087 覚えとけよ(テンプレ)
王都の街道。
リントが、走り、矢を放ち、避け、走るを続けていた。
矢筒の特殊矢、残り四本。
——足りない。
——……。
——ユミル、もう一度、頼むしか、ないか。
——でも、お前、消耗、激しい。
——……。
その時。
街道の向こうから、声が聞こえた。
「**リント君!**」
リントが振り向いた。
エルナが両手剣を抜いて、走ってきていた。
その後ろに、ミラ。
短剣を両手に、構えていた。
その後ろに、シオン。
杖を握って、走っていた。
「**姉さん!**」
「**遅れた、すまん**」
「**騎士団、配置できたか**」
「**できた、街の、半分、避難、完了**」
「**ありがたい**」
「**……でも、誰が、避難させた**」
「**猫**」
「**は?**」
「**ファーファだ**」
「**……**」
「**後で、説明する**」
エルナが空を見上げた。
ソールを確認した。
「**……あれが、敵か**」
「**そうだ**」
「**舐め腐った、面、してる、な**」
「**だな**」
エルナが両手剣を、握り直した。
「**リント君、何、する**」
「**地上、岩、降ってくる**」
「**だな**」
「**避けながら、あいつに、注目させる**」
「**注目?**」
「**俺、あいつ、撃つ**」
「**だな、やる**」
エルナが頷いた。
ミラも隣で頷いた。
「**地面の、岩、警戒する**」
「**頼む**」
シオンが後ろから、ぽつりと言った。
「**リントさん、私、ユミルさんの、補助、入ります**」
「**できるのか**」
「**塔で、習いました**」
「**助かる**」
シオンが霜花亭の二階へ、走った。
エルナとミラとリントが、街道に残った。
ソールが上空で、それを見ていた。
「**おお、仲間、増えたか**」
「**面白いじゃないか**」
「**全員、まとめて、潰してやろう**」
ソールが両手を、ゆっくり広げた。
「**アスガルド、ニョルニル、第十二系列、二百並列、起動**」
(asgard.njolnir --flood --target=royal_capital --threads=200 --rate=max --duration=until_kill)
──
王都の上空に。
岩が、次々と浮かんだ。
百、百五十、二百。
王都の空が、岩で埋まった。
太陽が岩で遮られて、地上が薄暗くなった。
「**ふっ、これ、誰にも、できないぞ**」
岩がソールの周りに、巨大な円を描き始めた。
円が回転し始めた。
それから、王都に向かって降り始めた。
エルナが両手剣を、握り直した。
走り始めた。
岩が降り始めた。
エルナが岩を、両手剣で弾き始めた。
弾きながら、走った。
剣の刃が、岩に当たるたびに。
金属の悲鳴が、響いた。
ミラが横で、地面の揺れを警戒した。
「**リント君、足元!**」
リントが横に跳んだ。
岩が、地面から突き出てきた。
リントが避けた。
避けながら、矢をつがえた。
ソールを目で追った。
——あいつ、エルナとミラに、注目してる。
——……今だ。
リントの指が離れた。
空気を切り裂く音。
ソールの視線、エルナへ。
——気づかれていない。
ソールの肩に、矢が生えていた。
「**……っ ちっ、また、矢か。お前、しつこい**」
ソールがリントを睨んだ。
「**お前から、潰す**」
ソールが両手を、リントに向けた。
岩がリントに向かって、集中した。
リントが避けた。
避けながら、矢をつがえた。
——多すぎる。
——避け、きれない。
リントの肩に、岩の破片が当たった。
「**……っ**」
リントが地面に転がった。
肩から、血が滲んだ。
「**リント君!**」
エルナが叫んだ。
ミラも走り寄ろうとした。
その時。
王都の空に、青白い光が強くなった。
ファイアウォールが、強化された。
シオンがユミルの補助に入った、らしかった。
岩の勢いが、わずかに弱まった。
リントがそれを感じた。
