088 戦いの後
霜花亭の窓から、光が差し込んでいた。
リントが目を開けた。
天井を見た。
——……朝。
——生きてる。
——……。
——昨日のこと、夢じゃない。
リントが息を吐いた。
それから横を見た。
ユミルが隣で眠っていた。
普段より深く、眠っていた。
リントがそれを見ていた。
——お前、消耗、激しかった。
——……ゆっくり、寝てろ。
リントは起き上がらなかった。
ただ、ユミルの呼吸を聞いていた。
ゆっくり、規則的に息をしていた。
それが何より、安心だった。
しばらくして。
ユミルがぱちりと、目を開けた。
「**……リン様**」
「**おう**」
「**……朝、ですか**」
「**だな**」
「**……生きて、います**」
「**だな**」
ユミルがぽつりと笑った。
それから、ゆっくり起き上がった。
額に手を当てた。
「**……まだ、消耗、残って、います**」
「**休んでろ**」
「**……でも、皆、心配**」
「**俺が、起きてる**」
「**……はい**」
ユミルが少し、リントに寄りかかった。
リントがその肩を、軽く支えた。
しばらく、そのまま二人で座っていた。
窓の外で、鳥が鳴いていた。
王都の朝の、普通の音。
その普通さが、二人にとって宝物のようだった。
※
階下に降りると、エルナが既に起きていた。
エールを朝から、飲んでいた。
「**よう**」
「**朝から、か**」
「**昨日、頑張ったから、な**」
「**……だな**」
リントが頷いた。
エルナの隣に座った。
ユミルも隣に座った。
エルナがエールの杯を、軽く二人の前に押した。
「**飲むか**」
「**朝から、エール、ですか**」
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
「**今日くらい、いいだろ**」
「**……はい**」
ユミルが杯を受け取った。
リントも受け取った。
三人で軽く、杯を合わせた。
軽い音が、立った。
「**生きてる、な**」
エルナがぽつりと言った。
「**……はい**」
ユミルが頷いた。
リントも頷いた。
三人でエールを飲んだ。
朝のエールが喉を、通った。
苦かった。
でも、生きている味だった。
※
ミラが降りてきた。
髪が、まだ寝癖のままだった。
「**……皆、早い**」
「**お前、遅い**」
「**……あたし、夜、報告書、書いてた**」
「**お疲れ**」
ミラが椅子に、どさりと座った。
それから、エルナの杯を勝手に取った。
一気に飲んだ。
「**ぷは**」
「**お前、飲みっぷり、すごいな**」
「**今日くらい、許して**」
「**……だな**」
ミラが息を吐いた。
それから、リントとユミルを見た。
「**昨日、お疲れ**」
「**ミラも**」
「**あたし、何も、してない**」
「**シオンの、補佐、した**」
「**それくらい、だよ**」
ミラが肩を、すくめた。
リントがそれを見ていた。
——お前、十分、戦った。
——シオンの、隣で、ずっと、構えてた。
——……。
——でも、お前、自慢、しないな。
リントは口に出さなかった。
ただ、ミラの杯にエールを注いだ。
ミラがそれを見て、ふっと笑った。
「**ありがと**」
「**おう**」
※
シオンが降りてきた。
シオンは既に、身支度を整えていた。
「**皆さん、おはよう、ございます**」
「**おう**」
「**おはよう、ございます**」
「**シオン、お前、早いな**」
「**……塔、報告に、行きました**」
「**もう?**」
「**……夜明け前、に**」
シオンが椅子に座った。
疲れた表情を、していた。
「**お前、寝てない、のか**」
「**……少し、寝ました**」
「**少し、ってどのくらい**」
「**……二時間、です**」
エルナがそれを聞いて、止まった。
「**お前、無理、するな**」
「**……塔の、長老、皆、心配、しています**」
「**だろうな**」
「**ヴェスタさんの、状態も、確認、しました**」
「**どう、だった**」
「**ファイアウォール、安定、しています**」
「**進行、止まってる、か**」
「**完全に、止まって、います**」
シオンがユミルを見た。
「**ユミルさんの、お力、すごいです**」
「**……お役に、立てて、よかった、です**」
