**」
「**……」
シオンが止まった。
それから、頷いた。
「**……分かりました**」
「**伏せるほうが、皆様守れる**」
「**……はい**」
「**……ユミルさん、配慮深いですね**」
「**……」
ユミルが頬を、わずかに赤らめた。
リントが横で、それを見ていた。
——お前、本当、配慮の、塊だな。
——……。
——でも、その配慮、お前自身を、苦しめてる**こともある**。
——いつか、全部、開示、できる、日、来る、といいな。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの肩に軽く手を置いた。
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
「**リン様**」
「**ん**」
「**手**」
「**いいだろ、たまには**」
「**……はい**」
ユミルが笑った。
※
シオンが立ち上がった。
「**じゃあ、私書き始めます**」
「**お前、頑張れ**」
「**はい**」
「**夕方、塔へ行きます**」
「**そのあと、王宮**」
「**承知**」
シオンが二階へ上がった。
報告書を、書きに行った。
エルナがそれを見ていた。
「**シオン、本当に優秀だな**」
「**だな**」
「**ユミルさんの配慮、汲んで**」
「**それでも、信じる**」
「**……」
「**こういう奴、貴重**」
リントが頷いた。
ユミルも頷いた。
「**……シオン様、信頼できる人です**」
「**だな**」
「**仲間に入って、よかったです**」
「**だな**」
エルナが笑った。
「**お前最初、シオンのことも警戒してたよな**」
「**……はい**」
「**でも、今は**」
「**信頼しています**」
「**変わったな**」
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
頷きながら、ぽつりと言った。
「**……皆様、お陰です**」
「**お前自身が、変わったんだろ**」
リントがぽつりと言った。
「**……」
「**百年、一人、だった、お前**」
「**今、皆と、いる**」
「**変わって、当然**」
「**……」
ユミルが、目の縁が湿った。
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
※
夕方。
シオンが報告書を抱えて、二階から降りてきた。
「**……書けました**」
「**早かったな**」
「**整理できていた、ので**」
シオンが報告書を、リントに見せた。
リントがそれを読んだ。
ユミルも横から読んだ。
ユミルが頷いた。
「**……良い報告書、です**」
「**ありがとうございます**」
「**伏せるところ、しっかり伏せて**」
「**開示ところ、明確**」
「**読みやすい**」
シオンがふっと笑った。
「**……ユミルさんのお墨付き、心強いです**」
「**……」
ユミルが頷いた。
シオンが報告書を、抱え直した。
「**じゃあ、行きます**」
「**気をつけろ**」
「**はい**」
「**夜、戻ったら報告聞かせろ**」
「**はい**」
シオンが霜花亭を出た。
夕日が街道を、赤く染めていた。
※
夜。
霜花亭の食堂。
リントとユミルが、お茶を飲んでいた。
エルナとミラとルークは、隣の宿屋で夕食を取っていた。
ファーファは机の上で、寝ていた。
霜花亭が静かだった。
リントがぽつりと言った。
「**ユミル**」
「**はい**」
「**お前、今日よく頑張ったな**」
「**……」
「**シオンへの開示**」
「**判断、難しかっただろ**」
「**……はい**」
「**……」
ユミルがお茶を飲んだ。
それから、ぽつりと言った。
「**……信頼、するの、怖い、です**」
「**怖い?**」
「**百年、一人、でした**」
「**信頼、慣れていません**」
「**……」
「**でも、シオン様信じました**」
「**……」
「**信じて、開示しました**」
「**……だな**」
「**怖かった、です**」
「**……」
リントがユミルの肩に、手を置いた。
「**お前、よくやった**」
「**……」
「**信じる力**」
「**お前、強くなってる**」
「**……リン様**」
「**ん**」
「**……ありがとうございます**」
「**何で、お礼**」
「**……いつも、隣にいてくださる**」
「**当然だ**」
「**……」
ユミルがリントの肩に、軽く寄りかかった。
リントがそれを支えた。
しばらく、二人で無言でいた。
霜花亭の夜の音。
外の街の音。
ファーファの寝息。
それだけが、聞こえていた。
※
シオンが戻った。
夜遅くだった。
「**……ただいま、戻りました**」
「**おかえり**」
「**遅かったな**」
「**……塔と王宮、両方回りました**」
「**疲れただろ**」
「**少し**」
シオンが椅子に座った。
ミラがエールを注いだ。
シオンがそれを、半分一気に飲んだ。
「**ぷは**」
「**お前最近、エールの飲み方、強くなったな**」
「**……エルナさん、ミラさんの影響です**」
エルナが笑った。
「**いい傾向だな**」
「**……」
シオンが息を吐いた。
それから、ぽつりと言った。
「**……皆さん**」
「**ん**」
「**王族、皆さんに面会要望しています**」
全員が止まった。
リントがぱちぱちと、瞬きした。
「**……マジか**」
「**マジです**」
「**早いな**」
「**騒動、規模大きすぎました**」
「**……」
シオンが頷いた。
「**騎士団長、塔の長老、皆関心寄せています**」
「**……」
「**一気に、注目集まりました**」
リントがため息をついた。
「**面倒くさい**」
ユミルが横で頷いた。
「**……仕方ありません**」
「**だな**」
エルナが頷いた。
「**避けられないやつ**」
「**断ったら、不敬**」
「**だな**」
ミラが肩をすくめた。
「**王族面会、いつ?**」
「**……明後日、です**」
「**早い**」
「**緊急扱い、らしいです**」
「**……」
リントが頭を抱えた。
「**俺、礼儀自信ない**」
ルークが横で頷いた。
「**……俺も、ない**」
「**お前、貴族だったろ、出身**」
「**昔、です**」