——シオン、間に合った。
——……。
——よし、立て直す。
リントが立ち上がった。
肩が痛んだ。
でも、立てた。
矢をつがえ直した。
矢筒を確認した。
特殊矢、残り二本。
——……足りない。
——……。
——どうする。
リントが息を吸った。
それから、もう一度矢をつがえた。
リントの指が離れた。
岩の欠片に当たる、鈍い音。
矢の青白い光が、空中で砕け散った。
——……外した。
——……。
——焦って、外した。
——……。
——落ち着け。
リントが最後の特殊矢をつがえた。
ソールを目で追った。
弦を引き絞った。
——……。
——……。
——指、止める。
——息、細くする。
——指、離す。
リントの指が離れた。
空気を切り裂く音。
岩が砕ける音。
——貫いた。
でも、その奥に。
別の岩が、現れた。
矢が、二枚目の岩で止まった。
青白い光が、岩の表面で砕け散った。
——……届かなかった。
——……。
——特殊矢、無くなった。
リントが矢筒を確認した。
普通の鉄矢、残り二十本。
特殊矢、ゼロ。
——……ヤバい。
——……。
——どうする。
ソールが上空で、笑っていた。
「**無くなったか。諦めろ**」
ソールの笑い声が、響いた。
リントが息を止めた。
——……特殊矢、無い。
——でも、撃つしか、ない。
——普通の鉄矢で。
——……。
——いや、あいつ、ニョルニル、で、防ぐ。
——普通の、鉄矢、効かない。
——……。
——どうする、どうする。
リントが焦った。
焦りで、頭が回らなかった。
矢を、つがえた。
詠唱を組もうとした。
引数を、頭の中で組み立てた。
——炎、power=small。
——軌道、trajectory=……。
——……。
——うわ、思いつかない。
——……。
——時間、ない。
——……。
——とりあえず、出す。
リントが咄嗟に、引数の半分を空欄で埋めた。
唱えた。
(exec.arrow_ignite --power=small --trajectory=hoge --frequency=hoge)
——え?
——通った?
——いつもなら、エラーで、止まる。
——……。
——でも、出る。
矢が放たれた。
——キィイイイイイイ——
街道に、甲高い金属の悲鳴のような音が、響いた。
リントが止まった。
「**……何、これ**」
エルナが振り向いた。
「**リント君、何、撃った**」
ミラも振り向いた。
「**……何の、音?**」
矢が飛んでいた。
ただ、飛ぶ矢じゃなかった。
矢じり、矢柄、すべてが震えていた。
肉眼では、輪郭がぼやけて見えた。
秒間、数千回振動している、らしかった。
——キィイイイイイイ——
音が響き続けていた。
ソールがそれを、上空で見た。
「**……は?**」
「**何だ、その、音**」
「**お前、何、撃った**」
ソールが咄嗟に、岩を矢の軌道に置いた。
岩が矢を、防ごうとした。
矢が岩に当たった。
岩が止めるはず、だった。
でも、止まらなかった。
矢が、岩を削り始めた。
——キィイイイイイイ、ジャリッ、ジャリッ、ジャリッ——
岩が削られていった。
数瞬で、岩が貫通された。
岩を抜けた矢が、ソールに向かった。
ソールが目を見開いた。
「**……は?**」
「**何だ、これ**」
矢がソールの太腿に、削り込んだ。
——キィイイイイイ——
刺さった、というより削り込んだ。
矢じりが肉に、振動しながら入った。
ソールが声を上げた。
「**……っ!**」
「**な、何だ、この矢なんなんだ。、!、妙な技使いやがる**」
「**ぐ……抜けねえ……**」
ソールが矢を掴んだ。
引き抜こうとした。
抜けなかった。
振動が続いていた。
引っ張ると、肉が削れた。
「**……っ! ぐ……ぅ……**」
ソールが初めて、声を荒げた。
傲慢な笑いが、消えた。
リントがそれを見上げていた。
——……当たった。
——hoge矢、効いた。
——……。
——でも、何で、これ、出た。
——……。
——前世で、聞いた、知識?