「**ヴェスタさん、ファイアウォール、外したら**」
「**進行、再開、します**」
「**……つまり**」
「**当面、外せません**」
「**……分かりました**」
シオンが頷いた。
それから、ぽつりと言った。
「**ヴェスタさん、目を、覚まして、います**」
「**は?**」
「**ファイアウォール、内側、で、目を、覚まして、います**」
「**……つまり**」
「**意識、戻った、けど、進行、止まってる、状態**」
「**話、できる、のか**」
「**できます**」
「**……」
ユミルが止まった。
それから、ぽつりと言った。
「**……それは、朗報、です**」
「**朗報、ですか**」
「**意識、戻ったなら、本人の、希望、聞けます**」
「**希望?**」
「**進行、止めたまま、でいいか**」
「**進行、進めて、寿命、削ってでも、活動、するか**」
「**本人、決められます**」
シオンがそれを聞いて、止まった。
「**……ユミルさん**」
「**はい**」
「**それは、重い、選択です**」
「**……分かって、います**」
「**ヴェスタさん、覚悟、できますか**」
「**塔の長老、です**」
「**……はい**」
「**覚悟、できる、人、です**」
シオンが、頷いた。
「**……承知、しました**」
「**ヴェスタさんに、選択、伝えます**」
「**お願い、します**」
シオンが立ち上がった。
「**今日、もう一度、塔へ、行きます**」
「**お前、休めよ**」
「**……後で、休みます**」
「**……」
エルナがそれを見ていた。
それから、ぽつりと言った。
「**シオン**」
「**はい**」
「**お前、もう、霜花亭の、家族、だ**」
シオンが止まった。
「**家族、だから、無理、するな**」
「**家族、だから、頼ってくれ**」
「**……」
シオンの目の縁が、湿った。
「**……エルナさん**」
「**ん**」
「**……ありがとう、ございます**」
シオンが頭を下げた。
エルナがそれを見て、ふっと笑った。
「**よし、じゃあ、家族として、命令だ**」
「**命令?**」
「**塔、行く前に、ちゃんと、朝飯、食え**」
シオンがぱちぱちと、瞬きした。
それから、笑った。
「**……はい**」
シオンが椅子に、座り直した。
ミラが笑いながら、パンをシオンの前に置いた。
「**食え**」
「**ありがとう、ございます**」
シオンがパンを、口に運んだ。
霜花亭の朝が、ゆっくり進んだ。
※
朝食の途中。
階段から、足音が降りてきた。
ルークだった。
包帯を肩に、巻いていた。
足を、わずかに引きずっていた。
「**兄貴**」
「**おう**」
「**起きて、いい、のか**」
「**寝てられん**」
「**お前、肩、傷**」
「**動く、分には**」
ルークがゆっくり、椅子に座った。
座る時、わずかに顔をしかめた。
ユミルがそれを見ていた。
「**ルーク様**」
「**ユミル様**」
「**お怪我、見せて、ください**」
「**……」
「**……」
ルークが止まった。
「**……ユミル様、昨日、消耗、激しかった**」
「**今日、回復、しました**」
「**無理、しないで、ください**」
「**……ご心配、ありがとう、ございます**」
ユミルがルークの肩に、両手をかざした。
リントが横で、それを見ていた。
エルナとミラとシオンも、それを見ていた。
ユミルが目を閉じた。
それから、ぽつりと唱えた。
「**……リファクタリング、対象、ルーク様**」
「**機能改善、含めて、実行**」
(exec.refactor --target=Luke --scope=full --enhance=true)
青白い光が、ユミルの両手から零れた。
光はルークの肩に、流れた。
肩の傷から、始まった。
それから、足の引きずりにも、広がった。
それから、全身に広がった。
包帯の下で、傷が塞がっていくのが、分かった。
それだけではなかった。
ルークの姿勢が、わずかに変わった。
肩の線が、整った。
背筋が、まっすぐになった。
顔の輪郭が、わずかに引き締まった。
ルークの立ち姿が、変わっていた。
無駄な力が、抜けていた。
体の軸が、通っていた。
剣を握るための最適な姿勢に、なっていた。
光が引いた。
ユミルが息を吐いた。
「**……完了、しました**」