「**……」
ユミルが横から、口を挟んだ。
「**……皆様、ご一緒します**」
「**当然だ**」
「**ユミル、お前、礼儀できるのか**」
「**……基本、できます**」
「**マジか**」
「**百年、エルフ、長老と、付き合いました**」
「**儀礼、ある、社会、です**」
「**……」
「**慣れて、います**」
リントが頷いた。
「**頼もしい**」
「**……お任せください**」
ユミルが頷いた。
ファーファが横で、目を開けた。
「**ファーファも、行くニャ?**」
シオンが止まった。
ユミルが横で、ぽつりと言った。
「**……ファーファ、お留守番です**」
「**ニャ?**」
「**王族、猫驚かせます**」
「**ファーファ、邪竜ニャ**」
「**それより、驚かせます**」
「**……」
ファーファが少し、しゅんとした。
それから、ぽつりと言った。
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、それ毎回だな**」
「**お留守番の慰めニャ**」
「**……」
リントがため息をついた。
それから、ジャーキーを一切れ、ファーファに渡した。
ファーファがぱくりと、食べた。
「**美味しいニャ**」
エルナが笑った。
「**こいつ、本当に自由だ**」
※
シオンが続けた。
「**それと**」
「**ん**」
「**塔、世界の遺跡巡る計画**」
「**ん**」
「**長老、了承しました**」
「**……マジか**」
「**世界の危機なら、塔も動くと**」
「**塔、私休職扱いします**」
「**……」
リントが頷いた。
「**シオン、お前優秀だから、塔、簡単に休職許すんだな**」
「**……」
シオンが頬を、わずかに赤らめた。
「**ユミルさんのお陰、です**」
「**お前、頑張ったの**」
「**……」
ユミルが頷いた。
「**……シオン様、ご立派**」
「**……」
シオンが頷いた。
頷きながら、ふっと笑った。
ミラが横で頷いた。
「**あたしも、情報屋休業扱いする**」
「**お前、商売止めて大丈夫なのか**」
「**こっち、優先**」
「**だな**」
エルナが頷いた。
「**騎士団、休暇申請する**」
「**お前、大丈夫なのか**」
「**長期休暇、もらう**」
「**……」
「**ヴァナール絡みなら、許可出るはず**」
「**だな**」
リントが頷いた。
ルークが横で頷いた。
「**俺、家に書状送る**」
「**親父、母さん、心配するぞ**」
「**……でも、行く**」
「**だな**」
「**親父も母さんも、止めないはず**」
「**……うん**」
ルークが頷いた。
※
夜、遅く。
ほぼ皆、宿屋へ戻って寝た。
霜花亭の食堂に、リントとユミルが残った。
ファーファは机の上で、寝ていた。
リントが立ち上がった。
「**ユミル、縁側出るか**」
「**……はい**」
二人で、霜花亭の縁側に出た。
月が出ていた。
満月ではなかった。
少し、欠けていた。
それでも、明るかった。
二人で、縁側に座った。
膝が、軽く触れた。
ユミルが息を吐いた。
「**……長い一日、でした**」
「**だな**」
「**昨日、戦闘**」
「**今朝、報告**」
「**昼、計画**」
「**夜、王族呼び出し**」
「**……密度、すごい**」
リントが頷いた。
「**お前、疲れたろ**」
「**……少し**」
「**休めよ**」
「**……はい**」
ユミルがリントの肩に、軽く寄りかかった。
リントがそれを支えた。
しばらく、無言で月を見ていた。
ユミルがぽつりと言った。
「**……リン様**」
「**ん**」
「**……明後日、王族面会**」
「**だな**」
「**緊張しています**」
「**お前でも、緊張するんだ**」
「**……人、相手です**」
「**人相手、緊張するのか**」
「**百年、エルフ長老、相手でした**」
「**でも、人の王族、初めてです**」
「**……」
「**緊張、当然です**」
リントが頷いた。
「**俺も、緊張してる**」
「**……でも、リン様ご一緒です**」
「**だな**」
「**怖くありません**」
「**……」
リントがユミルの肩を、軽く叩いた。
「**俺も、お前いると怖くない**」
「**……」
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
それから、ふっと笑った。
「**……お互い様、ですね**」
「**だな**」
二人でまた、無言で月を見た。
※
風が吹いた。
初秋の風。
少し、冷たかった。
ユミルが、わずかに震えた。
リントがそれを見て、自分の上着をユミルにかけた。
「**着てろ**」
「**……リン様、寒いです**」
「**俺、平気**」
「**……」
ユミルが上着を、抱きしめた。
それから、ぽつりと言った。
「**……リン様の、匂い、します**」
「**おう**」
「**……安心、します**」
リントが頬を、わずかに赤らめた。
「**お前、それ、口に、出すなよ**」
「**……何故ですか**」
「**俺が、照れる、んだよ**」
「**……」
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
それから、笑った。
「**……承知しました**」
「**……」
リントがため息をついた。
ユミルがもう一度、リントの肩に寄りかかった。
リントがそれを支えた。
霜花亭の縁側に、二人で座っていた。
月が二人を、照らしていた。
風がもう一度、吹いた。
遠くで何かが動いた気配が、した。
ユミルが、わずかに頭を上げた。
「**……」
「**ん?**」
「**……何か、感じます**」
「**敵?**」
「**……分かりません**」
「**……」
「**でも、何か、動き始めて、います**」
ユミルがぽつりと言った。
リントが頷いた。
「**お前、警戒しなくていい**」
「**でも**」
「**今夜、休め**」
「**……」
「**動き、明日からだ**」
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
頷きながら、リントの肩にもう一度、寄りかかった。
月が二人を、見守っていた。
遠くで、何かが確かに動き始めていた。
でも、今夜はまだ、静かだった。
※
——第八十九章、了。