——……バグ、らしいな。
エルナが横で、それを見ていた。
「**リント君、お前、何、した**」
「**……分からん**」
「**分からん?**」
「**焦って、引数、hoge、で、埋めた**」
「**……は?**」
「**前世の、業界用語、だ**」
「**……分からん**」
「**俺も、分からん**」
「**でも、効いてる**」
「**……だな**」
リントが頷いた。
ソールが上空で、両手で矢を握っていた。
引き抜こうと、もう一度した。
肉が、さらに削れた。
「**……っ! ぐ……ぁ……**」
ソールの両手が、塞がっていた。
岩を操る手が、止まっていた。
リントがそれを見上げた。
——あいつ、両手で、矢、掴んでる。
——……。
——両手、塞がってる。
——……。
——もう一発、撃ち込む。
——……。
——でも、普通の、鉄矢、効かない。
——……。
——……もう一回、hogeる。
リントが、もう一本矢をつがえた。
引数を、また空欄に。
(exec.arrow_ignite --power=small --trajectory=hoge --frequency=hoge)
——通った。
リントの指が離れた。
——キィイイイイイイ——
二度目の、甲高い悲鳴。
両手の塞がったソールに。
岩を出す手が、止まっていた。
ソールの左肩に。
——キィイイイイイ、ジャリッ、ジャリッ──
矢じりが、肉に削り込んだ。
「**……っ!**」
「**ぐぁ……何で、また……!**」
「**俺のニョルニル、なぜ、出ない……!**」
ソールが、激高した。
「**ふざけるなぁッ! 人間ごときが、俺に、こんな、こと! 殺す! 絶対、殺す! お前ら、全員、ぐちゃぐちゃに——**」
──
ソールの背後。
何もないはずの空間に。
現れた影。
右手に、ナイフ。
黒い刃の、薄いナイフ。
(garbage_collection.bind --target=blade --mode=silent)
刃が、青白く光った。
──
「**——してやる!**」
「**俺の、ニョルニル、で、お前ら——**」
──
ナイフが振られた。
一閃。
その瞬間。
ソールの右手首から、先が。
**消えた**。
物理的に切れたのでは、なかった。
吹き飛んだわけでも、なかった。
ただ、**消えていた**。
手首から先が。
何もなくなっていた。
切断面に、血がなかった。
骨も肉も、見えなかった。
ただ、綺麗な断面だけが、残っていた。
hoge矢が刺さったままの、右手も。
一緒に消えていた。
何もない空間が、そこにあった。
ソールが止まった。
激高していた声が、止まった。
「**……は?**」
ソールが自分の右腕を、見た。
「**俺の、腕**」
「**……ない**」
「**……消えてる**」
ソールのフードの奥の目が、見開かれた。
リントがそれを見上げていた。
——……。
——……何、起きた。
——……。
——ソールの、腕、消えた。
——……。
——影が、あった。
——……。
——影、ナイフ、振った。
——……。
——……誰だ、あれ。
エルナとミラも、見上げていた。
二人とも、口が開いていた。
ソールが痛みで、絶叫した。
「**……っ! ぐ……ぁぁああ! 何だ、これは! 何が、起きた! お前ら、何、した!**」
ソールが、混乱していた。
ソールが振り返った。
背後の屋根の上に、影が立っていた。
リントが、その影を見た。
——……。
——……黒髪の、少年?
——……。
——黒い、フード?
——……。
——ナイフ、持ってる?
——……。
——……いや、待て。
——……あの目。
——あの、低い、構え。
——……。
——……ファーファ?
リントの目が、見開かれた。
少年が屋根の上で、こちらを見ていた。
少年の目が、リントを捉えた。
——……間違いない。
——あれ、ファーファ、だ。
リントが息を止めた。
少年が、ぽつりと言った。
「**主、ニャ**」
声だった。
ファーファの声だった。
「**……ファーファ?**」
「**ニャ**」
「**お前、それ、何だ**」
「**人、ニャ**」
「**……は?**」
「**人、ニャ**」
リントが止まった。
——……あいつ。
——……。
——人?
——……。
——人化、できるのか?
——……。
——それも、知らなかった。
——……。
——ユミル、お前、どんだけ、隠してるんだよ。
リントが息を吐いた。
ソールが屋根のファーファを、見上げた。
「**……何だ、お前。何で、ここに。気配、感じなかった。……人間? いや、違う。何だ、お前**」
ファーファが静かに、ソールを見た。
それから、ぽつりと言った。
「**愚か者、主の前に、立つでない**」
「**は?**」
「**消えるがいい**」
ソールがファーファを、見ていた。
ファーファの口調が、いつもと違った。
「**ニャ**」が消えていた。
低い、威厳のある声だった。
リントが横で、それを聞いていた。
——……あいつ、本気モード、か。
——……。
——「ニャ」、消えた。
——……。
——マジか。
ソールが震える左手で、ローブの内側を探った。