ルークが自分の肩を、見た。
それから、自分の手を見た。
それから、立ち上がった。
ぐっ、と両手を握った。
ぱっ、と開いた。
それから、ぐるぐると肩を回した。
「**……」
ルークの目が、見開かれた。
「**……あれ?**」
「**……」
「**……前回と、違う、ぞ?**」
ルークがその場で、軽く跳ねた。
「**……跳べる、跳べる**」
それから、足を屈伸した。
「**膝、軽い**」
それから、剣を握る構えを、した。
「**振れる、もっと、振れる気が、する**」
ルークの顔が、ぱあっと明るくなった。
「**ユミル様!**」
「**はい**」
「**今回、すごい、です**」
「**……はい**」
「**前、家に来た時の**」
「**はい**」
「**気持ち、男前、だけ、じゃない**」
「**……」
「**身体、も、軽い**」
「**……機能改善、含めました**」
「**機能、改善**」
「**ルーク様の、お力、引き出しました**」
「**……」
ルークがもう一度、ぐるぐると肩を回した。
それから、ぽつりと言った。
「**……もっと、やれる、気が、する**」
ルークの周囲が、なんだかキラキラして見えた。
リントがそれを見ていた。
「**お前**」
「**ん**」
「**眩しい**」
「**え?**」
「**眩しい、んだよ**」
「**そうか?**」
「**お前、自分の、顔、見ろよ**」
「**……」
「**ニコニコ、してる**」
「**……してる**」
「**してる、自覚、あるのかよ**」
エルナが笑った。
「**ルーク、お前、分かりやすい**」
「**……すいません**」
「**前回も、こうだった、のか?**」
リントが頷いた。
「**前回も、こうだった**」
「**そっか**」
「**前回は、気持ち、男前、だった**」
「**今回は?**」
「**身体まで、引き上がってる、らしい**」
「**……ルーク、お前、進化、してるな**」
「**……」
ミラが笑った。
「**毎回、リファクタリング、される度、強くなる、の?**」
「**……ユミル様、次第、です**」
ルークがぼそっと答えた。
「**お前、それ、ちょっと、ずるいぞ**」
「**ずるい?**」
「**いや、羨ましい**」
「**……ミラさんも、リファクタリング、ご希望ですか**」
ユミルが横から聞いた。
ミラがぱちぱちと、瞬きした。
「**え、できるの?**」
「**できます**」
「**……でも、あたし、怪我、してない**」
「**機能、改善、だけ、できます**」
「**……」
ミラが止まった。
それから、ぽつりと言った。
「**……後で、お願いします**」
「**承知、しました**」
エルナが笑った。
「**お前、結局、欲しいのか**」
「**そりゃ、欲しいよ**」
「**だな**」
「**あたしも、欲しい**」
「**お前も、かよ**」
「**強くなりたい**」
ユミルが頷いた。
「**……皆様、ご希望なら**」
「**いや、消耗、するんだろ**」
「**少し、です**」
「**少しでも、するなら、後だ**」
リントが口を挟んだ。
「**お前、今日は、休め**」
「**……はい**」
「**皆も、ユミルの、リファクタリング、欲しいなら、また、別の日**」
「**了解**」
「**承知**」
エルナとミラが頷いた。
ルークが嬉しさを隠せず、まだぐっぐっと、拳を握っていた。
リントがそれを見て、ため息をついた。
「**お前、本当、分かりやすいな**」
「**……」
「**昔から、嬉しい時、隠せない、子だった**」
「**……兄貴、それ、今、言うか**」
「**今、まさに、隠せてない**」
「**……」
ルークが口を尖らせた。
それから、笑った。
「**……だって、本当、調子、いいんだよ**」
「**だろうな**」
「**ありがとう、ユミル様**」
「**……はい**」
「**本当、ありがとう**」
ユミルが頷いた。
それから、ふっと笑った。
「**……ルーク様、お喜びで、何より、です**」
「**喜びすぎ、ですかね**」
「**いえ**」
「**……良かった、です**」
ユミルがもう一度、笑った。
ユミルが少し、頬を赤らめた。
リントが横で、それを見ていた。
——お前、褒められると、照れるな。
——……。
——可愛いな。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの頭に、軽く手を置いた。
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
「**リン様**」
「**ん**」
「**頭**」
「**いいだろ、たまには**」
「**……はい**」
ユミルが笑った。
シオンが横で、それを見ていた。
シオンがぽつりと、心の中で思った。
——今の、魔法。
——名前、何だろう。
——傷、塞ぐ、だけじゃない。
——本来の、力、引き出す。
——……ユミルさん、すごい。
——でも、聞いても、「ご説明、また、後で」だ。
——……いつか、聞こう。
シオンは口に出さなかった。
ただ、パンを口に運んだ。
朝食が続いた。
霜花亭の朝が、ゆっくり進んだ。
※
朝食の終わり頃。
ファーファが二階から、降りてきた。
ぐうたらと、欠伸をしていた。
「**主、おはようニャ**」
「**おう**」
「**主の主、おはようニャ**」
「**おはよう、ございます**」
ファーファが椅子に登った。
それから、机の上のジャーキーを見た。
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、起きて、すぐ、それかよ**」
「**朝食ニャ**」
「**……だな**」
リントがジャーキーを、一切れファーファに渡した。
ファーファがぱくりと、食べた。
「**美味しいニャ**」
それから、欠伸をした。
それから、机の隅で丸くなった。
「**主、昼まで、寝るニャ**」
「**お前、起きたばっかり、だろ**」
「**朝食、後の、二度寝ニャ**」
「**……自由、すぎる**」
ファーファが目を閉じた。
すぐに、寝息が聞こえてきた。
エルナがそれを見て、笑った。
「**こいつ、本当、自由だな**」
「**そういう、奴です**」
霜花亭の朝が、ゆっくり続いていた。
※
朝食を終えて。
シオンが立ち上がった。
「**……皆さん**」
「**ん**」
「**私、塔へ、行きます**」
「**ヴェスタさん、か**」
「**はい**」
「**選択、伝えます**」
エルナが頷いた。
「**気をつけろ**」
「**はい**」
「**夜、戻ったら、報告、聞かせろ**」
「**はい**」
シオンが頭を下げた。
それから、霜花亭を出た。
ミラも立ち上がった。
「**あたしも、出る**」
「**お前、どこへ**」
「**情報屋ネットワーク、確認**」
「**昨日の、ソール戦の、影響**」
「**他の、十二柱、動き、出てるか、見てくる**」
リントが頷いた。
「**頼む**」
「**任せて**」
ミラが霜花亭を出た。
エルナも立ち上がった。
「**あたしは、騎士団**」
「**お前も、か**」
「**昨日の、配置、後始末**」
「**それと、街の、被害、確認**」
「**頼む**」
エルナが頷いた。
エルナも霜花亭を出た。
ルークも立ち上がろうとした。
「**俺も**」
「**お前、座ってろ**」
「**でも、何か、手伝う**」
「**お前、まだ、本調子、じゃない**」
「**ユミル様の、おかげで、調子いい**」
「**それでも、休め**」
リントがルークの肩を、軽く押した。
ルークが椅子に戻った。
「**……分かった**」
「**お前、十分、頑張った**」
「**……」
ルークが頷いた。
霜花亭の食堂に、リント、ユミル、ルーク、ファーファが残った。
ファーファは机の上で、寝ていた。
朝の光が、霜花亭の窓から差し込んでいた。
静かな朝だった。
※
ルークがぐっと、拳を握った。
「**……兄貴**」
「**ん**」
「**俺、何か、手伝いたい**」
「**お前、座ってろ**」
「**だって、調子、いい**」
「**だろうな**」
「**今、剣、振りたい**」
「**振らないでいい**」
「**走りたい**」
「**走らないでいい**」
「**鍛錬、したい**」
「**お前、いい加減、座れ**」
ルークが椅子に座った。
座っても、足が少し踊っていた。
リントがそれを見て、ため息をついた。
「**お前、本当、子供、みたいだな**」
「**……」
「**まあ、いいか**」
リントがエールを軽く、飲んだ。
朝のエールが、喉を通った。
苦かった。
でも、生きている味だった。
※
——第八十七章、了。