紋様の刻まれた石を、出した。
転送装置だった。
「**ち、調子、悪い、今日は。引いてやる**」
ソールの声が、震えていた。
「**覚えとけよ! お前ら、覚えとけよ! 俺の、仲間、まだ、いる。必ず、戻ってくる。そのときは、お前ら、全員、ぐちゃぐちゃに、してやる!**」
紋様の石が、青白く光った。
ソールの輪郭が、薄くなり始めた。
「**ぐぅ。。覚えとけよぉぉぉぉ!**」
笑い声は、なかった。
絶叫だけが残った。
ソールが消えた。
王都の上空に、ソールの消えた空間だけが残った。
岩が止まった。
降り続けていた岩が、空中で止まった。
それから、ゆっくり地面に落ちた。
ぼたり、ぼたり、と落ちた。
ファイアウォールも、解除された。
王都の空が、急に静かになった。
降っていた音が、止まった。
街道に、静寂が戻ってきた。
リントが空を見上げていた。
エルナとミラが横で、それを見ていた。
二人とも、息を吐いた。
「**……終わった?**」
「**だな**」
「**……マジで?**」
「**マジだ**」
エルナが両手剣を下ろした。
ミラも短剣をしまった。
リントも弓を下ろした。
それから、屋根の上を見た。
ファーファがまだ、そこに立っていた。
少年姿で。
ナイフを持って。
ナイフの刃の青白い光は、まだ消えていなかった。
少しずつ、薄まっていた。
ファーファが屋根を蹴った。
無音だった。
街道の地面に、降り立った。
降り立った瞬間に。
少年姿が揺らいだ。
縮んだ、縮んだ。
黒猫に戻った。
普段のファーファに、戻った。
ファーファがリントの足元に、来た。
「**主、ニャ**」
「**お疲れ**」
「**ニャ**」
「**お前、人化、できるのか**」
「**できるニャ**」
「**いつから**」
「**最初、からニャ**」
「**俺、知らなかった**」
「**主、聞かなかったニャ**」
「**聞くか、そんなこと!**」
リントが叫んだ。
エルナが横で、それを聞いていた。
「**……お前ら**」
「**ん**」
「**漫才か**」
「**漫才じゃ、ない**」
「**漫才だろ**」
「**……漫才だ**」
エルナがふっと笑った。
ミラも横で笑った。
ファーファがリントの足元で、ナイフを舐めた。
「**爪、研ぎ直したニャ**」
リントがそれを見た。
「**……それ、ナイフだろ**」
「**爪ニャ**」
「**ナイフ**」
「**爪ニャ。我の、爪ニャ**」
「**お前、ナイフ、振り回してただろ**」
「**爪を、振り回したニャ**」
「**……もう、いい**」
ファーファがふんっと、そっぽを向いた。
それから、ぽつりと言った。
「**ジャーキー、所望ニャ**」
リントが息を吐いた。
「**……お前、本当、ぶれないな**」
「**ぶれないニャ**」
「**今、戦闘終わって、すぐか**」
「**今、ニャ**」
リントがジャーキーを、矢筒の横の袋から出した。
ファーファに渡した。
ファーファがぱくりと食べた。
「**美味しいニャ**」
「**……お前、本当に、ハンターか**」
「**ハンターニャ**」
「**ハンター、戦闘後、すぐ、ジャーキー、要求するか**」
「**するニャ**」
「**……だな**」
リントが息を吐いた。
エルナとミラが、それを見ていた。
二人とも、ふっと笑った。
王都の空が、青く戻ってきていた。
岩は、もう降っていなかった。
戦いが終わっていた。
霜花亭の二階で。
ユミルが両手を、下ろしていた。
シオンが横で、それを見ていた。
「**ユミルさん、お疲れ様、です**」
「**シオン様、ご協力、ありがとうございました**」
「**いえ、私、補助、しか**」
「**補助、助かりました**」
ユミルが頷いた。
それから、わずかにふらついた。
シオンがユミルを支えた。
「**お疲れ様**」
「**……はい**」
「**少し、お座り、ください**」
「**……はい**」
ユミルが椅子に、腰を下ろした。
腰を下ろしながら、息を吐いた。
——終わった。
——……。
——リン様、ご無事。
——ファーファ、無事。
——皆、無事。
——……。
——よかった。
ユミルが目を閉じた。
それから、ぽつりと言った。
「**……お二人、信じて、よかった、です**」
「**お二人?**」
「**リン様と、ファーファ、です**」
「**……はい**」
「**私、防御に、集中、できました**」
「**お二人、撃退、されました**」
「**信じていた、通り、です**」
シオンがそれを聞いていた。
シオンが頷いた。
「**ユミルさん、信頼、深い、ですね**」
「**長い、付き合い、です**」
「**ファーファさんとも?**」
「**ファーファとも**」
「**……どのくらい、長い、ですか**」
ユミルが少し、止まった。
それから、ぽつりと言った。
「**……ご説明、後で、します**」
「**承知、しました**」
シオンが頷いた。
ユミルが椅子にもたれた。
額の汗が、頬を伝った。
長い戦いだった。
でも、終わった。
王都が、静かに戻ってきていた。
※
——第八十六章、了。




